おいしい獲物
グルーガリア軍とイアンとの戦い。
それは、俺たちがそれまでしていた砦での攻防戦とはまた少し違ったものとなっていた。
砦内部にいるオリエント軍は外から飛んでくる矢に対応する立場だった。
だが、この場では壁で守られているのはグルーガリア軍のほうだった。
イアンはアトモスの戦士である。
アトモスの戦士は戦場では巨人となって戦う。
その大きさは通常の人間の三倍ほどになるので、おおよそ五メートルくらいの身長になるのだろうか。
魔力量の多い攻守ともに優れた高さ五メートルもある巨人が襲ってきたら、阿鼻叫喚ものだろう。
だが、グルーガリア軍はそのイアンにうまく対応して反撃をしていた。
それは、弓による攻撃ももちろん優れていたのだが、守りがいいのもあるのだろう。
【壁建築】という魔法をうまく使っていたからだ。
巨人の高さが五メートルであれども、さらにその上をいく十メートルの高さの壁。
それを一瞬にして作り出すことのできる【壁建築】という魔法。
この壁を上手くイアンとの間に作り出すことで、相手の行動を阻害している。
もちろん、それは誰でも考えるやり方だろう。
だが、普通ならばそれだけでアトモスの戦士を抑えることはできない。
というのも、いくら十メートルの壁で相手との間に障害物を作ったところで、その幅は五メートルほどしかないのだ。
イアンとてばかではない。
壁ができればそれを迂回して次の行動に移るだろう。
それに急に目の前に高さのある壁が出てきて攻撃できなくなるのは、なにもイアンに限った話ではない。
壁を出した側もその高さゆえに攻撃しにくくなるのだ。
だが、それは優れた弓兵が揃っているグルーガリア軍であれば話は違うらしい。
盾役となる部隊がイアンとの間に壁を作り、その後方から弓兵部隊が強力な矢を放つ。
柔魔木の弓であれば離れた位置から攻撃できるがゆえに、急に現れる壁にもさほど影響されずに攻撃できるようだ。
いや、そうじゃないか。
これはかなり訓練された動きのように見える。
きっと、今日この時のために対巨人戦を想定して何度も訓練したのではないだろうか。
迫りくる巨人にたいして壁を使ってうまく動きを誘導して攻撃しやすいようにしているのが、見ている側にはよくわかった。
グルーガリアがオリエントに攻め入ってきたのは、なにも影の者による誘導だけではなく、イアンに対しても対処できるという自信があるからこそなのかもしれない。
そして、なにより凄いのが、やはり弓での攻撃だろう。
というか、なんだあれ。
本当に矢の攻撃なんだろうか。
戦場に現れた壁に行く手を阻まれた巨人イアン。
そのイアンに襲い掛かる矢の数々。
その中には、明らかに普通の矢ではないものも混じっていた。
あれは曲射だろうか。
普通、弓から放たれた矢はある程度まっすぐに飛ぶものだろう。
重力の影響を受けて山なりになるくらいが軌道の変化と言ってもいい。
だけど、壁の横をグイッと曲がるように飛んでいる矢がある。
イアンが壁を避けて出たと思ったら、そこに矢が飛んでくるのだ。
イアンの側からしたら、全く見えない状態で命中させられることになる。
それ以外にもかわった矢がある。
なんか、炎を纏っている矢もあった。
遠目で見ているだけだけれど、おそらく矢それ自体は普通の物だろう。
ただ、そんな普通の矢に魔力を与えて炎を発現させている。
矢全体が炎を纏い、そしてそれが空を飛ぶ間も一切火が消えることなくイアンの体に命中し、そしてその肉体を焼いてしまう。
魔術、なんだろうな。
きっと呪文化された魔法ではないのだと思う。
だって、魔法になっているのであれば、盾役として壁を作っている連中も同じような曲射や炎の矢を使っていてもおかしくないからだ。
だけど、それらは全体としての攻撃方法としては共有されていない。
なので、きっと魔法でなく魔術なんだろう。
幼い時から弓の腕を鍛えているのはグルーガリアの者であれば当然だ。
そして、その中には名門一族の人間もいる。
そういう奴らは代々魔力量の多い者と婚姻関係を結んで、より魔力量の多い子を残してきた。
ということは、生まれながらに魔力量の多い人間が小さい時から弓の訓練をしていたのだろう。
その時、その体にあり余る魔力を利用しなかったはずはない。
柔魔木に魔力を流し込むのと同時に、矢にも魔力を送る。
そのときに、その魔力をさらに利用しようとして、個々人で創意工夫を凝らしたのだろう。
で、そこで生まれたのが曲射や炎の矢だったというわけだ。
俺と【流星】を打ち合ったおっさんのほかにも、そういう矢の魔術を使う者がイアンへと攻撃を集中させている。
おいしい。
グルーガリア軍によって戦場に無秩序に作られた対イアン用の壁が、その魔術持ちの弓兵へと接近する役に立ってくれた。
ここにいる魔術師の奴らは特に念入りに血をもらうことにしよう。
まずは、曲射を放っていた弓兵を魔剣ノルンで斬りつけながら、横殴りの攻撃を開始したのだった。
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