今だけの奇策
「行くぞ。速度勝負だ。すぐにけりをつけろ」
大型魔弓によって空中散布された毒の効果。
そのおかげで、グルーガリア軍の動きは目に見えて悪くなっている。
こちらはその毒の影響を【毒無効化】によって受けずに動けてるため、今ならばこちらだけが好きに動ける。
このまたとない機会を逃すことはできない。
大型魔弓による援護射撃が続く中、砦からは次々とオリエント軍が飛び出していった。
そして、オリエントの兵がグルーガリアの弓兵に迫る。
俺もワルキューレに騎乗し、その先頭を突っ走しりながら魔剣ノルンを振るって攻撃を加えていく。
この作戦は本当に速さが勝負だ。
というのも、相手の中にも【毒無効化】が使える者がいると考えられるからだ。
グルーガリアの人間がどのくらい魔法を使えるのかどうかははっきりとわからない。
すでに全員が使えるかもしれないし、まだまだ半分以上の人間は便利だけれどどんな影響があるかもわからない魔法を怖がって名付けを受けていないかもしれない。
だが、それを差し引いても、いずれは誰かが気付くだろう。
空中に毒が散布されていることと、それには【毒無効化】が有効であることに。
この毒作戦はほとんど一回限りの奇策だと思う。
一度でもこれを使われたら、次からは簡単に対処できるものでしかない。
だって、【毒無効化】という呪文をつぶやくだけで、体を蝕んでいた毒は即座に無効化されるのだから。
だが、人間は急に起こった出来事にとっさに判断できるかというと難しい。
事前知識なく、すぐに毒のことに気づいて対応できる者は、多分そう多くない。
だからこそ、今回はこの作戦が有効だと判断した。
多分、これからの戦いはこういうのが増えてくるんじゃないだろうか。
それまでは東方になかった魔法という能力。
それを前提にした戦いがあちこちで広がっていくと思う。
これまでだってそうだ。
各地で独立勢力が【壁建築】などを使って街などを手に入れたが、そういうふうに魔法が使われていくだろう。
その中に毒というものが加わった。
オリエント軍とグルーガリア軍の戦いで、オリエント軍が毒と【毒無効化】を使って勝利を得た。
そんな情報が広がれば、ほかの小国もその戦法を真似するはずだ。
毒なんてどの国にもあるだろうし、大型魔弓が無くても毒を散布する方法なんてのも他にもいくらでもある。
そして、その戦法が広がれば、あらかじめ戦闘前には【毒無効化】を使うことが徹底されていくだろう。
そうなれば、そのうち、毒を撒くなんて手間がかかる割に戦果の上がらない方法は実行されなくなるかもしれない。
が、それはやっぱりこれからの話だ。
少なくとも現時点ではグルーガリア軍は毒を大々的に使われることを考えていなかったのだろう。
あちこちで苦しむ者が続出している。
そして、それをまるで稲でも刈り取るようにオリエント兵が摘み取っていく。
殲滅だ。
ぺリア国みたいにほかの国が動いてくる可能性も考えると、これ以上グルーガリアに動かれるのは面倒だ。
だったら、ここでグルーガリア軍を壊滅状態にしてしまおう。
五千もの規模の軍が壊滅すれば、さすがにグルーガリアも動けなくなるだろう。
それに、なるべく情報を持ち帰らせたくないという思いもあった。
今回の毒攻撃はいずれその情報が広がって対策される奇策に過ぎないのは分かっている。
だけど、それをなるべく遅らせたい。
一度しか使えない戦法であっても、ほかの国相手だったらまだ通用するからだ。
この戦いは別に観戦者がいるわけでもなかった。
うちのように魔導通信器のような遠隔での情報のやり取りができる国があるとも思えないし、普通は情報が伝わる速度は遅いものだ。
うまく隠せば、あと数年はこの戦法も通用するかもしれない。
「出ろ、黒死蝶」
だから、毒の存在を隠すために俺は黒死蝶を放った。
残りの魔力をそれこそ全部使ってもいいという気持ちで、次々と漆黒の蝶を手のひらから出していく。
そして、それを戦場へと広げていった。
上手くいくかは分からないが、グルーガリア軍が次々と苦しんでいるのは毒の影響ではなく、この黒死蝶の効果だと思わせられないだろうかという期待からだ。
空中散布されている毒粉というのは、そんなに目立つものではないから、明らかに戦場には不釣り合いな存在である黒の蝶のほうが、体の不調の原因と思われてもおかしくないんじゃないだろうか。
そして、それと同時に赤黒い魔石も出して、鎧姿のノルンも作り出す。
この冬の間、俺の血をため込むことで三体同時に血の色をした鎧が出現する。
「やれ、ノルン。できるだけ多くの奴から血を吸ってこい」
「いいねえ。こんなに楽な狩場はないな。五千人全員から血を取り込んでやるよ」
まだ動けるグルーガリア兵を中心に動く血の鎧であるノルンとオリエント兵が狙いをつけて攻撃していく。
倒れている者の中には魔力量の多い者もあちこちにいるので、そういう奴はなるべくノルンが倒していった。
そのほうが血を吸っていくときに魔力も効率的に手に入れやすいし、万が一【毒無効化】で動き出しても対応しやすいからだ。
そんなこんなで倒れたグルーガリア軍を次々と倒しながらも、俺はイアンのもとにたどり着いたのだった。
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