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剣奴脱出5

 欲国と赤月国の境界で、盗賊に襲われそうになっている。

 赤月国は月光六国の一つだ。地理的には一番南に位置しており、大きく海に面しているので、海運の要所になっている。


 欲国では、殆どの街道が緑の敷石だったが、赤月国では違う。

 緑の道には、無人監視の機能が備わっており、盗賊への抑止力となっている。

 ただの街道であれば、盗賊に会う可能性はかなり高い。盗賊が関所を勝手に作り、通行料を取っている場所すらあるそうだ。


 私達がこれから出会う盗賊は、襲い、殺し、奪う一般的なスタイルのようだ。


 リュー君は獣車の中から指弾を数十発放つ。


 まだ、状況に気付けていないディアナは、驚いてリュー君に向けて構えた。

 数キロ離れた場所に隠れている相手を認識しろという方が非常識なので、ディアナの反応は正しい。

 無害だと判断していた相手が、実は危険だと分かったのだ、最大限に警戒する。


「動くな!」


 ディアナの怒声で、御者が驚いて獣車を止める。


「もう終わりましたので、これ以上は動きません」


 リュー君の発射した指弾は、2kmは離れた位置に居る盗賊の側面から襲った。

 指弾は回転と跳弾によってコントロールされており、獣車から放たれたようには見えない偽装がされている。

 盗賊からしてみれば、正体不明の敵が側面から迫り、自分達を一方的に攻撃したように感じただろう。

 彼らは盗賊なので、何者からか襲撃されるという認識は常にあり、そんな相手から逃げるという事を繰り返している。

 リュー君の攻撃は、盗賊に逃げると判断させるには十分な材料だった。実際何人かには直撃し、骨をへし折っている。

 まあ、骨折で済んでいるので、リュー君的にもしっかり手加減したのだろう。


「何をしたのか言いなさい。わたくしの言う事が聞けないようならば、この場で斬りますよ」


 ディアナは本気のようだ。


「盗賊が居たので追い払いました。指弾で威嚇したので、もう危険は無いと思いますよ」


 リュー君の説明は真実だが、ディアナの問いの答えではない。

 リュー君は透過と同じ理屈で、ディアナに認識されず、指弾を発射した。しかも、一般的には到底認識出来ないような位置に居る相手に向けている。

 ディアナは、リュー君の事を危険だと判断している。それは認識出来ない遠距離狙撃を持っているからでは無く、これまで近い位置におり、観察を怠っていなかったにも関わらず、リュー君の力量を見抜けなかったからだ。


 人は自分が理解出来ないものに恐怖する。ディアナの焦りと恐怖は相当なものだ。


「リュー君、上手くいったね。協力してくれて、ありがと」


「はい! お役に立ててよかったです」


 ディアナの勘違いが、良い方に転がれば、これ以上揉め事にならないはずだ。


「次、盗賊が出たときは言ってから対処するよ。私1人では無理だけど、私達なら問題無く出来るからね」


 ディアナならば、私が他者の体を操る、傀儡操を使うと思うかもしれない。

 操術を使う暗殺者は、傀儡操で他者を操る事で、行動の機を認識される事なく、また、自身の身の安全を確保して、事に及ぶらしい。

 他者を犠牲にして他者の命を奪う、暗殺界隈でも卑劣なやり口として有名だ。


 私が傀儡操使いだと思われれば、リュー君単体の危険度認定は甘くなる。私の心証は悪くなるが、リュー君にディアナの矛先が向く事は避けたい。


「この先、勝手な戦闘行為は許しません。わたくしの許可を得てからにしなさい」


 収める方向の物言いなので、ディアナの勘違いは、私の想定した方向を向いたようだ。視線にも少し冷たいモノを感じる。


 ディアナは私の素性に興味は無いようだ。目的の為の駒として使用出来ればよい感じだ。

 駒に求める事は、強力である以上に、御せるかが重要だ。


 私は求められる要求に応えるという行為が割と好きだ。好き勝手にしていい自由が苦手とも言える。

 今回ディアナに付き合うにあたっては、出来るだけ良い駒でありたいと思う。


 私達は、盗賊が残した罠を避けたり壊したりしながら、赤月国の城塞都市へ入った。


 ―


 赤月国と欲国を繋ぐ緑石街道は無い。これは両国の間に国交が無い事を意味する。

 実質、月光六国の内、新月国以外は欲国の属国だ。表立って繋がりが無いという事は、裏で繋がる利があるという事だ。


 国交や街道が無いと言っても、欲国の隣国な訳なので道はある。

 急ぎでなければ、北の蒼月国経由で緑石街道を通ればよいが、今回のディアナの要件はナルハヤなので、近道で来た。

 結果として盗賊に会ってしまったが、大きな問題はなかった。


 赤月国側の国境には、城塞都市が幾つもある。盗賊の取り締まりという名目だが、実際は欲国から近道で来る者からの徴税が目的だ。


 ディアナは赤月国入国の際、書類を見せていた。納税した感じはなかったので、なんらかの特権が行使出来るようだ。

 特権は連れの私達にも及んだので、かなり強力な物だと分かった。


 赤月国の建物は、石材と木材の混合のようだ。周囲には森が広がり、木材は豊富に取れそうな環境だ。ヤクトに近い森は、大体が危険地帯だったが、赤月国は地脈の途切れがあまりない。

 私達が居る城塞都市も、森の恵みで潤っているようだ。


 獣車を引いている大型の鳥のような獣を休ませたら、直ぐに出発する行程らしい。

 丁度お昼時なので、人も獣も食事の時間だ。私達はディアナに連れられて、定食屋のような店に来た。


 ディアナのもつ特権はかなり大きい。ヤクトで言えば壁の中に住む程度なら十分にある。そんな上位民と思われるディアナが、大衆向けの店を選んだ事は、以外だった。


「この感じ、ヤクトの冒険者組合と変わらない雰囲気だね」


「シルビウス家は質素を美徳とするのです。それに直ぐに出発するので、ゆっくり腰を据えて食事をする時間はありませんよ」


 私の意図を汲んだのか、ディアナからは簡単な答えがあった。


「饅頭汁みっつお待ち!」


 威勢の良い女性の給仕が、ワンタンスープっぽい料理をテーブルに置いていった。昼時の定食屋は客と給仕でごった返している。


 ディアナは料理が置かれると、木の匙でザブザブと食べ始めた。


 正直なところ、ディアナの大衆感には助かっている。上位者が求める、作法や気遣いを要求されるのではないかと、内心ドキドキしていた。

 作法は知っているが、正直やりたくは無い。信じていない事を強いられるのが昔から苦手なのだ。


 騒がしい店内で忙しく食事をしていると、昔を思い出す。昔から仕事でトラブルが発覚するのは食事時という事が多かった。


 そして、そんなジンクスが今も火を噴く。私達に向けて厄介事の種が、着実に迫っている。


 騒がしい店内の入り口付近で、異質なざわめきが起きる。

 すぐに、白装束の一団が店に入ってきた。


 一直線にディアナに向かった一団は、私達を取り囲むように立ち並んだ。


「シルビウス家が赤月に何用だ」


 白い軍服を纏った男が質問してきた。男は病的に痩せて血色が悪く、ただ異様に長身だった。


 なるほど、私はこの一団に会った事はないが、どういう集まりかは分かる。


 彼らは吸血鬼だ。


 ディアナが城塞都市の門で使用した書類の情報は、直ぐに城塞都市の管理組織に伝達され、組織内で高い権力を持つ一団に届いた。


 旧月光国は血鬼と呪術士の国だった。6に分かれた国には、それぞれ過去の権力構造が残っている。


 赤月国は血鬼が治める国なのだ。






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