剣奴脱出4
冒険者組合に顔を出すと、リュー君が待っていた。
少し前までの騒ぎは収まり、いつも通り依頼を選ぶ者、誰かを待つ者、酔いつぶれている者が絶妙な距離感でたむろしている。
先程の試合で、私を見る目も少しは変わったようだ。
元々は、ヤクト最強クラスのタニアに庇護された、訳ありの給仕という印象だろう。
今は、タニアと同類の手を出してはいけない存在といったところだ。
冒険者組合には腕自慢が集まるので、喧嘩が絶えない。そんな中で皆が一番注意している事は、相手の力量を間違えない事だ。
意地を張って、商売道具の自分自身を潰してしまっては、路頭に迷うしか無くなる。
強さが極端に違う者が入り乱れる冒険者組合では、意地よりも保身こそが重要なのだ。
「先程の伝言は組合長にお伝えしました」
「ありがと、リュー君」
リュー君には、ディアナに会うと伝えてもらった。
組合長からなんのアプローチも無いという事は、私が剣奴連国に行く事が既定路線なのだろう。
「ディアナさんとは、何をお話しされたんですか?」
「剣奴連国に一緒に来て欲しいらしいよ」
私の言葉に笑顔を崩さず、ただ、鋭い警戒を持って答える。
「タニアさんには相談されたんですか?」
「いやー、多分反対されるから言ってない」
「反対されるような事なのに、行こうとしてるんですね」
リュー君の笑顔が怖い。
これは、リュー君とタニア間で結成された、ユズカに一人で勝手な事をさせない同盟の活動の一環だ。
私に対して従順なリュー君も、この同盟活動においては、優先度が変わってくる。
私一人 (※ただし、タコちゃんは私と一心同体とする)が文明界で行動すると、やり過ぎてしまう傾向にあり、それを抑止するのが同盟の活動理念だ。
狩猟国で、私が初めて狩人と出会い、どう別れたかを知ったタニアとリュー君がドン引きして、急遽結成された。因みに、同盟には狩猟国の狩人全員も参加表明している。
「いや、ほら、隣の隣の国にちょっと行くだけだから、観光みたいなものだよ」
「それは、いつ出発されるんですか?」
「明日の早朝かな」
リュー君は角を指先でコツコツ弾いている。これはレアパターンのお怒りの合図だ。
「わかりました。では、僕も同行させてもらいます。まさか、僕の保護責任者であるユズさんが、僕を置いて行くような事はしませんよね?」
「う、うん。もちろん一緒だよ。でも、ほら、ディアナがなんて言うか、聞いてみないと分からないでしょ?」
「着いて行く方法は、いくらでもあるので、心配はいりませんよ。絶対にご一緒させてもらいます」
リュー君の決意は固いようだ。
「しかし、タニアとリュー君も色々考えるね。私に構わず、好きな事やればいいのに」
リュー君は、笑顔を崩さず角を弾くのを止め、角の先端を触り始めた。
「僕がユズさんに付いて行く事は、僕の意思ですよ。誰かに頼まれたり、自責の念からの行動ではないです。僕は今出来る最高の行動をしているだけです」
「もっと他にやるべき事がありそうだけどね」
「ユズさんは世界が見え過ぎるんです。誰にも見えていない先に向かって行動するので、足元の小さな事に躓いて、傷ついてしまうんです。だから、僕はユズさんに付いて行って、足手まといになります。そうすれば、ユズさんの目線が少し下がるので、足元が見えて余計な事に蹟かなくなります。これはタニアさんやブラドさんにも出来ない、僕にしか出来ない事なんですよ。これって最高じゃないですか?」
こんな事を真剣に考えて、臆面もなく言葉にしている。
他人に構われ慣れていない私でも嬉しい。その反面、呪いが深く重くなっている事も感じる。今なら、呪いを解きに来たヒーローを、私が消してしまいそうだ。
「リュー君、頭触っていい?」
「え? 別にいいですけど。何か意味でもあるのですか?」
私はサラサラの金髪を撫で、直接触れないように頭をポンポンした。
「これはね。私が昔居た場所では、親愛の証なんだよね」
「そうなんですか? でも、これ、僕がユズさんにするのは難しそうですね」
リュー君は、心身共にまだ子供なのだ。この事実が過去のリュー君には最悪な出来事であるが、未来のリュー君にとっては幸いであってほしい。
「以外と手の届かない場所なんてないものだよ。さ、明日の朝には出発だから、一緒に準備しよっか」
「はい」
―――
翌朝には、ディアナが剣奴連国行きの獣車を用意していた。
乗り合いでは無く、専用の獣車である事から、ディアナにはそれなりの地位と資金がある事が分かる。
獣車の旅は、タニアと依頼に行ったとき以来だ。最近はめっきり自作飛行艇の旅ばかりだったので、行先の舵を他人にまかせるのは久しぶりだ。
リュー君の同行については、あっさりOKが出た。理由はまだよくわからないが、ディアナがこの先望む展開に、同行者は都合が良いらしい。
獣車は、幌ありの長距離用の車種で、居住性も悪く無い。盗賊の襲撃対策までは施されていないが、かなりいいやつである事は分かる。
ディアナは、定期的に私とリュー君を観察している。探知術の使用まではしないが、車内での動作や警戒の度合など、細かく見ている。
リュー君は逆に遠慮なく探知術を使用している。リュー君の感覚糸は、上位の術者でも発見は困難だろう。
「あなたは、かなり立派な家柄の生まれですね。その歳まで水仕事一つしてこなかった手が、あなたの出自を物語っていますよ」
暇なのかディアナが話しかけてきた。相変わらずよく勘違いしている。
「私にはその手の仕事、縁がなかったからね。生まれが良家か不明だけど、自分で稼ぐ技術は持っていたよ」
「その操術は大したモノですよ。しかし、今、冒険者などをしているという事は、あなたの家は既にないのでしょう? あなたの拠り所はあなたの技のみ、どうぞ、大切にしてあげて下さいね」
ディアナの解釈では私は高貴な家に生まれ、操術の技を持っており、後の没落で冒険者として生きるしかない世間知らずのお嬢様のようだ。
「まあ、私は自分のしたいようにするけど、ディアナは家に縛られる生活をしてそうだよね」
「シルビウス家の事をご心配頂かなくても結構です。あなたの家のように堕ちる事はありませんから。あなたのお連れの方は、昔の使用人ですか? 」
「使用人ではありませんが、ユズさんには大恩がある者です。僕も冒険者なので、旅先でのお手伝いは色々出来ます」
ディアナはリュー君をまじまじと見ている。
「剣奴連国は様々な法が、壁を隔てるような距離でそれぞれ異なったりする場所です。妙な騒ぎを起こさないようにお願いしますよ」
ディアナが私に向けるゴミを見るような目から、私が旅先に馴染みの男を呼びつけて、逢瀬を重ねるつもりと勘違いされているようだ。
確かに、私も立場が逆ならばイラっとしていたかもしれない。
獣車は見通しの悪い森へと入っていた。周りに人家はすでに無く、鬱蒼とした森が広がっていた。
行先を選べないので、仕方の無い事なのかもしれないが、私達は数十分の後に盗賊の一団と接触する。
ディアナの仕込みという訳でもなさそうな、気合いの入った盗賊が私達を狙っている。
盗賊の一団は100人近い。私がなんとか実力を隠しながら、処理する方法を考えていた。
そんな中で、リュー君の意識の結界が盗賊団を捉えていた。
「ユズさん。今回は僕に任せて下さい」
そう言いながら、リュー君からは無数の感覚糸の洪水が、盗賊団にむけて発射されていた。




