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武刻脱出20

 シキと2人で簡単な依頼に出かけ、その帰りにやって来たのは風呂屋だった。


 欲国、武国にはあまり風呂文化は無い。安全な水が安定して手に入らない地域が多いので、風呂のような文化が定着しないのも頷ける。

 文明界での風呂は、南の地域の文化だそうだ。元々、南にあった柱城は風呂文化圏なのだ。

 柱城は、外界に移ってからも、突発的に降る豪雨と近くの河からの供給で、水関連のインフラは整っているらしい。

 なので、柱城は変わらず風呂屋が営業している。


 シキは依頼の最中、普通に後輩指導をした。想定していた目を覆いたくなるようなパワハラは無く、和やかなムードで仕事を終えたのだ。おまけに仕事終わりの風呂を奢る先輩振りだ。

 だが、シキさんお得意のフィールドは、パワハラでは無くセクハラに違いない。

 タイル張りの浅くて広い浴槽に浸かる私を、今も凝視している。何故か貸し切り状態の浴場で、事件が起きるのは、時間の問題だ。


「それ、なんで前隠してんの?」


 きた。


 私は風呂の作法に則り服は脱いでいる。タコちゃんに依頼して、重力制御の関係上、足輪だけは残してもらい、残りの分体はタオルに変化してもらった。

 私の運動不足ボディを見られ無いようにした訳だが、どうやらパイセンは全裸をお望みのようだ。


「恥ずかしいから」


 シキパイセンは、そのムチムチボディを堂々と晒している。オビトなので、全体的に体毛に覆われているが、紛れもなく全裸解放だ。

 ムチムチしているとは言っても、体が資本の狩人なので、引き締まった肉体をしている。シックスパックが浮き上がるほど鍛え上げているのに、お胸もしっかりあるチート体型だ。


 対して私は、全く運動していない緩んだ四肢、ジワジワ成長していたお腹周り、全体的な棒のようなフォルムと、典型的な放置体型だ。


「うちはヒトのつるっとしたおっぱい好きやで、尻尾の無いおしりも可愛いと思う。恥ずかしい事なんか、何もないやろ」


 なんかセクハラというよりも、絶対見たいという強い意志を感じる。

 そんなはずでは、約束が違うという焦りを感じる。


「いや、普段から見られたくないからみんな服を着ていわけだし、普通に恥ずかしいでしょ」


「いやいや、みんな我慢して服着てるやろ。裸が一番ええに決まってる。それに、湯屋は裸になってええ場所やろ。布巻いて隠すのはおかしい」


 どんだけ裸族意識高いんだよ。


「とにかく、見せないから」


「嘘やろ? こんだけ頑張って竜越者の裸見られへんて、おかしいやろ!」


 シキパイセンの叫びが、虚しく風呂に響いた。


 別に見なくても、がっつり触っただろ。煩悩との付き合い方が素直過ぎる。


「そんな事より、私に返す恨みがいっぱいあるんじゃないの?」


 プイッと背中を向けたシキが、頭と尾を残して湯に沈んだ。

 尾の先端が私の方を向き、指差すように止まった。


「確かに、お前をぐちゃぐちゃにして殺したいわ。お前が苦しむんやったら、連れの2人も殺す。でも、そんな事はうちにはできん。弱い奴は、強い奴の餌になる。世界はそんな感じに出来とる」


「まあ、それは無理そうだけど、今、立場が有利なんだから、それを利用すれば、多少は気が晴れるかもよ」


 シキの尾がパシャリと水面を叩く。


「竜越者は誰も倒されへんけど、話をする事は出来る。最初にお屋形様が出した結論や。信じられない力を持ってるけど、心の在りようはうちらと変わらん。そんな奴と話が出来るようになるのが、狩人の目的や」


「あなたは、私との対話役として働いているよね」


「半分当たりや。その気色悪い頭の中を読む能力で、えらい目に遭わされたけど、うちらの意図が伝わり易くて助かったわ。もう一つ、うちの独断でやっている事がある」


 シキは尾を湯の中に沈めた。


「妙に私に突っ掛かってきた事? 芝居がかった様には感じなかったけどね」


「そらそうや。全部うちの感情のままに振舞ったからな。お前はキリンを助けたり、死人を使って挑発した訳や。それは感情によるものやと、うちは感じた。少なくとも、感情に重きを置いている奴や。なら、うちも感情論で行く事で、印象を出せるはずやと思た」


「何か目的があるみたいだね」


「うちは、お屋形様やキリンとは、少し違うんや。あの人らには、自分達だけでなんとか出来る自負がある。うちには、そんなもん無い。狩猟国を守る為なら、何にでもすがるし利用する。お前が出るまでは、武王にすがるつもりやったしな」


 シキは湯の中に完全に沈み、魚のように軽やかに泳いで、私の隣に座った。


「私を使って国防するってのはいい考えだよ。なんたって誰も倒す事が出来ない存在だ。そんな奴が守る国は安泰に違いないね。問題なのは、それをどうやって強制させるかだよね」


「お前を自由に出来る奴なんかいないわ。それこそ、知り合ってお願いするしかない。だから、今から単純に言うわ。新月国の奴らとしたお願い事を、狩猟国ともしてほしい」


「そのお願いを聞かなかった場合、私はどうなるのかな?」


「別になんも無いわ。さっきも言うたけど、竜越者を自由に出来るのは、竜越者自身だけや。ああ、新月国の奴らになんかしたか言う心配はせんでええよ。うちらは情報集めんの得意やからな。相手に知られず機密を掠め取るなんか朝飯前や」


 新月国のイリアとは、他国から攻められたときに限って相談に乗るという約束をしている。

 この約束をシキが求めるという事は、恐らく国外に具体的な脅威があるのだろう。


「そんな約束でいいなら、別にしてもいいけど、具体的な使い道は先に聞いときたいかな」


「法国が来たら呼ぶわ。さあ、これでええやろ? 約束は有効やで」


 隣のシキがズイズイ来る。


 私は浴槽の黒いタイルを剥がして、タコちゃんの分体に入ってもらった。

 タイルは粘土のように変形し、黒い輪っかになった。


「どうぞ。お収めください」


 シキは私の手から、黒い輪を受け取ると、直ぐに胸の谷間へとしまった。


「はあ〜、しんどいわ。ようやく一個目的達成やけど、ご褒美が無いのが辛いわ。ほんまに裸あかんの?」


「ダメ。絶対」


「そうか…、なら話変えるけど、キリンが進めとる外界調査に口出したらしいやないか。なんでや?」


 名残惜しそうな目をして、シキが少し離れた。


 正直、シキが狩猟王と私が話した内容を把握している事は驚きだ。

 狩猟王は私からの情報をキリンにしか伝えていない。キリンは早々に外界深部に戻ったので、シキには会っていない。

 シキはキリンが外界深部に向かう準備をした内容から、正確な情報を抜き出している。情報収集能力は、マジで世界1位かもしれない。


「キリンちゃんが外界の地溝帯を越えて戻って来た場合、ほぼ間違いなく、ある病気に感染する」


「なんで、そう言い切れるんや。キリンやから上手いことやるかもしれんやろ」


「この病気は隠れるのが上手い。それに、感染したら他に広がるのは避けられない。何故なら、この病気には知性があるからね。病気はやがて感染した相手を取り込み、泥沼のように体を変化させて、皆を一つの大きな塊に変える。私はこいつを黄色い沼と呼んでる」


「そんな奴がおるなら、今頃外界は黄色い沼一色やろ」


「黄色い沼が取り込め無いように変化した生き物も沢山居るんだよね。体に強い毒性のあるモノ、侵食出来ないほど構造の異なるモノ等、色々だよ。黄色い沼は外界では一つの生物として共生してるけど、オビト相手なら必ず勝つ程に危険になるんだよ」


「外界を侮るな言うことやな」


 シキにここまでアナウンスしておけば、バイオハザードは避けられる。

 柱城が黄色い沼に飲まれたら、文明界は崩壊する。


 外界は理不尽に満ちている。


 狩猟国は文明界にあった武による支配から抜け出したが、外界と言う生き残る事が目的の世界へと突入した。

 文明界にある武と呼ばれるモノは、一見物騒に感じるが、外界からみれば、至って理性的で平和的な存在なのだ。


 私は外界に出来た小さな武が、少しでも長く続いてほしい。そう感じたのは、狩猟王と狩人の関係を知ったからかもしれない。


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