武刻脱出19
私は柱城の中央工房を出て、対岸に続く連絡橋を歩いて渡っている。
外界に出来たこの都市を、本格的に動かすために、100以上ある連絡橋は獣車が激しく行き交っている。
私達が柱城の外輪にある建物に向かっていた頃は、オビトの姿ばかり見たが、今はヒト、カビト、クピトの他に、初めて見る有翼人や下半身が馬のような種族も見かける。
ヤクトは文化圏の違うヒトは多種いたが、種族が違う者同士が、同じ街に住まう光景は、柱城独自なのだろう。
私がこの街に紛れてしまえば、至って没個性だ。黒髪のヒトなど、さして目立つ要素では無い。
しかも、私は一般的に術の使え無い者として見られる。
術の使え無い者は、私の見た範囲で言えば、最下層の弱者だ。種族や性別、体格に関わらず、術の力が強い者は、そのまま強者となる。
弱者が奴隷として強者の所有物となっている事は多い。
不本意で奴隷になる者、自身を守る為に奴隷になる者と、理由は様々であるが、奴隷の大多数が術を使えない。
私は、ヤクトでは弱者と見られる事が多く、搾取しようと近づいて来る者も居たので、そういった輩には透過を使用して、認識されないようにしていた。
柱城での私は、迷子の奴隷と見られているようだ。奴隷は基本的に主人と行動を共にするので、一般的な反応と言える。
肉体労働を目的とした奴隷に見えない私は、周りの人々から心配されている。柱城の街は術に満ちており、非術者には危険な場所も多いのだ。獣車に轢かれれば即死だ。
私の本性を知れば、周りの人々は逃げ出すだろうか。皆、自分より遥かに巨大な力を持つ存在は、恐ろしいはずだ。
爆弾があると聞けば人は逃げる。例えそれが爆発しないとしても未知の暴力からは、逃げる価値がある。
私の真上には、タコちゃんが浮かんでいる。タコちゃんは私の暴力の最初の犠牲者だ。
タコちゃんは私に恐怖していない。不思議だ。
私への興味が、タコちゃんの行動原理だ。恐怖を感じなくなる程の要素が、私にあるのだろうか。
「タコちゃん、神人の事、何か分かった? 狩猟王の話ではモリビトの人造種らしいけど、具体的な事は知らないみたいだったね」
タコちゃんとの会話は、テレパシーのように行える。
実際は、タコちゃんの分体で出来た私の服に、事前に取り決めた振動を送りあって、意思疎通している。
「あのモリビトが調べた神人の情報ならば、大体手に入った。神人は複数の生命樹が共生する群体のようだ。単一種だけでは、どうしても越えられない壁を複合体として越える。それが神人の設計だ」
タコちゃんは、狩猟王から情報を聞く事はしなかった。それは、狩猟王が解釈し、変化してしまった情報よりも、古いモリビトが残した情報に、価値を見出したからだ。
狩猟王には、人並み外れた情報を読み解き、応用する能力がある。
ただ、それ以上に世界を正確に観測しているのがタコちゃんだ。
タコちゃんの理解が、世界をどれだけ解き明かしているのか、想像もつかない。
「そうなると、神体や覚者の中にある神経の塊も含めて、1つの生物という事?」
「そうだ。老人の覚者から抜け出たモノが向かった先。北の外界にある捻れ空間に、比較的大きな群体があるだろう」
神人の居る場所は、タコちゃんが突き止めてしまった。まだ、誰にも言っていないし、言うつもりも無い。
あくまでも私の解釈だが、神人は、私達と敵対している訳では無い。
偶然、神人が活動する場に居合わせているだけでだし、私からすれば神人の文明界を維持するという行動には好感を持てる。敵対する要素は無い。
だから、これ以上、神人に関わるつもりは無いし、誰かを関わらせる気も無い。
「神人は、別にそういう生物と見れば普通だよね。外界の生物の方が、危険な奴が多いし」
「それはそうだが、神人が自身の情報を隠している理由は気になる。文明界の管理をするなら、存在を明らかにした方が効率的だ。恐らくは、神人は、天敵のようなモノから逃れている」
確かに今まで神人が見せてた行動には、存在を隠すという要素が強すぎる。
神人が存在を知られる事すら恐れるナニカが居るのだとしたら、それは、世界にとっての脅威になりそうだ。
「最終的に、神人に理由を直接聞くくらいしか、答えを得る方法は無いよね。今度、何処かで会ったら、聞いてみる事にするよ」
「それしかないな」
私とタコちゃんは話をしながら、中心街をぬけて外輪に向かう道に差し掛かっていた。
以前、狩猟王より滞在場所として借りた建物、そこに向かっている。
向かう先には、神人より遥かに厄介な出来事が待ち構えている。
―
景色の良いレストランをやっていた建物には、人の居る気配がある。
まるで金曜の夜の大衆居酒屋のような雰囲気に仕上がっている。
今は店舗側の扉が開いているようなので、そこから中に入ると、見知った顔があった。
「ユズさん、おかえりなさい」
「ユズカ、話があるからこっちに来て座れ」
リュー君とタニアから、一斉に声を掛けられた。
建物の中は片付けてあったテーブルが、全て設置されており、これから酒場でも営業するのかという雰囲気だ。
場所が酒場ならば、客のように席に着いている人物が1人居る。
少し前まで良く見た白毛のオビトが、ニヤニヤしながら瓶に入った酒らしきモノを呑んでいる。
「なんや? 先輩に挨拶無しとは、態度の悪い奴やな」
明らかに面倒な状態のシキが居た。
胸元が開いた前合わせの服を着て、止め紐がはち切れそうなほど体を反らして、椅子に踏ん反り返っている。
私は、一旦無視して、カウンターの席に着いた。
「何これ? どういう状況?」
「まあ、掻い摘んで言うと、柱城で冒険者組合がやれるようにした。あたしは代理だが、今はココの組合長だ」
タニアは完結に答えてくれた。タニアが組合長ならば、この建物は組合事務所になる。そうなると、組合事務所の中に居る人物は、大抵が冒険者だ。
「そおいうことやで、新人ちゃん。緑石の上級冒険者は、青石の駆け出しを教育すんのも仕事なんやで」
冒険者証にある石の色で、冒険者の格が分かるようになっている。
石の色は、青から始まり、黄、緑、赤、紫、虹と変化する。
冒険者証に受けた依頼と達成可否を記録すると、石が変色するのだ。
私は冒険者になってから、採集依頼ばかりで金を稼いでいただけなので、証は青のままだ。
難度の高い依頼は、石の変色が進み易いそうなのだが、私は仕事に対価以外求めない主義なので、石の事は気にせず、難度の低い依頼を受けていた。
ちなみに、リュー君はタニアと依頼をしていた期間で、黄石まで進んでいる。
冒険者の規約では、新米冒険者の生存率を上げるため、組合職員や上級冒険者による訓練が推奨されている。
「冒険者組合を運営する為には、所在地の街や村と協力関係を構築する必要がある。シキは柱城のオビトから、絶大な人気があるので、是非、協力してもらうつもりだ」
なるほど、シキはこの構造になると予想して、私に対してマウントを取りに来ているのだ。
私からは、散々、心を折る攻撃ばかりしてきたが、ついに反撃を許してしまった。
タニアとリュー君は、私がシキに行った悪行を、あまり知らない。故に、シキの要件に従っても良いのではという論調になる。
シキはこの状況を計算して、今までのストレスを圧倒的なハラスメントで、解消しようとしている。
既に策が成っている以上、私がこの状況を覆すことは難しい。
「それやったら、まずは竜越者と仲良うなる為にも、外界の採集依頼に付き合ってもらおかな」
シキがはっきりと反撃を開始した事を、私だけが理解していた。




