武刻脱出18
「種を創る? モリビトは何故そんな事をするの?」
私の知るモリビトは狩猟王だけだが、種を創ってしまうような無謀や傲慢さは感じなかった。
彼がイレギュラーでモリビトとは本来、創造主のような振る舞いをしているのだろうか。ブラドの話では吸血鬼や血鬼はモリビトの手によって生み出されている。
自国を法国と名乗り、他国の軍事バランスに目を光らせてはいるが、各国からの印象は悪く無い。
むしろ、法国介入がある国の方が、どうかしている感じだ。
「モリビトが種を創っていた時代は遥か昔です。古いモリビトは業を克服するために、種を創っていたそうですが、今のモリビトは、そんな事忘れてしまっている」
「業? なんか抽象的な理由だね」
「当時は誰も疑わない明確な理由だったみたいですよ。モリビトの業は、不完全である事だそうです。完全な存在に至る、それがモリビトが種として持つ目標でした」
「完全になりたいなら、自分達を改造すればいいのにね。他の種からすればいい迷惑じゃない?」
「既に試したようですよ。モリビトは如何なる状況下でも変化しなかった。なので、モリビトは完全な種を創り出す事を目的としたようです」
モリビトが創った種の中で一番優秀だったのが神人という事なのだろう。
神人は何者にも知られる事無く文明界のバランスを保っており、モリビトは公然と国家間の調停している。
これは両者が同じ目的で行動している様に見えるので、今も繋がりがあるかもしれない。
モリビトと神人は目的は同じ様だが、当初の完全な種を創るという目的からは外れているように見える。
このまま文明界を存続させ続ければ、完全な種に至るという試算でもあるのだろうか。
「完全な種は、まだ出来ていないみたいだね。今のモリビトから察するに、諦めてしまったように感じるけど」
「諦めたのでは無く、意図的に認識が捻じ曲がったという方が正しいですね。1000年より以前の過去に、何かあったという事しか分かりません。神人はその時から放置され、文明界に干渉するようになったようです。モリビトは既に多種族に干渉していましたが、以後は文化的調停者になり、術の根源を探求するモノに成り果てました」
1000年以前、私がこっちに来た時間より昔だ。モリビトと神人は関係を絶っているのに、やっている事が似ている。
狩猟王が言うように認識が捻じ曲がったのだとしたら、モリビトと神人は同じモノに認識を改変された可能性が高い。
「モリビトも神人も安定を求めているという事は、何かに備えたのかな? 種としての進化よりも、今ある種を守らなくてはいけない何かに気が付いたとか? ほら、過去に予言で破壊神が世界を消してしまうってのがあったんでしょ」
「予言は可能性としての未来を見る術です。1つの可能性として、世界の終わりが見えたという事実は驚異ですが、今現在の予言で見えていないという事は、世界が終わる要因は不安定で、容易に取り除く事が出来るという事です」
ブラドには破壊神の力を持つ存在と言われたが、狩猟王の見解では、世界の終わりは無いとの事だ。
しかし、武王の持つ予言に、私に関する出来事は出ないというではないか。
そうなると、私が世界を滅ぼす可能性は十分にある。
「結局、あなたが気になるのは神人という事なんだね」
「僕の感情は恐怖に支配されていますが、そのすぐ下にあるのは、モリビトへの劣等感です。古いモリビトの知識を得た僕ですが、神人の実像は、何一つ掴めていません。未知より恐ろしい物はこの世にないと思っているので、今は少しでも神人の事が知りたいのです」
狩猟王の怒りと悲しみの正体は、悲惨な過去を作り上げた原因である劣等感だった。
恐らくは過去のモリビトまで含めた全てを凌駕しないと、彼の劣等感は消えない。
正確には、モリビトの全てを知る事は出来ないので、彼の劣等感は一生消えないのだ。
感情を制御出来ない彼は、永遠にその矛盾を抱えたままなのだろう。
自身の精神を改変した成果と負債はどちらが大きいのか、私には測る事が出来ない。
「私は神体というのと戦ったけど、同じ状況下なら狩人が勝つと思うよ。理由は単純で、神体の術は大きいけど精度が粗いかな。神体は巨大な鉄塊だけど、狩人は研がれた刃物、正面からぶつからなければ、まず負ける事はないよ」
神体は力は大きいが、所詮は自動装置だ。状況によって変化し、個体が意思を持った群体の狩人には敵わないだろう。
狩人と同じ数の神体が現れれば流石に勝てないが、私相手に一体しか出て来なかったのだから、神体出現にはかなりの制限があるに違いない。
手練手管の狩猟王なら、まず下手を打つ事は無い。
「竜越者の見識を疑うわけではないですが、神体の細かい情報がほしいのです。竜越者が欲する対価を用意する事は出来ませんが、お連れの方が満足する対価ならば、お渡しする事が出来ます。どうですか?」
「別に対価が無くても教えてあげるよ。それに嘘の匂いが少しするから、私からの情報が無くても、その対価とやらは貰えるんでしょ? 神体の事は、そこの紙に書いてあげるよ」
狩猟王は苦笑いしながらも、紙束を渡して来た。よほど神人の情報が欲しいのだろう。
私は、紙600枚を使った、神体解体新書を瞬時に書き上げた。構造説明には全て図解のある力作だ。
元は絵など描けなかったが、正確な記憶と精密な身体操作で、写実表現は完璧なのだ。
「ありがとうございます。これで神人研究が進みそうです」
「しかし、私を神人と疑った理由が良くわからないね。私は色んな境界を乱してしかいないよね」
「あなたは存在として完全され過ぎていました。なので、外界の奥に残り続けた古いモリビトが、遂に完全な種を作り上げたのではと思いました。しかし、あなたは完全な種ではなかった。あなたは完全な個だ。独立した存在として完結している。だから、あなたはモリビトの創造物では無い、もっと大きく深い場所から来た何かなのだと確信したのです」
完全な個、狩猟王は私の事を良く調べている。
自身以外の何も必要としない存在として、私は完結している。
ただ、必要としないだけであって、私は私以外の存在を不要とは思わない。
だから、私は私以外を壊さない。私を今の状態にした何者かがいるのだとしたら、私以上に私の事を知っている奴だ。
「さ、そろそろ上に戻ろうよ。私達みたいな寂しがり屋は、地の底なんかにいない方がいいよ」
「同感です」
狩猟王が壁の装置を操作すると、何重にもロックされた隔壁が開き、地上へのリフトが見えた。
「そうだ、1つ忠告があるよ。今、キリンちゃんが越えようとしている、大きくな地溝帯があるでしょ。あそこを越えない方がいいよ」
「何故です? 今のキリンならば、後半月もすれば、先への道筋を見つけると思いますが。僕もあそこから先へは行った事が無いので、モリビトの遺物を調査したいのです」
「狩人は神体の軍にだって勝てる力を付けると思うけど、あの先は能力や技術では決して解決出来ない絶望があるんだ。全てを失いたく無いなら、止めた方がいいよ。どうしても行きたいなら、地溝帯を空から抜ける事をお勧めするよ」
「それこそ、不可能でしょう。空は液状の飛行生物の巣で、通るモノは捕食されるだけですよ」
「忠告はしたよ。あなたの恐怖が働かない絶望もあるって事だから」
私の話が終わると、リフトは地上に到達し、明るい光が射し込んだ。




