武刻脱出16
現在の武国南部は、その昔、何処の国でも無い不毛の土地だったそうだ。
犯罪者やはぐれ者、亡国の生き残りといった、行き場ない者が集まり、無法地帯と化していた。
いつ頃からか、狩人と呼ばれる者達が徒党を組み、危険地帯や外界にある希少な資源が流通するようになっていった。
狩人の産む利に目を付けた武国が、自国の領土とするべく、武力進行を開始した。
狩人の長であった半モリビトのシュラは、あっさりと支配を受け入れ、以後も武国に貢献し、狩猟元帥の地位を手に入れたのが、20年前だそうだ。
「それで、狩猟王様は私に何をお求めなのかな? この手の話なら、外界深部に行ったときに出来たのでは?」
「あの時はまだ、あなたが神人では無い確証がありませんでした。今はあなたが何なのか分かりませんが、少なくとも神人では無い事がわかりました。なので、内密な話がしたくて、ココに来て頂いたわけです」
武国は神人と関係がある。欲国も同じだ。
文明界の国は神人によって管理されているのだろうか。
狩猟王シュラは、神人と良好な関係を構築するつもりは無いようだ。
「神人はヒトを破滅から守り、正しい未来に導く存在なんでしょ? この新しい国も導いてもらえば良いのでは?」
「アレは御伽話のような都合の良い存在ではありません。守る為に在るのでは無く、収穫する為に守っているのです」
タコちゃんが興味ありそうな話なので、既にこの場に来てもらっている。
天井の高い作業台だらけの部屋の中央にタコちゃんは浮かんでいた。
タコちゃんと狩猟王が直接会話する事は出来ない。因果隠匿という最上級の認識阻害が、何者もタコちゃんを認識させないのだ。
因果隠匿はユズツーのように代弁者を用意しても、それをタコちゃんが直接操作すると、相手には認識されないという強力さだ。
タコちゃんの存在を認識しようとするあらゆる因果が結ばれる事は無い。
例外としてタコちゃんを認識する事が出来るのは、私とリュー君だけだ。
新月国のイリアは気配だけを感知したが、アレはタコちゃんに隠された私を発見しただけだった。
タコちゃんが狩猟王に聞きたい内容は、予め私が把握している。
「それで、内密な話というのは何かな?」
「あなたの知る神人の情報が知りたいのです。過去にあなたは神人に会っています。ああ、参考までにですが、あなたが神人に会ったという情報は、タニアさんから得たモノではありませんよ。あの人は本当に義理に堅い」
神人という名はタコちゃんから聞いたのが初めてだ。
欲国の支配階級の頂点に近いアズルスという名の男は、神人に連なる何かだと分かった。
アズルスに密かに手を出した私は、神兵と呼んでいる人型兵器に追い回された。
神兵をやむなく破壊して以後、追跡を感じた事は特に無い。アズルスは神兵が現れた事を全く認識していなかった。私に手を出された事実すら知らないだろう。
「私が神人を知っているとして、それを貴方に話す理由は何かな? それに神人の事ならば、モリビトの方が詳しいでしょ」
神兵と新月国に攻めて来た空飛ぶ岩山の技術的な出所は同じだ。
空飛ぶ岩山は浮岳槌と言うらしい。取り扱っていたのは狩猟王なので、良く知る技術な訳だ。
つまり、狩猟王は神人に関する詳しい情報を持っている。その上で私に聞きたい事が何なのか良くわからない。
「神人とモリビトを関連付けている時点で、あなたの持っている情報が、僕にとって価値がある事の証明です。是非聞ききたい。僕の半分はモリビトです。しかし今は故郷を捨てていますので、モリビトが本来持つ知識や術は何1つ持っていません。だからこそ、古いモリビトの失われた知識を僕は知りたい」
興奮気味の狩猟王が、早口でまくし立ててくる。
「私は貴方の出自を知らないから、私の持つ情報を渡して良いのか判断出来ない。情報をそこまで求めるなら、その理由を説明してほしいな。貴方が生まれてから狩猟王になるまでに何があったのか。それを聞いてから判断するよ」
狩猟王は少し黙ってしまった。恐怖に固められた感情の中に、郷愁と後悔と挫折が混じっていた。
「僕の事を知りたいというヒトは多いんですよ。しかし、それを聞いて興味を失なったヒトのなんと多い事か。それに見た目より長生きしているので、話自体が長いですよ? 」
「別に構わないよ」
私は興味があった。恐怖に満ちた人が、国を作るまでに至った原動力が何なのか。
◇◇◆
僕の生まれた法国はモリビトが生じてから途切れた事の無い、古い国だった。
物心ついた時には、モリビトの母と2人で暮らしていた。
モリビトは術の研究をする事に生涯を費やす。母は術の研究に入れ込む性質で、それ以外には無頓着だった。
父について母に尋ねると、ヒトという種族であり、既に存命していな事が分かった。
周囲の環境で片親を異なる種族に持つという事象は特異だった。
別に禁忌でも迫害の対象でも無く、ただ珍しいだけだった。
一度、母に尋ねた事がある。何故、相手を別の種族から選んだのかと。
「術形質の遺伝が別種という要素にどれくらい影響を受けるのか知りたかった」
母の答えは術研究の一環という単純なものだった。
他者の生き死にに興味をあまり示さないという性質は、モリビトにとっては良くある事だ。
ただ、半分ヒトである僕は、寂しさを感じた。
僕の術の才能は平凡極まり無く、なんの特異性もなかった。
母は僕への興味を失ったように感じ、僕は承認欲求を他に求めた。
新しく出会うモリビトは、僕の出自に興味を持つが、直ぐに冷めてしまう。
母の反応は決して特異では無く、モリビトとしては、当たり前の事だった。
僕の承認欲求は肥大し、自立出来る歳になると、対象を国の外に求めた。
国の外には僕の承認欲求を満たす出来事が無数にあった。
モリビトとしては平凡な術も、国の外ではそれなりに通用するものだった。
ただ、モリビトの中で何の苦労や悪意に晒される事無く暮らして来た僕は、とにかく、ありとあらゆる事に騙され続けた。
騙され、奪われ、陥れられ、殺されかけ、そして売られた。
世界の広さも知らずに彷徨い、故郷が何処にあるかもわからなくなって、外界に近い無法者の根城で男娼の真似事をしていた。
無法者達は直ぐに住処を追われる。危険地帯という事もあり、手に負えない生物が群を成せば、逃げるしかない。
無法者同士の殺し合いも頻繁にあり、弱い者は殺されるか、服従するかのどちらかだった。
ある時、襲撃者から逃れる途中で、単眼狼の群れに遭遇するという不運にあった。
皆散り散りになり、僕は大型生物の汚物に塗れて、不運をやり過ごそうとしていた。
運悪く、戻ってきた大型生物に踏まれ、僕は意識を失った。
―――
僕が全身の激痛に目を醒ますと、狭い洞窟の中にいた。
寝床として草が敷いてある事から、何者かの住処のようだった。
目を覚ました僕の様子を見に来たのは、ほぼ全身を黒い毛で覆われ、長い尻尾と尖った耳のある女性だった。
僕は初めてオビトに出会った。
30人程の群れで生活する彼女達は、どういう訳か僕の命を助けた。
後で知った話だが、その群れには男性が居らず、危険的状態だったので、僕は代用として連れてこられただけだった。当時はオビトの言葉すら知らなかったので、全く理解していなかった。
オビトは危険地帯と外界の狭間に住まい、狩猟を生活の基盤としていた。
群れの弱った個体が命を賭して獲物を狩るという、非常識な行動をしていたが、この辺りの生物をオビトが狩るには、それしかなかった。
減った個体は産んで増やす。そういった発想はオビトの繁殖力から生じたものだ。
多産で子の成長も早く、怪我や病気にも強い。
ただ、男性の生まれる割合が低く、7割が女性として生まる。オビトの男性は貴重だった。
オビトは仲間の命を大切にする気質がある一方で、自分が犠牲になる事を気にしない。
言葉の分からない中でも、オビトの情はしっかりと感じられた。
僕は鈍っていた術でオビトの狩りを助け、失われていく仲間の命を悼んだ。
オビト達が望む種として機能は全く果たせなかったが、僕は誰かに求められ、答えるという故郷を出た目的を、少しずつ思いだしていた。
そして、ある日、なんの前触れも無く外界が溢れた。




