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武刻脱出14

 冒険者組合というものは大抵の国に1つはあり、独立した機関として活動している。


 腕っ節はあるがモテなかった男が、生き甲斐として始めた便利屋が、冒険者組合の原点という逸話はあまりにも有名だ。

 冒険者組合のレリーフには『どん底の奴は冒険者やれ、お前にだって役に立って金を貰う権利はある』と書かれている。

 謳い文句の通り、冒険者は誰でもなれる。


 そんな冒険者組合も武国には無い。

 武力というものを自国で完全管理しているのが武国だ。少ないとは言え、冒険者組合は武力を持っている。武国では組合が許可される事はなかった。

 ただ、武国内で冒険者が活動することは許可されていた。これは組合の先人達が長きに渡る交渉の末に得た成果なのだ。


 冒険者組合はネットワークの広がりを重視している。基本理念の役に立って金を貰うの次に掲げられている目的が、この仕組みを世界に広め定着させる事なのだ。

 ただ、広める理由は明確になっていない。単純に商業活動の一環と添えてあるならば納得出来るが、どうもそうでは無く、はっきりしない。


 タニアは一時期組合職員だった事もあるので、広めるという活動には疑問もないようだ。

 むしろ、率先して狩猟国への組合設立に動いているので、広める目的を知っているのかもしれない。


 全裸で偉そうな事を言っていたタニアは、服が乾くと早々に出て行ってしまった。

 狩猟王に組合設立を直談判するそうだ。今は忙しいから会えないという障壁は、ヤクトの組合で会った、のじゃ鬼っ子から貰った猟証で突破するらしい。

 昔作った借りという奴は、後になればなる程に大きくなるものだ。


 私とリュー君はタニアに協力する為に、柱城を離れて外界の森の中に居る。

 タニアが求めた協力とは、組合設立の話し合いを私とリュー君が探知しない事だった。


 これから行われる冒険者組合の設立交渉には、私やリュー君には知ってほしく無い情報が含まれるらしい。

 主に冒険者組合サイドの情報なのだそうだ。確かに、私の知覚を持ってしても、冒険者組合の情報伝達がどうなっているのか分からなかった。

 徹底して秘匿する何かが冒険者組合にはある。


 私は組合は信用していないが、タニアは信用している。彼女が知ってほしく無いと言うのなら、知らない方が良い。


 私の知覚範囲、特性を正確に把握している者は誰もいないが、柱城が知覚の範囲から外れる位置までピクニックに来ている。


 外界の生存競争は厳しい。本来は遊びでウロウロするような場所では無い。

 私には獣避けの鳴き真似があるので、外界獣に襲われる事は無い。

 今回はリュー君が連れに居るので、危険のある病原菌、寄生生物、気候、地形、放射線に注意しながらの散策となった。


 タコちゃんは、例の覚者を調べると言っていたので、同行していないが、私の服やリュー君の心臓はタコちゃんの一部なので、術による警戒も抜かりない。

 と言うか、柱城にタコちゃんが残っているので、タニアの密談は微妙に成立しない。

 まあ、どうしても密談の内容を知る必要が出るまでは、聞かないでおこう。


 リュー君と私は、無数の滝が流れ落ちる谷へと来ていた。

 本来は姿を景色と同化する大型の肉食獣の縄張りだが、今は獣避けでいない。猛獣がいなければ、安全で景色も美しいので、今回の目的地にした。


「リュー君。そろそろお昼ご飯にしよっか?」


「はい。ユズさん」


 リュー君は足下を流れる穏やかな川から突き出した岩をぴょんぴょんと渡って戻ってきた。

 柱城からこの場所まで、数十㎞はある。決して平坦ではないその行程を、リュー君は休む事無く歩き通したのだ。

 タニアと一緒に冒険者業をすることで、リュー君は大分たくましくなった。

 見た目に変化は無いが、冒険者としての経験が活きるようななっている。身のこなしや、周囲への警戒、術の使いどころなど、冒険者の基礎的な技能には全く問題がない。


「魚が獲れたから、焼き魚にするね」


「ヤクトに行く前のご飯みたいですね。なんか嬉しいです」


 少し照れた様子のリュー君が、小さなナイフで魚を捌き始めた。

 相変わらずキュン殺力が高い。肉体のコントロールが完全な私でも、顔がにやけてしまいそうだ。


 私は魚を焼く為の焚き火をサクッと起こした。加熱関連は得意なのだ。振動エネルギーの絶妙なコントロールもお手の物だ。


 ―


 食後は特にやる事もないので、ぼんやりと過ごしていた。

 反省を生かし、雨具も用意してある。まあ、雨具と言っても、巨大な葉を加工して作ったカッパだ。私がタコちゃんの分体を着る前に着ていた葉っぱの服に近い。


 準備は抜かり無く、お腹も満たされて、良い気候に美しい場所だ。昼寝でもしたいところだが、生憎と睡眠を必要としない体だった。

 眠りによって満たされるという感覚は、久しく感じていなかった。


「ユズさーん。あっちに凄い所がありましたよ。一緒に見に行きませんか?」


「いくー。ちょっと待ってねー」


 リュー君が誘っている場所は既にわかっているが、それを言ってしまうのは野暮だ。

 それに、統合知覚では無く、実際に自分の目で見るという臨場感は凄い事がある。

 タニアの全裸のインパクトは中々のものだった。


 この辺りの地形は、水で侵食された岩が複雑な構造をしている。

 短い洞窟で滝のある岩の小部屋が幾つも連なっており、岩と水の迷路のようになっている。


 リュー君は私の背丈と丁度同じくらいの高さがある洞窟の前で待っていた。リュー君にはジャストサイズだが、私には少し窮屈な洞窟だ。


「ちょっと狭かったですね。僕先に入いるので、手を繋いで行きましょう」


 リュー君から手が差し出される。


 私は出来るだけ生き物に触らないようにしている。私の力が少しでも作用すると、相手を破壊する可能性があるからだ。


 肉体のコントロールは完璧だ。相手を破壊する出力が発生することはゼロに等しい。しかし、完全なゼロなどこの世には無い。私はその僅かな可能性に怯えているのだ。


 私は何の反射か、リュー君の手に触れる様に、自分の右手を差し出してしまった。

 私の手をリュー君の温かい手が掴む。


 私の手の彫像のような感触にリュー君は一瞬戸惑ったように見えたが、直ぐに洞窟の奥へと進み始めた。


 洞窟の奥には、天窓のように空いた岩の穴から光が差し込んでいた。

 室内プールのように、乱れの無い水面が、光に照らされて七色に輝いている。

 水底が色とりどりの結晶でコーティングされており、光の反射で七色に見えるようだ。


「ここ、凄く綺麗な場所ですよね。本の中にある冒険者の物語で、同じような場所が出てくるんです。僕が実際に自分の目で見れるとは思ってもいませんでした」


 リュー君には感慨深い場所のようだ。


「リュー君は冒険者になって良かった?」


 私は特に意図無くした質問だったが、リュー君には大きく響いていた。


「僕は冒険者になれた事よりも、ユズさんに会えた事の方が嬉しかったです。僕の人生はユズさんに会った時から始まったんです。だから、これから先も僕はユズさんと一緒にいたいです」


 リュー君の感情からすると、これは愛の告白だ。

 数万単位で人の感情のサンプルを持っている私が、今のリュー君の感情を照合すると、愛する相手への素直な好意に該当する。


 内容は分かった。わかったが、私にはこれに答える材料が何も無い。

 何事もフィクションと妄想で事足りていた私には、自身が恋愛の当事者になる必要性を感じていなかった。

 儚くも美しい恋愛を美麗な登場人物達が体験するから価値があるのであって、美も無く練度の低い私の愛など、私が見たく無いのだ。


 性欲的なものも小さな私の中に、当時と同じ形で残っているが、存在が大きくなった私自身に、あらゆる欲が稀釈されてしまい、ぼんやりしたものになってしまった。


「私は何処かに行ってしまう事は無いよ。仮に居場所を失っても、危険地帯にある、あの石の家を帰る場所にしておけば大丈夫だよ」


 なんとも曖昧な返事になってしまった。リュー君の問いに真っ直ぐ答え無い、不誠実な言葉であることはわかっている。

 問題なのは、私の中にまるで答えがないという事だ。答えがないので、先延ばしするような事しか言えない。


「わかりました。僕ももし迷ってしまったら、あの石の家でユズさんを待ちます」


 繋いだ手をリュー君が少し強く握り直した。





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