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武刻脱出11

 狩猟元帥と私は柱城の中で起きている2つの戦いを見ている。


 老人とキリンちゃんは相対していた。距離的には浅い層にいる大男に向かった方が近いが、遠回りした理由は明らかだった。


 大男とはブラドが闘っていたのだ。


「ブラドが闘っている人は誰? 面識があるように見えるね」


「二代前の拳闘元帥オルデンですよ。死んだ事になっていましたが、存命だったようですね。僕は面識がありませんが、ブラドが拳闘元帥になった原因を作った人だと聞いています」


 個の強さに拘るブラドが、元帥という集団を束ねる地位にいた事には、違和感があった。

 ブラドは戦闘集団の長である以上、武国で己の強さを証明したはずだ。その上で武王には勝てなかった経緯があったと予想している。


 狩猟元帥が以前に言った事を信じるならば、武王は戦闘では無く戦争において無敵だ。ブラドは戦争で敗北したのであれば、その要素に当たる幾つかの戦闘はオルデンが担当したのだろう。

 かつてオルデンがブラドと直接相対していたのであれば、相当の実力があるという事になる。


「ブラドが時間稼ぎになるといいね。今回は一対一だからいい勝負するんじゃない?」


「時間稼ぎなど、とんでもないですよ。ブラドは戦闘だけで言えば、武国最強でした。それは過去歴代の何者に対してもです」


 狩猟元帥はブラドの戦闘力を評価しているようだ。私の中でブラドは、体系不明のよく分からない術で格闘する人だ。

 一般的な術や、タコちゃんの使う上位術、血鬼術とも違う曖昧な何かだ。


「じゃあ、オルデンさんには勝ってしまうんだ。あなたにとっては良い事だね。さっきからブラドが一切手を出していないから、駄目なのかと思っていたよ」


「事がそう単純に進めば良いのですが。あなたはブラドの事をあまり知らないようですね」


「吸血鬼だって事しか知らないね」


 新月国での一件以来、ブラドは私に付いて来ている。私も神人じんじんや破壊神の事を調べる情報源として、それを許容している。


「ブラドは確かに吸血鬼です。しかし、彼は血鬼術を使いません。何故だか分かりますか?」


「必要ないからかな? ブラドは血鬼術でヒトという枠を外さなくても、人型で十分強いよね」


「ある意味で正解ですね。ブラドは血鬼術に欠陥があり、弱点でしか無いと考えているそうです。使用後に吸血の必要な血鬼術は、彼の求める強さには全く必要が無いのモノでした。彼は吸血鬼という自己の性質を否定して、一から今の強さを手に入れました。血鬼術の下位術である操血術を改良し、氣術という名の新術を編み出したそうです。旧月光国の血鬼が使用する月拳の元になったと言われていますよ」


 なるほど、ブラドは吸血童貞のようだ。

 自己の才能を捨てて、欲しいモノを手に入れるというストイックさに若干引いている。


「才能を捨てて得た自分の欲しいモノって厄介だよ。それが価値を失ったとき、その人は耐えられない。ブラドは戦闘で負けて、良くやっていけているよね」


「直立するだけでブラドを負かしたあなたがそれを言いますか。まあ、ブラドにとって強さは常に育つモノ、いつか追いつくモノという事なのでしょう。問題なのは僕達の尺度でブラドの強さは、災害に近いという事です。柱城や狩人達にブラドの矛先が向かなければ良いのですが」


 狩猟元帥にとってブラド参戦は想定外のようだ。確かに狩人の戦力だけではブラドを相手するには厳しい。


「あなたは参戦しないの? この戦闘に負ければ終わりなんでしょ。あっちはキリンちゃんだけで大丈夫かな?」


「僕には備えておく事があります。侵入者2人は武王の私兵にしては行動がおかしい。場合によっては別ぬの勢力が介入する可能性があります。それにキリンならば大丈夫ですよ。あの子が狩主になって狩損ねた獲物はいません」


 狩猟元帥はまるで神人しんじんの存在を知っているかのように話した。

 モリビトと神人しんじんは何かと接点がある。


 キリンちゃんが相対している老人の手のひらに、500円玉ほどの黒い穴が開くのが見えた。


 ―


 広く天井の高い地下通路には、黒い鎧を纏った狩人で埋め尽くされている。


 大音量で鳴っていたキリンコールは、キリンちゃんの動き出しと共に止まった。

 キリンちゃんの巨大な尾の1本が地面刺さり、岩盤を成形して人1人程の巨大な弾丸を作り、もう1本の尾で高速発射した。

 まるで大型戦艦の主砲が、枯木のような老人に向けられている。

 キリンちゃん以外の狩人も、20人1組でキリンちゃんと同じ形態となり、巨大な質量弾の連射が始まった。


「まさか、こんなに早くタネがバレるたぁ驚きでやす」


 老人は弾を必死に躱している。それは始めに追い詰められた流れと同じにも関わらずだ。

 老人には弾を透過する術があるが、巨大な質量弾には使用しない。恐らく使用出来ないのだ。


 タコちゃん調べによると、老人の術は変則の転移術なのだそうだ。

 老人の表皮には接触する物体を転移で逸らす弾除け術がかかっている。術には制限があり質量の大きな物は逸らせ無いようだ。


 狩人は常に獲物の情報を解析、共有しており、この短時間で相手の特性を解き明かしたようだ。

 特性が分かれば、狩主が狩猟プランを立てて、狩人全員でそれを遂行する。


 質量弾の連射陣形はキリンちゃん発案なのだろう。効果のあった作戦はそのままに、弱点を突く事で穴を埋めるという状況判断と決断力は流石だ。

 私も以前、ユズツーでの戦闘時に、粉塵爆発のコンボで一気に追い込まれた事があった。


 老人は切断攻撃で、避けきれない弾丸を切り飛ばしていた。


 キリンちゃんはいつの間にか距離を詰めており、地面から10tトラックサイズの石柱を切り出して、尾の先端に取り付けて、棍棒のようになぎ払い攻撃を仕掛けた。


 老人が石柱を切り飛ばしても、質量が大き過ぎる為、全てを取り去る事は出来ない。加えて、3本の尾がローテーションで石柱を新しい物に取り替えているので、老人には石柱や弾丸が徐々に当たりだし、ダメージが蓄積されていく。


「出し惜しみはいけねぇわな!」


 老人の力強い言葉と共に、周囲3mにある物体が細切れに解体される。

 老人の両の手のひらには黒い穴が開き、周囲は結界のように何者の侵入も許さない。


 切断の正体も転移術の派生だと、タコちゃんは解き明かしていた。

 薄い紙のような門を作り出し、触れた部分だけを何処かに転移させている。転移で消失した部分が切断のように見えているそうだ。

 切断転移は、対象の質量に関係無く転移が動作するが、一度に展開する面積に限りがある。その為、キリンちゃんと狩人達の絶え間ない質量攻撃に、ジリ貧となっていたのだ。


 今、老人は限界まで切断転移を集中させ、無敵の結界を構築している。タコちゃんによると、ヒト1人が使用できる術力を完全に越えるコストなのだそうだ。

 例の黒い穴から、無限の術力が供給されている。神兵の頭の穴と酷似している。


 キリンちゃん達は特に動かない。いや、動く必要がないのだ。


 老人はいきなり意識を失い、その場へと倒れる。即座にキリンちゃんの尾が分離し、老人を飲み込み、棺のような形状になって沈黙した。


 私には丸分かりだが、キリンちゃんは周囲を密かに密室にし、内部の酸素量を減らしたのだ。

 私がユズツーでシキの意識を奪った手法と同じだ。


 老人は結界によって侵入していい物と悪いものを分けていた。呼吸する以上は、空気の侵入は許していた。

 そこにキリンちゃんは気付き、空気を武器にして老人を攻撃したのだ。


 今見てみれば、弾や石柱の残骸の配置、飛び散った黒鎧の破片による目張りなど、空気で倒す事は予め想定していたようだ。


 キリンという獣は群れを率いて本来の姿になるのだと言う、狩人達の間で語られる英雄譚は真実だった。


 ―


「どうです? 僕の言った通りになったでしょう?」


 狩猟元帥はドヤ顔で私には話掛けてくる。確かにキリンちゃんの闘いぶりには感服したが、この優男にドヤられるのは、無性に腹がたつ。


「想定通りでヨカッタデスネ。そんな事より侵入者の正体は分かったんですか? うっかり1人倒しちゃて良かったんですかねー」


「オルデンはまだ分かりませんが、老人は恐らく覚者ですね。僕も本物を見た事はありませんが、過去の文献と特徴が一致します。恐らく間違い無いでしょう」


 覚者、また知らない単語が出てきた。


 神人しんじん、天人、創造神はおとぎ話レベルで聞いた事があったが、覚者は全く聞いた事が無い。

 知らない地域の伝承や歴史、文化に根ざした情報が出た場合、私はお手上げなのだ。


「アー、カクジャネー」


 私の反応に狩猟元帥のドヤ顔レベルが10アップした。















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