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武刻脱出8

 外界深部へ向かう為、狩猟元帥が用意した巨大な黒いイカ型の術具に乗っている。


 以前にユズツーを使って戦闘した際に見た巨大兵器と同じ物のようだ。十本足という名前らしい。


 胴体部に制御用の機構を集中させ、足は自由に形状が変化する子機という構造だ。

 今は足数本を結合させて、飛行艇の客室のような構造を作り、その中に私と狩猟元帥は乗っている。


 狩猟元帥が操縦するような動作をしていない事から、移動は自動化されているようだ。

 私と向かい合わせに座り、にこやかな表情を崩すことは無い。


 タニア、リュー君、ブラドは森城に残ってもらった。狩猟元帥は、これから先に進む場所を濫りに広めたくないようなので、私とタコちゃんの2人だけ、付いて行く事にした。


「そういえば、あなたとは別の竜越者はご紹介頂けないのですか?」


 竜越者とは狩人が使う獲物の名前だ。最上の獲物を竜と定めている狩人が、あり得ない存在を表す為に用いるのが、竜越者という名だ。

 私とタコちゃんは竜越者認定されている。


「紹介することは難しいけど、この中に居るよ」


 数時間話をしただけだが、私の仮面丁寧語はいつの間にか剥がれていた。狩猟元帥は相手の懐に入り込み易い雰囲気を持っている。


 十本足の内部はあまり天井が高くないので、タコちゃんは大福のような形になって客室の隅に居る。何か狩猟元帥と話したいことは無いのかと目配せしたが、大きな瞳を一度瞬きさせただけで、特に用事は無い旨の合図が返ってきた。


「既にご存知だとは思いますが、十本足を使って僕達の居る内部の情報を調べ続けています。 もう1人の方を発見出来ないのは、単純に僕の技能が足りていないという事ですね」


「足りないというよりは、探す方向が違うんじゃないかな。まあ、私達を調べても大した事は分からないと思うけどね」


 私とタコちゃんは、今のところ外界、文明界を通して、類似す存在がない。つまり尺度の無い事象なので、既存の方法では解析出来ないのだ。


「正におっしゃる通りですよ。何も分からないという事がよくわかります。ただ、興味という点では尽きる事はなさそうですね。折角ですし、僕達が調べたあなた達の事を確認させてもらっても良いですか?」


「どうぞ」


 私が返事をすると、テーブル状に床が盛り上がり、その上に見たことのある物が置かれた。


「これは僕達にとって、竜越者が現れた証です」


 テーブルの上には、金色の筋が無数に入った巨大な鱗、黒い炭のような塊、少し紫がかった金属塊が並べられており、全て私の歯型が入っている。


「猟獣痕かな? 同じ奴のみたいだけど」


 猟獣痕は狩人が獲物を識別する為に、特徴を記録したモノだ。文書だったり体の一部だったりと、形式は様々だ。

 明らかに私のモノである猟獣痕に対して、すっとぼけてみた。


「牙痕の残っている素材は、端から黄金竜の鱗、圧縮された炭の結晶、不壊鋼です。硬度も言った順で、不壊鋼が最も柔らかいんです。これらから術による破壊の跡が見当たらない事から、単純な咬合力によって変形している事が分かりました」


 どうやら狩猟元帥も、私の猿芝居に乗ってくれたようだ。


「それはご立派な顎を持った獲物ですねー」


「黄金竜の鱗に歯型を付けるならば、竜のような鋼筋を持っていたとして、あなたの顎の100倍の大きさが必要ですよ。僕はこの歯型が見つかった時点で姿形を予想する事を諦めました。僕の知らない理屈で出来ているのが竜越者だと理解しました」


 歯型から獲物の姿形や特徴を見抜く事は狩人の仕事だ。私に対しても良く調べてある。


「姿が分からないのであれば、竜越者を探す事は出来ないのでは?」


「姿は分からなくとも、竜越者が向かった先は分かりました。追わない事を約束したので、直接追跡する事はしませんでしたが、既に持っていた情報の網は最大限使いました。網には直ぐにかかりましたよ。何故なら竜越者は正体を隠すつもりは無いですからね」


「世界最強の武国から逃げないなんて、竜越者は無謀だね」


「竜越者は逃げる必要がないですから。逃げるどころか冒険者になって仕事を始める始末ですよ。ヤクトでは引退した上級冒険者が復帰したり、欲国中枢からの依頼があったりと、目立った情報ばかりでした。欲国の中部山中で、未知の高術力反応が計測された時点で、竜越者が欲国に居る事を確信しました」


 狩猟元帥の情報網の広さは普通では無い。追跡者無しで私の軌跡をほぼ正解に把握している。


「それで、直接竜越者を調べた感想は?」


「底の無い世界の欠落、それが僕の印象です。あなたの形で世界に穴が空いています。何も計測する事が出来ない、しかし、姿は確かに存在している、無理解の塊です。ただし、こうして話が出来る事は幸運でした。理解し合え無い存在だと分かれば、僕達は地の果てまで逃げ出していたでしょう」


 狩猟元帥の考えは良く理解出来る。私ならば竜越者に接触しようとは思わない。


「あなたが私に望む事は何かな? 和平だけでは無いよね?」


「確かに、僕にはあなたにお願いしたい事があります。ですが、この要求をあなたに伝える前に説明しなければならない事がありますので、先にそちらを聞いて頂けますか?」


「要求に応えるかは分からないけど、聞くだけならいいよ。興味もあるしね」


 私は狩猟元帥の根源にある恐怖の正体が気になっている。恐怖に支配された人が、これ程前を向いていられる理由が知りたい。


「武国国内の戦力は四元帥が各一割程を持ち、残りの六割は武王が持っています。つまり武王の戦力は圧倒的であり、誰も打倒する事は出来ません。僕達、狩猟元帥領の者は、遠くない未来、その武王によって滅ぼされます」


「滅ぼされる理由は一旦置いておくとして、領内だけでは無く、外界にある戦力を集めれば、武王に打倒される事は無いのでは?」


 狩猟元帥は外界に森城を多数作り、領内以外で戦力を持っている。十本足のような兵器が量産されれば、武王の群勢に対抗できそうだ。


「武王には正体不明の未来予知能力があり、全ての抵抗が意味を成しません。そこで、戦争で勝利する以外の解決法として、僕達が武国から脱出し、領地をお返しするという策を考えました」


「逃げる先はここ外界という訳だね? 確かにそんな準備がされている気配があるね」


「あなたは大抵の事は見透かすので、隠し事はしません。武王の予知は外界には及ばないという弱点があります。その辺りも考えて、逃げる先は外界にしました」


 先程タニアと話した内容が狩猟元帥の口からも聞けた。今の計画を聞く限りでは、私が必要となる要素は何も無い。


「そこまで計画していれば十分なのでは?」


「ただ逃げるだけならば、今の計画で十分です。しかし僕達の目的は外界に永住する事です。だからこそ、外界の生物を自在に操るあなたの術の仕組みが知りたいのです」


 狩猟元帥は、かなり未来の事まで考えている。確かに強靭な狩人しか外界で生き残れない。全ての領民の事を考慮すれば、私の獣避けは有効だ。

 問題は獣避けが術では無く、ただの声真似だという事だ。伝播伝承が困難な要素ではある。


「なるほど、やりたい事はわかったよ。協力しても別にいいとも思えるね」


 私の言葉に狩猟元帥の恐怖が少し変化する


「こうして重要な事を許容して貰って言う事では無いかもしれませんが。あなたの精神は異常だ。あなた程の力を得ているのであれば、精神は個に向けて完成されているはずだ。大人が子供より大きな力を持つのは、精神がより完成されているからです。ただ、完成の過程で子供の頃にあった多くを失っている。あなたの領域まで完成されたのならば、相当の何かを失っているはずだ。しかし、あなたは何も失っていないように見える。だからあなたの精神は異常なのだと思えます」


 狩猟元帥の恐怖の原因が少し見えたような気がした。


 いつのまにか外の景色は止まっており、大きな樹木の上に居た。


「……」


「さっきの言葉は忘れてください。獣を避ける術を教えて頂ける事を心待ちにしています」


 私の言葉を遮るように狩猟元帥は、いつもの調子に続けた。


 顔はいつもの笑顔のままだ。



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