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武刻脱出3

 この辺りで一般的な創生神話では、必ず参人がヒトの始まりとなっている。


 世界は始め混沌という何でも無い存在であった。ある時、混沌の中に命脈という流れが生まれ、それに沿って大地と空が生まれた。

 大地には火と水が宿り、火は大地を尖らせ山を創り、水は大地を抉って海を作った。火も水も宿らなかった大地は空の恵みを受けて森となった。

 山、海、森から始まりの人が生まれ、それぞれ、ヤマビト、ウミビト、モリビトと名乗った。


 始まりの人である三の種族は参人と呼ばれ、世界で最も長い歴史を持っている。


 モリビトは世界で最も古い国である法国を創り、今も世界と関わっている。ヤマビトはかつて国を持っていたが、今は世界に散り散りとなり、細々と暮らしている。ウミビトは一貫して世界との関係を断ち、海の深い場所にあるとだけ伝わっている。


 ドリスは、冒険者組合に深く関わっている珍しいタイプのヤマビトだ。高位の冒険者であり、組合員としても長いようだ。


「ドリス姐さん、組合側から国に関わるのはまずいよ」


「なんの問題もないわ。シュラの坊主に昔の借りを返して貰おうってだけじゃ」


 冒険者組合は基本的に依頼を元に行動する。当然、相反する勢力から同じ依頼が重なる事もあるため、公平な立場となるように、特定の国、思想、宗教に肩入れしない事になっている。


「冒険者組合に来られても困るんやけどな。うちらは狩人の掟にしか従わんで」


 黒い甚平のような短い着物に金色の帯を締めた鬼娘がスタスタと歩いて、シキの前に立つ。


「25番猟証の肩代わりしたのは儂じゃ。今すぐ返しに来いとは言わんから、使いの者に渡して貰おうかの」


 今の狩猟元帥領が出来る前から、狩人という職業は存在していた。猟証とは獲物を狩る権利であり、狩人が最も重んじている決め事だ。


「ヤマビトは長命やて聞くけど、随分昔の話を持ってきたな。猟証の話をするんやったら割符はあるんか?」


 シキの言葉を受けるとドリスは小さな木片を投げた。


「ほれ、ものはあるぞ。シュラの坊主の下手な文字で書いてあるじゃろ?」


 シキは木片の文字を確認すると、少し眉を動かして呆れの感情を出した。


「確かに、これはお屋形様の猟証や。25番ていつの時代の割符やねん」


「姐さん、まさかあたしらが、あれの褒賞を貰ってくるのか?狩猟元帥から?」


「そうじゃ。有望な冒険者を厄介事で失いたくはないからの。シュラの坊主も、猟証の貸し借りで妙な気は起こさんじゃろ」


 ドリスと狩猟元帥は、浅からぬ縁があるようだ。


 ヤマビトは知恵者が多いと聞く。長命種である事を生かして、知識の網を広げる者が殆どだそうだ。


 あの天才的な情報戦の猛者である狩猟元帥ですらドリスの網にかかっている。私としても、ヤマビトの網にはかかりたくないものだ。


「では、武国に入るのは私、タニア、リュー君、ブラドの4人でお願いするね」


「ちょっと待てや!なんでブラドが入ってくんねん! あんなもん武国に入れたらあかん奴の代表やろが!」


「そうは言っても、私に付いてくるから仕方なくない? なんか不都合があるならそっちで処理してね。まあ、軍隊でも持ってこないと止まらないんじゃないかな」


 シキは頭を抱えている。確かにブラドに侵入されるという事は、軍隊に攻め込まれようなものだ。国防の観点から言えば、最も見過ごせない行為だ。


「ああ〜もう、勝手にしてや。うちの目的は竜越者をお屋形の元に連れて行くことや。ユズカが来るんやったら大概のことは飲む!」


 シキは妥協したような雰囲気だが、微かに嘘の匂いがする。恐らくはブラドの入国込みで予定通りなのだろう。


 私はその嘘に触れる事なく、その場を流した。


 ―


「ユズさんは町の暮らしって平気ですか?」


 リュー君から質問を受けて今の状況を何となく察した。


 シキとの話合いが終わった後、タニアからリュー君の事で相談を受けた。

 リュー君が冒険者としてヤクトに暮らすようになってから、少し様子が変わったというのだ。


 リュー君は冒険者組合の二階にある部屋を借りて、タニアとコンビという形式で冒険者業をしている。

 あのドリスというヤマビトもリュー君の冒険者適切には期待しており、何かと指導したりしている。


 一見すると、駆け出しの冒険者としては破格の待遇を受けている。

 その辺りはタニアも理解していて、冒険者業には問題無いという認識なのだが、町に暮らすという行為がリュー君にストレスを感じさせているのだそうだ。


 リュー君は自己を破壊するような業を背負っている。しかもその業は他者によって植え付けられたもので、自身で克服出来ないようになっている。


 リュー君の業を取り除く事は出来ない。なので、私はタコちゃんとタニアに協力してもらい、リュー君が業に押し潰されないように当人を強くするという処置をした。


 私の施した処置が、リュー君に新たな苦悩を与えている事は明白だ。

 リュー君には常人では持ち得ない探知能力がある。これは生物が生存する為の能力としては優秀だが、社会的な群で暮らすには害を及ぼす。


 リュー君の探知能力は探知領域を細い糸状にして広域に広げ、糸からの情報を包括的に理解する事で、周囲の人間の細かな情報を拾う。

 話している内容、目線、体調と相手に密着しないと得られない情報を遠隔で収集出来る。おまけに探知領域が糸状でごく小さい為、相手に逆探知される事もまず無い。


 そうして知る町の人々の情報がリュー君を苦しめているのは間違い無い。


 私は今の状況を把握した上で言葉を選んだ。


「町の暮らしは良くもあるし悪くもあるね。私達も含めてだけど、人は身勝手だよ。それを知ることは決して楽しい事では無いね」


「人には何故、醜い欲があるのでしょうか?」


 リュー君は少し震えながら言葉を放った。多くの人に向けられた言葉だが、確実に自分自身にも刺さっていた。


「欲は誰にでもあるよ。私にもある。そこに美醜を感じるなら、それは理解出来るかどうかじゃないかな?」


「僕はあの欲で汚れた場所から解放され、ユズさん、タコさん、タニアさんと出会って、外の世界は欲の無い清浄な場所だと思いました。でも町の人々はそうではありませんでした。あの場所で僕を見ていた目と同じ目が、町の中にも満ちているんです…」


 リュー君は控え目に見ても魅力的な容姿だ。さらに周囲を魅了するように長い間、教育され続けた。

 そんなリュー君を周りの人々は簡単に見過ごす事は出来ないだろう。


「それはリュー君に皆んな魅了されているね。リュー君は好意の目で見られる事が嫌いかな?」


「わかりません…ただ、昔を思い出して、また同じように狂ってしまんじゃないかと思うと、恐ろしくて仕方がありません」


 リュー君には同世代が一般的に経験する普通が不足している。これから先、普通が続くようにするのが、命を助けた者である私の役目だ。


「よし、リュー君が助けを欲したなら、必ず私が助けてあげよう。リュー君の胸にはタコちゃんが入っているのだから、いついかなる時でも私に伝わるよ」


 リュー君が少し涙ぐんでしまう。私は他者をスマートに助けるという事が苦手だ。どうにもいらぬ感情を刺激してしまう。


「………あの、お願い…します」


 リュー君は色々な感情が爆発しそうになるのを必死に耐えている。感情をコントロールすることも過去の悲しい性から来ている。


「それじゃ、リュー君の冒険者活動の話でも聞かせて貰おうかな? どれだけ出来るようになったか、興味あるんだよね」


 私の急な話題変更にリュー君は笑顔を作ってみせた。こんな笑顔が自然に出てくるようにしてあげたいものだ。


「はい、ユズさん。僕、黄色の冒険者に上がったんですよ」


 私はリュー君の冒険譚を夜が更けるまで聞いていた。


 ―――


 朝が来るまでに、私は武国までの足を用意していた。


 新月国で無料同然で買った飛行艇の客室部を密かに持ち帰っていたのだ。

 何気に補修、改造から内装まで手を入れているので、少し愛着が出てきている。


 多人数をまとめて高速かつ安全に運ぶには最適な手段なので、シキに提案してみた。

 一回は却下を食らうかと思っていたが、あっさりOKが出た。

 シキは昨日の話し合いの後、高級娼館で朝まで無双して、すっきりしたのが良かったようだ。


 ブラドにも事情を説明して、飛行艇に乗るように勧めた。いつものように一回噛み付くことはあったが、今回は割りかし素直に承諾した。


 積荷に関しては私が吟味して、予定期間で必要ものはあらかた用意した。

 この旅の準備というやつは中々楽しいものなのだ。新月国でやってから、すっかりハマってしまった。


 飛行艇の重量制御及び遮蔽は、今回もタコちゃんにお願いした。

 ほぼ重量の無い機体になるので、最大速度を出せば目的地まで1日もあれば到達出来る。


 搭乗者達の準備を待ってから、私の操る飛行艇はあっさりと発進した。


 かつて通った荒野の上を、私の飛行艇が滑るように進む。

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