武刻脱出1
私に帰る場所はあるのだろうか。
それが帰りたい場所なのか、帰ってもいい場所なのか、自分でも良く分かっていない。
自問自答するしかない長い時間の中でも、答えが出ることはなかった。
答えは出ないが、私はヤクトへと帰ってきた。
物理的な距離が私の障壁となる事は少ない。
新月国のベリルと欲国のヤクトを移動する場合、通常であれば1週間の時間を要する。
私がヤクトを出てから色々あったが、まだ、1週間も経っていない。
一般的な旅人ならば、今頃はベリルを目指して、水晶海を渡っているところだろう。
ヤクトに戻ってきた理由は、リュー君とタニアが居るからだ。
新月国には急ぎ向かう必要があったので、リュー君の事をタニアに任せていた。
私は用事が終わったらリュー君を引き取ると約束している。
タニアからは冒険者組合の酒場で給仕の手伝いをするように言われているが、武国に行く用事が出来てしまったので、また、こってりと叱られるだろう。
そんな予想をしながら戻った私に、一番怒っていたのは意外な人物だった。
――
私達は危険地帯にある住処でアニメを見ている。
どうしてこうなったのか。事の発端はリュー君だ。
リュー君には独力でも生きられるように、私の提案した生命樹の育成をしてもらった。
結果として私の統合知覚の劣化版のような能力を獲得している。
リュー君はタニアと町で暮らしていたので、その能力は情報収集という形で作用した。
身近にいるタニアは上級の冒険者であり、冒険者組合の職員でもあった。
取り扱う情報も高度なものが多く、その中には武国と新月国の情勢も含まれていた。
ヤクト市民には武国からの進行があるかもという危機感があるので、高度な情報を扱う者達の間では、戦況の情勢で溢れていた。
そんな中でタニアは私が新月国に行っている事を知っており、戦況から戦争の妨害をしていると気付いた。
結果としてヤクトを含めた欲国西部は戦争に巻き込まれる事は無くなり、それがリュー君やタニアを案じた策であった事もバレてしまった。
リュー君は私に恩義を感じており、どうにか報いたいと思っているようだ。そこに私から何の説明もなく追加の恩を重ねられたので、負担と焦りを感じたようだ。
私もタコちゃんに対して似たような状況なので、気持ちが分からない訳ではない。
私が帰ってからのリュー君は、顔こそ笑っているが、怒りに似た焦りの感情が渦巻いていた。
そんな中、タニアが燃料を投下してしまう。
武国行きの話をすると何かで埋め合わせするように言ってきたのだ。
以前にアズルスの居城に侵入した際、時間潰しに見せたアニメが気に入ったようで、また見せろという事だった。
特にどうでも良い会話だったので、私も警戒していなかったが、この話をリュー君に聞かれてしまった。
知らない何かについて話をする私とタニアに気付いたリュー君の感情が爆発したのだ。
また、自分の知らないところで何かが進むのではと勘違いしたリュー君は、自分にも見せるように言って引こうとしなかった。
アニメの内容は言ってしまえば、子供が酷い目にあう話だ。リュー君に見せるには気が引ける。
やんわり断るつもりでいたが、リュー君は見るの一点張りだ。
リュー君の頑固な一面を見たが、私は人が生きる為に必要な要素だと思った。
流されて生きても良いが、流れが無くなったとき、拘りがなければ迷ってしまう。
別に変な事に拘っているわけでも無い。ようは義気から出た拘りだ。
そんな感じでワチャワチャした結果、アニメ(アリスまじかる)全12話の視聴が始まったのだった。
私とタコちゃんが協力する事で、私が記憶している映像や音声を、鉱物媒体で完全再現出来る。
私の記憶を思い出す能力はかなり精度が高いので、過去に観た映像作品であれば細部まで再現可能だ。
視聴者はリュー君、タニア、ブラドだ。
タニアは強者を測る能力があるので、ブラドに警戒していたが、早々に無害と判断したようだ。
リュー君とブラドは何故か意気投合している。ブラドの目的が私の強さを解き明かす事だと知ると、リュー君は不思議と同調していた。ブラドもリュー君の探知能力に興味があるようで、特に揉め事も無く普通に受け入れられている。
「ユズさん、この物語は始めと終わりに歌が入るのは何故なんですか?」
視聴後の感想それなのとツッコミそうになったが、確かに知らない人からすると良く分からない表現ではある。
「この物語は週に一回、一話ずつ公開されるんだよ。だから一週間見た者の心に残って、次も見てもらえるように、物語の主題を歌で伝えるんだ。音楽や歌は物語から離れたとき、その物語を一番身近に感じる事が出来るからね」
「続けて見たのでよくわからなかったけど、確かに離れると歌の印象が強いですね」
どうやらリュー君の機嫌は直ったようだ。まさかこんなところでアリまじが役に立つとは思わなかった。
「これ二回見て思ったけど、やっぱり続きの話あるよな?」
「あ、それ、僕も思いました。最後に世界が変わっても変わらないものがあるんだから、アリスさんの救済もありますよね」
流石、神アニメのアリまじだ。こんなところでも難民を作っている。
タニア、リュー君の読みはある意味正しい。確かに賛否の別れた劇場版が存在する。
その思い切った内容故に、テレビ版最終回遵守派とアリス救済派でネットが荒れに荒れた。
「あぁ!この話はここで終わりだろ。これは実話が元になってんだろ?ならこの話はここまでだ。時間を戻したんなら虚術使ってんだろ?なら先はねぇよ」
ここに来てブラドが新説をぶち込んできた。何、こっちの人だとアリまじの話実話になっちゃうの? 虚術ってなんだよ、というツッコミを飲み込んだ。
しかし、この人達、以外とアニメを真面目に見ている。
アリまじは可愛い見た目のアニメではあるが、内容はシリアスで残酷だ。
一話からこれでしか解決する事が出来ないという答えをちらつかせて、それに気づいた者も気付かない者も楽しめるという良作だ。
良いと思うものを勧めて、同じように良く思ってくれる人を見ると、昔を思い出してしまう。
狭い世界ではあったが、私にはかけがえのないものだった。
「続きがあるかどうかは想像にまかせるけど、今日の上映会はこれでお終いだよ。さ、みんな転移門でヤクトに帰ってね」
既に夜も更けており、辺りからは何の音もしない。
「俺は町に用事はねぇ。残らせてもらうぜ」
「町に居ないと私を見失うよ。どうせ朝にはヤクトに行くんだから先に行きなよ。それに、ブラドが行かないと皆んな帰んないからね」
「無駄に意地張っても意味ねぇってか? けっ、見透かされてんのは気にいらねぇが行ってやるよ。その代わり俺が居ないとこで派手な事すんなよ」
そう言ってブラドは転移門に消えた。リュー君とタニアも軽く手だけ振って帰っていった。
私は転移門を通ることが出来ない。大きな存在を転移させるには、それだけ大きな門が必要となる。
私が通ることの出来る門をタコちゃんが作ることは出来無いのだ。
「タコちゃん、さっきブラドが言っていた虚術って何? 時間の操作が出来る術ってこと?」
転移門の方を見ていたタコちゃんがこちらへと振り返る。
大きな単眼が私をとらえており、始めて出会ったときのように、星型に景色を切り取って、大きな影を落としている。
「虚術を使えば時間操作も可能となるという事だ。虚術は生命樹の枝がない部分を使用して、世の理を操作する。理論上、認識出来る全ての理に干渉する事が出来ると言われているが、その代償として使用者の存在を全く別のモノに変えてしまうと言われている」
タコちゃんにしては珍しくはっきりしない答えだ。
「理論の話という事は、タコちゃんは使用出来ないということ?」
「我々が虚術を扱うことは無い。古いモリビトやヤマビトが使用したという記録が残っているようだが、肝心の虚術の中身は何処にも残っていない」
「自らの存在を消してまで叶えたい何かってあるんだね」
虚術には何かある。ブラドは特に気にする事無く虚術の名前を出したが、タコちゃんから聞く虚術には何か嫌なモノを感じる。
「ユズ、虚術では何も叶わない。ただ、世界に喪失がもたらされるだけだ」
「世界は個人がどうこう出来るほど、甘くないよね。私は私に出来る事をやるよ。さ、ヤクトに帰ろ」
タコちゃんは気球のような形になり、私を球の中心に取り込む。
いつもの移動形態になり、何者にも認識される事無く夜の闇の中を進む。
先にヤクトに帰った皆んなの存在は認識している。私にとってはココにいてもヤクトにいても認識は同じなのだ。
数分でヤクトの明かりが見えて来た。とくに変わり映えのしない交易都市ではあるが、あそこは私が帰ってもいい場所なのかもしれない。
ヤクトが近づくにつれて、私の知覚範囲は北に進んで行く。
ヤクトの北には武国まで続く緑石の街道がある。
武国からの人や物は北から入る。
しかし、ヤクトに西から近づく人を認識した。
私が武国から移動して来たルートと殆ど同じ道のりを進んで来ているように感じる。
迫る人物を私は良く知っている。
白毛のオビトでムチムチしたフォルムが特徴的なシキだ。




