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月禍脱出14

 人1人がなんとか立ち上がれる程度の狭い岩窟の中で、ブラドは冷静に迫る大群を処理していた。


 頭の無い亀のような物体は根の切断面から産まれ続けており、地面、壁、天井を関係無く迫ってくる。


 異物を排除する為の抗体のようなものなのだろう。異物に接触し自爆する事で私達を破壊するようだ。


 ブラドは無頭亀が一定の距離に入ると、素手で破壊している。

 一定のリズムで繰り出される打撃や蹴りは、対象を抉り、刃物の様に切断する。


 無頭亀は生物に近い構造をしており、動作を司る部位がある。ブラドは急所を的確に破壊して、動きを止めている。


 拳闘元帥と呼ばれていただけの事はあり、素手による攻撃力で一軍に勝るのではないかとさえ思う。

 状況判断も正確で、無頭亀の行動原理を把握しているようだ。


 無頭亀を含めこの岩塊の中枢は異物を空気の流れで認識している。

 岩塊周囲の空気の流れに異常があった場合、異常を取り除く為に、除去機能が動作する。

 表面に付いた異物は表面ごと分離し、内部に入り込んだ異物は無頭亀の自爆で破壊するのだ。


 空気の流れで異物を認識しているのであれば、それを利用して認識を狂わせる事が出来る。

 ブラドは打撃による衝撃波や体の移動で、自身の位置を正しく認識されないように行動しており、無頭亀の誤爆を誘導している。


 私には統合知覚があり、範囲内にある術理以外の事象を正確に把握しているので、無頭亀の行動原理は直ぐに理解出来た。

 しかし、ブラドには統合知覚が無い。彼が対象の特性を把握する為に用いている術は、私が今まで出会った術者が誰も使用しないものであり、精度も圧倒的に高い。


 無頭亀の残骸が狭い岩窟の半分まで積み上がっても、迫る大群に衰えは無い。

 私は無頭亀の卵が中枢付近の瘤に貯められている事を知っているので、この大群が有限だと理解している。


 一方ブラドは全体像を把握はしていので、終わりの見えない闘いに身を投じている。

 そんな中でも動きに乱れは無く、効率化と安定化の兆しすらある。

 ブラドは長期戦になってもいいように、消耗を抑えており、一対多の闘いに慣れていることがわかる。


「このでかい石ころを沈める気になったら言えよ。逃げながらこいつらヤんのはきちぃからよ」


 既に喋りながら処るほどに効率化が進んでいる。


「調べものが終わったら落とすよ」


 この巨大な飛行物を解析するため、タコちゃんの分体が中枢めがけて進んでいる。

 相手は完全に自動化された術具に過ぎないが、神人しんじんに関するものには慎重になってしまう。以前に因果隠匿を破られて、神兵に追われた経験が教訓になっている。


(ユズ、岩塊の核となる術具の解析が完了した。神兵の扱っていた術と基礎構造が同じだ。作られた時代は神兵より古いものだが、同じ文明によるものであることは間違いない)


 私はタコちゃんの分体を含めとして着ているので、様々な方法で情報共有が可能だ。

 タコちゃんの解析した情報が即座に伝わって来る。術に関する情報は理解出来ないが、この岩塊が作られた時代の情報は参考になる。


(タコちゃんありがと。この感じじゃ分体で中枢を制御するのは難しいね。私が止めるから、分体の退避をお願いね)


(了解した)


 岩塊の核は術力の塊が恒星のように連鎖反応しており、近づく事が出来なくなっている。

 核は根の元となる情報を持っており、大量の術力で根の複製を続けているだけなのだ。根には岩塊の構造を維持する命令と、動きを操作する命令のみがインプットされており、それぞれの根が個別に命令に従っている。


 単純ではあるがそれ故に強力で環境の変化に影響されない構造になっている。


「そろそろ落とすよ。外に出よっか」


「あの湧いてくんのはどうするんだ。お前がなんとかすんのか?」


「じゃあ、なんとかしようかな」


 私は拳大の石を持ち上げ、根に向かって投げつけた。石は根を貫通し深い穴をあける。


 狙ったのは無頭亀の卵を送り出している機構だ。石の弾丸で破壊することによって卵の排出は止まった。


 岩塊に搭載されている機能は単純だ。根の機能が破壊されても、他の根が役目を代行するので、修復機能は存在していない。


 暫くすれば別の根から無頭亀が送られてくるだろうが、私とブラドにとっては今程度の機能停止が脱出には十分な時間を生む。


 状況を察したブラドが岩窟を駆け上って行く。私も後を追い外に向かって移動する。


 外に出れば出たで、表面分離による異物除去が始まる。ブラドが地面ごと浮き上がった後、地面を叩き割って分離を回避している。


 私は落とす為に岩塊の重心にあたる位置まで移動を開始した。

 核の破壊は後回しにして、一旦地面に落とすことにしたのだ。


 空中で核を破壊すると岩塊が分割し、地上への被害が拡大するので、生き物の少ない地面にゆっくり落としてから、一撃で核を破壊する予定だ。


 岩塊を指定の位置まで運ぶ為、側面から平手で叩く。


 私と岩塊の体積差は、言うまでも無く大きい。岩塊は最長箇所で800mはある。

 しかし、重量差で言うなら私の方が重いのだ。空中で物体が衝突した場合、大きく弾き飛ばされるのは勢いが弱く重量の軽い方だ。


 岩塊は私からぐんぐん離れて行く。狙った場所はモランから少し離れた石が剥き出しの窪地だ。


 岩塊は勢いを減少させながら目的の場所へと迫る。岩塊には一定の浮力が生じているので、放っておくと再浮上してしまう。


 私は岩塊から離れ自由落下中だ。岩塊にへばり付いているブラドの無事も確認した。


 地面に着地すると同時に、岩塊の落下地点へと高速移動で向かう。


 地面を破壊しながら長い一歩で飛ぶように走り、岩塊直前で大きく飛び上がった。


 無頭亀の排出を止めた石弾の要領で、今度は私自身が弾丸となって岩塊の核に特攻するつもりだ。


 高所から勢いをつけて飛び込んだ私の拳が岩塊に触れると、岩塊自体が地面に大きくめり込む。

 岩塊表面が私の重量を含めた物理エネルギーに耐えられる訳も無く、まるでゼリーに飛び込んだように、私の体は核目掛けて沈み込んでいった。


 核周辺の岩はマグマのように赤熱化しており、巨大な熱を帯びていた。

 赤熱化した岩からは根が無数に生えており、巨大な神経細胞の集まりのようにも見えた。


 術力の連鎖反応によって赤く輝く核は、一見すると太陽のように手出しの出来ないものに見える。

 しかし、術だろうと自然現象だろうと、物体を基準に存在しているのであれば、物体が無くなれば現象は消え失せる。


 私は大きく口を開けと、核を端から食い千切った。私の口内から体に入った異物は、通常空間に無い何処かに格納される。

 どんな物体も私の異次元臓腑から逃れることは出来ないのだ。


 真っ赤に輝いていた核は、跡形も無く私の異次元臓腑に収まった。

 周辺の岩も赤熱化を止め、炭の残火のようにジンワリと暗い赤色残すのみとなった。


 岩塊の重量制御や異物除去は完全に停止し、根は白く灰のような色になっていた。


 私が核に至るまでに開けた穴を辿って外に出ると、ブラドが腕を組んで待っていた。


「まさかこのデカブツを殴って止めるとはな。おまけに根の親玉は食っちまうとは無茶苦茶だぜ」


「なにか強さの参考になった?」


「俺が真似出来ないことは分かったぜ。同じことをやるなら、別の方法を見つけねぇと無理だわ」


 ブラドと話しをしていると、岩塊の落下地点に武国の誘導部隊が接近してきた。


 落とした場所は生き物に配慮したので、この辺りは不毛の地であり、遮蔽物がほとんど無い。

 迫る誘導部隊に私達の情報を与える訳にはいかないので、早々に退散しなくてはならない。


 他国からの侵入者は厳しく取り締まるのが武国のやり方だ。見つかってしまうと、目の敵にされるので、痕跡は出来るだけ消した。

 岩塊の墜落原因を調査しても、何者かによって破壊された事は分かっても、どうやって破壊したかは不明となるだろう。


 武国への印象操作としては、まずまずの状況を作る事が出来た。


 ――


 追跡隊を撒きながら戻ってきたので、イリア達に再開する頃には、すっかり夜になっていた。


 イリア達は、武国の岩塊について、ほぼ情報を持っていなかった。

 各地で得た戦争の記録には、武国が巨大な空飛ぶ岩塊を使用したという記述は無かった。

 つまり、アレは武国の隠し球であり、トップシークレットなのだ。その為モランに居る者にすら、その情報が伝えられる事は無かった。


 モランでは全軍の撤退が実行されようとしていた。一部の監視要員を残して、主力軍は首都まで戻るようだ。


 今回の目的は戦争を始めさせないことである。武国には謎の敵対勢力の登場と、事前察知も回避ま出来ない攻撃があると認識されたであろう。


 人の歩みを止めるには、解決不能な未知を認識させる事だ。照らす事の出来ない闇は人を後退させる。モランにいた武国の兵士達は、その闇を存分に味わったのだ。

 勢い余って、モランに潜入しているイリアの部下にすら伝わったようだ。


 戦争が無いと判断したイリア達は、既に帰る準備を進めていた。

 帰りも私自作の飛行艇もどきなので、荷物の積み込みは終わっていた。


 私は帰る予定を伝える為、ヤクトのタニアに連絡していた。

 タニアにはリュー君を預けてあるので、タコちゃん分体の入った鉱石で連絡を取れるようにしてあるのだ。


「ユズカか? そういえば前に世界報にナントカって名前が出てたら教えてくれって言ってたよな? ソレ今日の世界報に出てるゾ」


 タニアから伝えられた知らせは思いもよらないものだった。



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