月禍脱出7
◇◇◆
月光国は血鬼と呪術士の国だ。
血鬼は外界からやって来る外敵だとされていた。人の姿で紛れ込み、殺し奪い、挙げ句の果てに血を飲む脅威として恐れられていた。
血鬼は外界で生存が可能なほど強い存在では無かった。文明界に居なければ滅んでしまう、そんな焦りを抱えたまま、安住の地を求めた。
呪術士は精神を操り人を意のままにする。多くの国、種族、文化から嫌われてきた。
呪術を政や戦争に使おうとする者は多かったが、呪術を受け入れた者は無かった。
呪術士は流民となり、荒野や危険地帯、果ては外界を点々として、安住の地を求めた。
国も無い荒れ果てた北の地で、血鬼と呪術士は出会った。
何かに追われる事に疲れ、血鬼に呪術が効かない事もあり、2つの流民には諍いが起きなかった。
やがて、2つの流民は共に暮らすようになり、呪術士は呪術で他国から富を得て、血鬼は呪術士を護る事で、小さな国家としての体裁を成していった。
欲国という強大な後ろ盾を得て、安定した富を得るようになってからは、安住の地を広げるため、北の大地を開墾し国土を得た。
北の大地に月光国が起こり、血鬼の月王と呪術士の光王が治める二王政の国となった。
昔からの慣例で、財政と外務は光王が、国土管理と軍事は月王が司る事となっている。
法は流民時代の取り決めがそのまま適応され、国民が血鬼と呪術士という特異性から、秘密主義は徹底された。
安定した時代が続けば、国に腐敗した部分が生じる。
呪術の生む富は人々の目を眩ませて、自ら奴隷を生産することを容認するに至り、護る為の刃であった血鬼はその矛先を失い、暗殺や戦争への加担といった闇に染まっていった。
腐敗に蓋をした歪な国は、他国からの怨嗟を貯めながら拡大し、遂に限界を迎えた。
四年前の春、突如、武国からの戦線布告があり、夏を待たずして国は6の小国に割れた。
武国の進軍は止まらず、月王の住まう王都ベリルまで一気に攻め上がった。
ベリルでは血鬼の戦士が奮戦したが、武国拳闘元帥であるヴラドが現れ戦況は一変した。
当時の激しい戦闘で、血鬼の戦士は全員命を落とし情報は残っていないが、ヴラドは古の吸血鬼であり、血鬼術が一切効かなかったとされている。
血鬼を根絶やしにする為にヴラドはベリルや近隣の町を破壊し尽くし、聖殿に逃れた血鬼だけが生き残った。
欲国による小国分断の策がハマり、武国は大義を失い法国の介入にまで発展して、戦争はあっさり終結した。
新月国の月王の命が生贄に捧げられ、欲国の思惑通りの5小国が生まれた。
新月国からは人と財と町が失われ、安住の地を守り失いたく無いと思う、一部の民だけが残った。
◆◇◇
太陽は傾き、大樹で出来た高台は優しい光に照らされている。
話が長くなるという事だったので、岩石を適当に削ってテーブルと椅子を人数用意した。
合間でお茶を出し、目の前の2人には二度器を空にした。
「それで、血鬼の昔話は以上かな?イリアちゃん」
私がやや挑発的に話すには訳がある。
話の内容には嘘偽りは無い。それは契約術が反応していない事でも証明されている。
しかし、欲国の深部に近いアズルスの持つ国家戦略級の情報を得ている私からすれば、話していない事が多数ある事も分かる。
例えば、月王は血鬼のとある一族が世襲している。血鬼に重要な事は文字通り血であり、優秀な血は遺伝で伝わり易い。
血主と呼ばれる、血鬼の取りまとめ役は多数居るようだが、その原初たる血鬼は唯1人であり、それが月王なのだ。
今ある情報を並べるだけでも、イリアが月王、いや月女王である事は明白だ。
恐らく女王の生存を外部に漏らしたく無いのだ。女王の有無で血鬼の戦力は大幅に変わる。
血鬼の戦士が1万程度おり女王が健在ならば、武国刀剣元帥の軍10万とも、正面戦闘ならば渡り合う事が可能だろう。
「言いたく無い事は言いません。話す事が出来るのは、今ので全部です」
「私としてはもうちょっと踏み込んで欲しかったけど、得るものもあったので、対価としては十分かな。では、戦争をどうやって始めさせないか説明しようかな」
石のテーブルからお茶の道具を片付け、武国軍が駐留する都市モランの模型を出現させた。
テーブルにはタコちゃんの分体を予め仕込んでもらっていたので、岩モニターの立体版として、私の意のままに形状を変化させる事が出来る。
「これはモラン! こんなに正確な都市の姿をいったいどこから…」
「その言動から察するに、イリアちゃんの斥候はモランに入っているみたいだね。やるね。ちなみに斥候の人が今いる場所はここかな?」
私は模型の中の小さな倉庫を赤色に変えて強調した。
「………」
イリアは黙って頷いた。あまりに正確な情報が、いきなり出てきたので、動揺しているようだ。
「さて、私はモランの正確な情報を持ちつつ、この都市内に居る人全てに干渉出来るんだよね。もちろん、戦争させない事が目的なので、命に至るような事はしないよ。軍が機能しなくなるように干渉して、軽く脅しを掛けるだけだよ」
「理解はしたわ。あなたには国家で挑んでも無駄という事ね。でも、敵わないと分かっていても、止まらない者もいる。それはどうするの?」
イリアはモランに間者を忍ばせるぐらい頭が回るので、相手の性質を正確に理解している。
組織である刀剣元帥軍は、私の脅しで機能不全を起こすだろう。しかし、組織では無い個の集まりである拳闘元帥軍は、恐らく止まらない。
「組織がある軍からは、重要な官職にある者を行動不能にする」
私は模型内の重要人物の居る場所を赤く着色する。
6軍全てを機能不全にする為に干渉しなくてはならない人物の数は324名。たったこれだけの人員が6万の軍勢を有機的に動かしている。
この324名の中に刀剣元帥は恐らく居ない。後ろに控えている4軍の方に居るのだろう。中々、用心深い人物だ。
「組織の無い軍には、私との戦闘で満足してもらう。この人達は、強者と闘う事が目的なのだから、要望通り最強が相手をすれば問題無いでしょ?」
次に模型内で拳闘元帥軍所属であり、高い水準の戦闘力を持つ人物の居場所を青で着色する。
基準はタニアの戦闘能力とした。3万人いる中でタニアと同等かそれ以上の使い手は312名だった。
タニアは結構強い部類に入るのだ。冒険者としてかなり上位らしいし、前に複数の暗殺者をあっさり倒していたので、納得感はある。
312名には、私との戦闘体験会に参加してもらわなくてはならないので、今のモランを難なく抜け出せる実力があるという点も、選考基準とした。
「こんな、大掛かりな事が3日で終わるの?」
「刀剣元帥軍は明日の朝に止まるよ。拳闘元帥軍は明日の夕方にかたがつくかな」
実は2つの仕掛けは、ただのデモンストレーションなのだ。
真の目的は、モランを前線基地として使用出来なくする事だ。それは、タコちゃんの触手の檻が完成した時点で完了している。
モランが使用出来なくなれば、武国は別の前線基地を用意しなくてはならない。そんな大事業は一朝一夕で完成しない。
そうなれば、武国は東に向けた進行をしばらく止めるだろう。
私はその程度の停滞を目指している。戦争を根絶するつもりなどないのだ。
「あなたが何の為にこんな大掛かりな事をするのか、さっぱりわからないけど、あなたが言っている事が全て実現してしまう事は分かる」
「では、私の手番かな。私の要求は、新月国の料理が食べたいかな。対価は料理に使う食材を提供するってのでどうかな?」
「は?何その要求。なんでこんな時にそんなどうでもいい事を望むの?」
「どうでもいい事なら受けてよ」
「まあ、いいけど、わたし料理出来ないからリズにしてもらうよ? リズはいい?」
「わたしは問題ございません」
「では、料理お願いね。食材はいっぱい買ってきたから、好きなの使ってね」
私は食材を置いてある飛行艇へ2人を案内した。実は密かに狙っていたもう一つの目的である、いい感じの場所でキャンプ的な事をしたいという欲求を叶えるために。
―
メイドの料理スキルはかなりのもので、1mくらいある魚の塩漬けをザクザク捌いて、野菜と一緒にした鍋的な料理を、あっという間に作った。
むしろ、私が調理器具を作成する方に時間がかかった。かまども、自作の物を提供したので、私はコンロの火力スイッチのような役割ばかりやっていた。
すっかり日も暮れており、寒冷地独特の夜の寒さが辺りに満ちている。
私に寒さによる影響は無いが、雰囲気出しのため、焚き火をしている。
メイド作の料理は北国仕様の温まる系なので、一緒に食べていたイリアは滝のような汗を流していた。
「げぇむの要求では無いけど、あなたの事を聞いていい?」
「答えられる範囲になるけど、それでもいいならどうぞ」
「あなたの中に見たあの場所、あなたはあそこに帰らないの? 」
私の中で帰る事を諦めたのは、割と早い段階だった。
「帰らないのでは無く、帰れ無いが正しいね。私には行くという選択肢しかないんだよ」
イリアは静かに私の話を聞いている。恐らく故郷と仲間を守る為、私という存在への理解に思考を傾けている。
そんなイリアだからこそ、私の中身を覗いたからこそ至る理解の一端がある。
「あなたはどう考えても破壊神だ。予言はやはり真実になるかもしれない」
破壊神。伝承上の存在であり、名前として残っているものは、外界の深部にある無の領域、破壊神の舌ぐらいだ。
私がこの世界に来たあの森を内包していた場所でもある。
私と破壊神には関連性がある。そして予言という、不可解な言葉が引っかかる。
私が破壊神ならば、それを予言した者がいる。
それは一体誰なのか。




