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月禍脱出2

 血鬼達の攻撃は私へと命中している。


 仮に私の体が元のままであった場合、私の腿から上全ては消し飛んでいる程の衝撃があった。


 リズと呼ばれたメイドに至っては私の股を蹴り上げている。

 確かに人体の急所ではあるが、そんな所まで攻めなくても良いのでは無いかと思う。


 私が唯一気にしたのは、タコちゃんの分体で出来ている服に、極力当たらないようにした。


 血鬼達も手ごたえが妙なのか動かない。


 次の瞬間、私の体に背後から巨大な衝撃が走った。

 気がついてはいたが、背後から1人猛スピードで迫っていたのだ。


 背後の血鬼は老執事風で、グレーのカイゼル髭は見事だが、頭髪はカッパのように禿げ上がっている。


「血鬼の皆さん、勝手に入って申し訳ありません。攻撃されて当然の事をしたと思いますが、一旦、拳を下げて頂けないですか?」


 私が初対面の人にしてしまう、なんちゃって丁寧語が出てしまった。

 無表情でこの喋り口調だと、高圧的な印象を持たれてしまうのだ。


「貴女は何者なのですか?私達の事を知っているようですが、ここは異国の方をお招きするような場所ではありませんよ」


 カッパ頭の執事が背後から私に話かけると同時に、向かいの血鬼達に目線で何か指示を送った。


 血鬼達は私を攻撃した事で、私という存在をある程度理解している。

 全く歯が立たない相手だと感じ、次の行動に移れないでいるのだ。


 執事の血鬼は冷静だ。次にやるべき事を考え、仲間を正気に戻すように行動している。

 恐らく、この地下にいる一団の長に当たる人物なのだろう。


 農夫風の巨漢血鬼が、後ろに飛び退くと、イリアと呼ばれた少女を抱えた。

 あの少女が血鬼達にとって、最優先する人物なのだ。王族か血鬼という仕組みの中枢か、とにかく大事なのは間違い無い。


「私の名前はユズカ、簡単に自己紹介するなら外界人です。用事が済んだら直ぐに出て行きますので、皆さんがこの場を離れる必要はありませんよ。あなた方の大事な人が最も安全なのは、この場所で間違いありません」


 イリアを担いだ巨漢は、壁の仕掛けを触り隠し通路を開くと、素早く中に潜り込み、奥へと消えてしまった。


「私達が何処へ行くかは、私達の自由です。貴女の指図は受けません」


「外に出るのは自由ですけど、狩猟元帥の斥候に発見されるのは不味くないですか? 彼等は南2kmの所まで来ていますよ。16人1組が21隊います。あの2人では逃げ切る事は不可能でしょう?」


 ベリルの包囲網は既に完成している。町への出入りは完全に監視されており、血鬼の身体能力を持ってしても、逃れる事は出来ない。


「私は貴女から逃れる事が最善の手だと考えます。それに貴女も私達を舐めない方がいい。ここは血鬼の腹の中なのですよ」


 既に決死の覚悟を感じる。命を賭けて、イリアという少女を逃すつもりなのだ。

 連れが1人だけという事は、残り98人で私を止める訳だ。血鬼は私を最大の危険と判断している。


 出会って短い時間ではあるが、私の事を正確に理解している。

 問題なのは、決死の覚悟が何の成果も生まない事だ。


 ここまで血鬼を追い詰めてしまったのは私の責任だ。なんとかしたい。


「ユズ、ここにいる血鬼の術は全て解析した」


 タコちゃんから解析完了のお知らせがある。高速会話で内容を把握し、次に打つ手に思考を巡らせる。


「貴方達の大事な人が転移術で逃れるための時間は3分必要ですね。ならば私は30秒以内にここを出ていきます。私の目的は戦争を始めさせない事です。今日はこれを伝えに来ただけですから、失礼しますね」


 私は言葉を切ると同時に、血鬼達に危険が及ばない速さで出来るだけ早く出口へと移動した。

 血鬼に追える速さではないが、出て行った事を認識出来るように配慮した。


 私は18秒で枯れ井戸の底に戻り、その後はゆっくりと町の宿へと向かった。


 血鬼は地下から町周辺にまでに及ぶ探知術を持っている。私が町にいる事は、簡単に認識している。

 今から外に要人を逃しても、危険に晒すだけになると理解するはずだ。


 ついでに狩猟元帥には退場頂く事にする。血鬼に敵が迫れば、戦争は直ぐにでも始まってしまうので、敵は出来るだけ減らす。


 近くに落ちていた拳大の石に、髪の毛で文字を彫り込むと、端を大きく齧った。


 私のサイン入り石の出来上がりだ。石を手のひらに乗せて、指のスナップだけで石を飛ばした。


 石は南の空に消え、私の想定した通りの場所に落ちた。


 ◇◇◆


「お屋形さま〜、そろそろウチ帰ってええ?」


 シキが白い耳を伏せて机の上にうなだれている。


「森城が恋しいかい? 残念だけど戦争が終わるまでは帰れないね」


 武国は新月国と戦争をするための準備を進めている。武国の戦争は経済活動に近い。誰がどれだけ利を得るか、参加する者は皆躍起になっている。

 戦争の準備をどれだけしたかで先の利益が決まる。


「ウチは諜報と関係ないのに、なんで柱城に居なあかんのですか? 諜報員の子は可愛いけど、真面目やから全然遊んでくれんし、狩も無いから暇で死にそうです」


「シキには現場の空気を見てもらう。諜報で情報は分かっても、兆しに気付く事は難しい。今回の相手は血鬼だからね。狩人の直感や嗅覚がなければ、機を見誤る事があるかもしれない」


 休暇から戻ったシキとヒスイは、戦争のために柱城に呼びよせ、キリンは深界調査のため森城へと戻した。


 竜越者の一件で武王から離反を疑われているので、武力分散のため戦争参加と深界調査を同時に命令されている。

 今回の戦争は大掛かりで、刀剣元帥と拳闘元帥が同時進行し、狩猟元帥は補佐を行う事になっている。


 旧月光国と水晶海の南部にある欲国領土に進行し、武国の領土を拡大する事が今回の戦争の目的だ。


「はぐれの血鬼は大した事ないけど、軍として組織された血鬼は、厄介そやなと思います。まあ、戦いはウチらの仕事ちゃうから気軽ですけどね」


 柱城には戦争という気配はまるで無い。諜報が今回の戦争で為すべき仕事なので、戦いに挑む熱気のようなものは起きようがない。


 そんな空気の中、木霊笛に一つの緊急連絡が入る。


「お屋形様、ヒスイです。新月国の諜報員に竜越者と思われる者から、手紙のようなモノが届きました」


「竜越者からという事は、何か印があったのかな?」


「はい、拳大の石に文字が彫られており、齧ったような跡があります。歯形から以前に黄金竜の鱗に残したものと一致しています」


「文字の内容は?」


「『戦争を始めさせない』です」


「歯形のある石は柱城に送るように、それから諜報員は全て武国内に戻すように手配をお願いします」


「了解しました。直ぐに全隊を動かします」


 竜越者は新月国に居る。しかも戦争に介入する気でいるのだ。

 竜越者が戦争を望まないのであれば、今回の進行は間違いなく失敗する。更に、竜越者と敵対する立場には絶対になってはならない。


「お屋形様、竜越者はまた武国内に入りますよ?今回はどうするつもりなんですか?」


「もちろん、竜越者に関する全ての情報を取る。シキには竜越者を直接見てもらう必要が出てきた。直ぐに前線基地のあるモランに向かってほしい」


「了解です。この世で一番退屈から縁の遠い獲物ですからね。あいつは。楽しい戦争になりそです」


 シキの向かう先に羨ましさを感じる。


 狩人からすれば最高の獲物である竜越者が、あの先に居るのだと思うと、胸が高鳴る。


 ◆◇◇


 ベリルの町はすっかり夜の闇に包まれていた。北方の国だけあって、夜は気温がかなり下がる。


 私が泊まる予定の宿には食堂がある。冒険者向けの宿には多い営業形態だ。

 北国料理は体の温まるものが基本で、寒冷地でも生育する唐辛子のような植物を使用したものが多い。


 私は外国人丸出しの見た目なので、宿屋の店主はニヤニヤしながら、赤い料理を出してきた。

 辛さに慣れていない人にとって、この国の料理は劇物に近いらしい。

 私はこの国の料理の洗礼を受けて、そのリアクションを期待されているのだ。


 一口食べて分かる事は、異次元臓腑が発動しているという事だ。

 通常の食物は私の通常臓腑に吸収されるが、異物、毒物、劇物は異次元臓腑に入る。


 これは私という基準では、食べ物と認識出来ないという事だ。

 この国の人達は、良くこれを常食しているものだと感心した。


 私は周囲の期待に応える事無く料理を完食すると、店の入り口から冷たい空気が入ってくるのを感じた。


 入り口には、血鬼のカッパ執事と暴力メイドが立っていた。


 地の底から向かって来ていた事は知っていた。


 あの後、血鬼達の話合いがあり、私に再度会うという事が決まったのだ。

 ただ、今更何を話すのかよくわからない。


 2人の血鬼は、ベリルの町では有名人のようで、道すがら色んな人に話かけられていた。間違い無く、多くの人達から信頼を集めている。


「ユズカさん、私達と少し話をして頂けませんか?」


「いいですよ。落ち着いた場所が良さそうなので、私の部屋で話をするという事で良いですか?」


 私からの問い掛けに、頭を縦に振るだけで返事をすると、2人は私の後ろを付いて部屋に入った。


 部屋には粗末な寝具と私の荷物である、葉で編んだカバンが置いてあるだけだ。


「昼間は、私達の事を気遣って頂きありがとうございます。貴女は私達に冷静になる時間を用意して下さいました。それは感謝します。ただ、同時に恐怖も置いていかれた。貴女は戦争を始めさせないという意思をたった数分で体現された。それを踏まえてお聞きしたい。貴女が私達に望むものは何ですか?その答えを聞くために私達は参りました」


 執事の言葉は理路整然としており、はっきりとした口調で語られた。


 しかし、その感情は深い絶望の淵にあった。

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