欲廻脱出22
◇◇◆
今、僕の前には木剣を構えてたタニアさんがいる。
ユズさんは僕が冒険者になりたいと言っていた事を、真剣に考えてくれていた。
ユズさんからは冒険者になる為の条件を三つ言われた。
一つ目はユズさんの出した訓練を全て終える事。これは3日前に終わった。
二つ目はヤクトまで僕一人で行く事。これは訓練の成果、特に探知術を使う事で危険な動物を避けながら2日かけて到達する事が出来た。
三つ目は冒険者組合でタニアさんに認めてもらう事だ。
僕は今、冒険者になる為の最後の条件に至っている。
タニアさんとはあまり話をする機会が無かったので、どんな人かは良く分かっていない。
ユズさんが何か大変な用事があったとき、タニアさんは助けに来てくれた人だ。
怒ったように喋るけれど、とても優しい人なんだと思う。
タニアさんに会うのは、あの夜から10日ぶりだ。
「リューンクリフ、あたしに打ち込んで来い。冒険者として闘えるか見る」
ただ剣を構えているだけなのに、体に凄まじい力を溜めている事が探知術でわかる。
僕はユズさんとの訓練の最後に、闘う手段を教えてもらった。
指弾という、小石を指で飛ばす闘術らしい。探知、身体強化、流体操作の三つしか使えない僕には最適だと、ユズさんが勧めてくれた。
確かに、探知で通した射線に身体強化で弾を撃ち出し、流体操作で変化を付けるという一連の動作には、僕の使える術が全て当てはまる。
指弾を練習はしたが、生き物に当てた事は一度も無い。まして人に向ける事など考えても見なかった。
ユズさんから指弾を習ったとき、闘いとはどうすれば良いのかも習った。
『闘いは避けるもの、逃げるもの、もし避けられなければ負けない事、相手を倒す事に意味は無く、いかに早く危険無く闘いを終えるかが最も重要』
ユズさんの言葉は、僕の想像する闘いとは全く別の事を指していた。
ただ最後に付け加えられた言葉には納得した。
『自分が本当に強い存在ならば闘いは起きない。強者は闘いを起こしてはならない。強者は弱者の為にただ在るのみ』
僕は闘い方を知らないが、ユズさんにユズのようになりたいと言った。
ならば、今、避けられない闘いを如何に早く終わらせるかを考える。
タニアさんは僕の闘い方を見ると言った。ならば、後に見る事を残さないように、僕の出来る全てを出す。
タニアさんが闘いを継続出来ないように、闘う手段を封じるつもりで闘う。
これが僕に今出来る最善だ。
地面に倒れ込むように伏せ、上体と地面の僅かな隙間から指弾を4発撃つ。
地面スレスレの見えにくい弾でタニアさんの足元を狙う。
タニアさんは弾の軌道が分かるのか、半歩横に動いて射線から逃れる。
僕の弾にはそれぞれ回転がかけてあり、タニアさんを四方から取り囲むように地面に着くと、そこから跳弾して上体めがけて飛ぶ。
タニアさんは弾が地面に着いた音で、跳ね上がる事を読んだようで、視界内の弾2発は躱す。
もう2発は急所だけは外すようにして、身体強化で受けた。
術力の消費で言えば、タニアさんより僕の方が遥かに少ない。
今の様な事を続けていけば、タニアさんを術力切れにする事が出来るかもしれない。
「次はあたしから打つ」
そう言ってタニアさんが、突風のような速さで距離を詰めて来る。
単純な速さで僕はかなり劣っている。足だけを使って逃げ回っても、間違い無く追いつかれる事が分かる。
僕は攻撃し辛いように、地面を這うような低い姿勢でいるが、タニアさんはそれをものともしない。
攻撃の選択肢を減らす事なく、低い姿勢の僕に合わせている。
木剣による低い横薙ぎが迫る。薄い打面しか存在しない木剣がタニアさんの斬撃になる事で、壁のように感じる。僕のあらゆる動作を捕えるように迫る木剣がそう感じさせるのだ。
僕は叩きつけられないようにだけ気をつけて、木剣を受ける事にした。
僕の肩を狙う木剣の触れる面を最小にして、身体強化の局所集中で受ける。
木剣の当たった部分は硬化で守り、体に伝わる衝撃は宙に吹き飛ぶ事で逃す。
僕の体は風に舞う木の葉のように吹き飛んだが、特に損傷も無く、タニアさんから距離を取る事にも繋がった。
空中で指弾を5発撃つ。1発は発射音から風切り音まで全く伝わらない特別な弾だ。
僕が着地すると同時に、タニアさんは跳弾に囲まれている。
さっきと同じ状況だ。一つ違うのは、無音の弾がタニアさんの木剣を狙っている。
武器を破壊して、戦闘継続を不能にする事が僕の狙いだ。
木剣はタニアさんの体では無いので、身体強化で守る事は不可能だ。無音弾には強力な横回転がかけてあるので、木剣に当たれば確実に武器破壊に繋がる。
無音弾はタニアさんに読まれておらず、木剣に命中したが、弾の回転に逆らわないように刃を滑らせて、木剣への損傷を最小限にされてしまう。
タニアさんは凄まじく強いのだ。探知で動きを読んでいる僕が、咄嗟の判断に困るような動きを常にしている。
闘うという事に関して、タニアさんと僕の間には、埋める事の出来ない大きな溝がある。
タニアさんは木剣の傷を一瞥すると、その場で4人に分かれた。
あり得ない事が起きている。1人が4人になる事など無いのだ。
ただ、僕の探知術では、バラバラに迫る4人のタニアさんを認識している。
迫る速さも先程とは比べ物にならない。
4人に分かれた方法を調べ、巧みな歩法と身体強化の術力を体の外に飛ばしている事が分かり、タニアさんの体が一つに定まったとき、僕の体は凄まじい衝撃が伝わっていた。
そこから先は覚えていない。
◆◇◇
「それで、リュー君はどうだった?冒険者には向いてそうだった?」
私とタニアは冒険者組合の二階にある部屋に居る。タニアが仮眠に使う部屋なのだそうだ。
粗末なベッドにリュー君が寝ている。
「あぁ?こいつは典型的な経験不足だ。戦闘を知らねぇ、敵を知らねぇ初心者だ」
「それは知ってるよ。リュー君は誰かと闘ったのは初めてだよ。私が聞いたのは冒険者に向いているかどうか」
私はある程度答えを知っていて、あえて聞いている。
「お前、こいつに何を仕込んだんだ。こいつが冒険者になれないなら、今ヤクトで冒険者やってる奴の半分は廃業だよ」
「私が誰かと相対する方法をリュー君の出来る範囲で教えたんだよ。良く調べて最善を選ぶ、それが出来る手段を提案しただけだよ」
リュー君には精度を磨く事が出来る個性があった。誰も持っていない術精度を獲得したリュー君は、経験を積む事によって冒険者になれる。
私の目論見はタニアにも理解してもらえたようだ。
「リューンクリフはあたしが冒険者にしてやるよ。組合の仕事はまた、ドリス姐さんに頼まないとな」
「この部屋は借りていいの?冒険者やるならリュー君にはヤクトに住んでもらうつもりだけど、子供が暮らす部屋はこの町にあんまりないからね」
「いいぞ。あたしも若い頃はこの部屋に住んでたんだ。ドリス姐さんに話は通してあるぜ」
「ドリス姐さんって、組合長の奥さん?」
「そうだ。ジジイは剣の師匠で、ドリス姐さんは冒険者の師匠だ」
リュー君が冒険者として町で暮らせるように、準備は進めてきた。お金は結構貯まっているので、後は信頼して預けられる環境が問題だったが、ヤクト冒険者組合ならば間違いないだろう。
「私は3日後に新月国に入るよ。連絡はこの石で出来るから、何かあったら言ってね」
タコちゃんに頼んで岩モニターを小型化してもらった。遠隔地でも映像と音声をやり取り出来る携帯端末だ。タニアに預けて、今後の連絡手段とする。
今懸念している戦争は、十分にヤクトを巻き込む可能性がある。情報連携は重要になる。
「新月国か。ユズカ、前に依頼で農村に立ち寄ったとき、暗殺者が来ただろ?あれは新月国から来た奴等だ。ザジが奴等の元締めを絞めあげたから間違いない」
「新月国があの術具を求める理由が良くわからないね。欲国の特権階級に恨みでもあるの?」
「半分はそうだ。新月国は欲国から切り捨てられ、武国に蹂躙された。欲国内に違法術がある事を武国に流して戦争状態にさせ、二国に報復をしようとしていたらしい」
「欲国上層部は先手を打って、新月国の目論見を潰したわけだね。となると、新月国は怒り心頭で、私のような怪しい奴が新月国に入るのは危険なわけだ」
「お前を止められる国があるとは思わねぇけど、月光国の王家は血鬼ってウワサがある。用心しろよ」
外界でも血鬼に類する存在に出会った事は無い。武国に戦争で敗北する程度の力しか無いのであれば、警戒するに値しないが、何か搦め手があるかもしれない。
それに、私は新月国の味方、武国の敵として新月国を訪れるつもりだ。
二国を戦争不能にする、これが私の目的なのだ。
新月国へは私とタコちゃんの2人で行く。一番の気がかりは、神兵が欲国に現れる事だ。
念の為、タコちゃんによる転移門ネットワークが、欲国中に張り巡らせてある。
「私が帰ったらタニアには個人的にお礼がしたいから、何か考えといてね」
「なんだ、いきなり気持ち悪りぃな。礼なんていらねぇよ。それより、給仕の仕事がまだ半分も終わってないんだ。帰ったら残りもちゃんとやってもらうからな」
私の欲は私以外の誰かが幸せになる事なのだ。
一度あの森で全て失ったが、私はまた欲の輪に戻っていた。
私は欲の廻りから逃れる事はしない。小さな私がそれをさせない。
私の望む私は、欲の輪の中にしかないのだから。




