表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
58/216

欲廻脱出21

 私は今、ヤクトの冒険者組合でウェイトレスの真似事をしている。

 ここは冒険者組合の管理業務を行うと同時に、酒場件食堂なので、冒険者の溜まり場だ。

 宿はやっていないので、深夜になれば客は追い出す。


 私はタニアとの約束通り、冒険者組合で期間労働中だ。夕方から深夜までの一番忙しい時間に給仕手伝いをしているのだ。


 神人しんじん絡みの一件から既に3日が経過している。


 神人しんじんからアズルスに、敵対者である私の情報が伝わっている場合、組織的な捜査の手がヤクトに伸びる事は必然なので、私は常に警戒していた。

 ところが、捜査員の派遣はおろか、調査司令すら出る気配がない。

 私がアズルスを最後に確認したときのまま、彼等は私という脅威があった事すら認識していないようだ。


 アズルスの体内にあった第二の脳とも言える器官と神人しんじんの関連性は、結局分からず終いだ。

 一つの可能性として、アズルスは餌で神兵は釣針の役割なのではないかと思う。

 釣り人である神人しんじんは、自分で到達出来ない深淵から、何者かを釣り上げようとしているのではないだろうか。


 そうなれば、私は狙った獲物では無く、偶然かかった雑魚で、特に執着されていないと考えるのが妥当だ。


 来るなら来たで、対処は簡単だとわかっている。仮に空を埋め尽くす神兵の軍団が現れても、数分でどうにかなる。


「ユズカ、残り物あるけど食うか?」


 厨房からタニアの声がする。

 最近気が付いたが、タニアはヒートアップして冒険者モードになると、相手の事を(お前)呼ばわりするが、普段は名前で呼ぶ。


 時間は既に深夜だ。客は誰もいない。


「食べる」


 食材を扱い客に料理を提供するならば、必ず余りというものが発生する。

 ここ数日、タニアの作った残り物料理を食べてから帰るというのが続いている。


 私は今日の残り物を把握しているので、必要そうな食器を用意して、角の席へと運ぶ。

 厨房から大皿に盛った料理を両手に持ってタニアが現れ、同じく角の席に置き、そのまま椅子に座る。


「はらへったわ。食おうぜ」


「いただきまーす」


 トマト的な野菜をベースに、スパイスと木ノ実の油で肉を煮込んだ料理を二人で食べる。

 残り物なので、具材のバランスが悪い。今回は肉が明らかに多い。量も二人で食べるには多過ぎで、テレビの大食い企画のようだ。


「リューンクリフの様子はどうなんだ?」


「表面上は元気いっぱいだね。発作も止まって夜に飛び起きる事も無くなったよ」


 リュー君の暗示は、タコちゃんによって解除された。正しくは、暗示の発生トリガーを有り得ない条件に書き換えたのだ。

 リュー君の暗示は、特定の音を定期的に聞かなければ、発作が起きるものが主だった。

 それ以外は、想定外の状態になった場合に自壊する暗示と、男性機能を発生させない物だった。


「前にリューンクリフの暗示を解除するために、月光国にいる奴に頼むって言ったの覚えてるか?」


「覚えてるよ。アズルスの使う暗示術は月光国の隷属術式なんでしょ?」


「その通りだ。月光国って国は今はもうない。武国に攻められ、欲国の謀で六の小国に分かれちまった。元々、暗示術や秘薬、暗殺といった後ろ暗い奴等が集まって出来た国らしい。欲国は月光国の技術を利用して商売をでかくしたが、それが気にいらない武国が潰しにかかった訳だ」


「欲国は月光国が武国に潰される前に、小国に分けて戦争の大義を無くした訳だね。そうなると六国の内一国が生贄になったのかな?」


「よくそこまで分かるな。ユズカの言う通り、犠牲になったのは新月国だ。元々、暗示奴隷を作っていた場所があったらしいが、武国の拳闘元帥って奴が破壊し尽くした。あたしは当時冒険者で、新月国にも行ったが、酷いもんだったよ。生き残った奴隷は自壊暗示で死に、暗示の浅かった奴や解除出来た奴も、以前の快楽が忘れられなくて、何人も自死した」


 タニアは、暗示によって人生を狂わされた人の末路を知っているのだ。

 アズルスに制裁を下す時も、慎重に事を運ぶように言ったのは、ある種の地獄を見た経験によるものだった。


「タニアの言いたい事は分かるよ。リュー君がこの先、苦しむ事は間違い無い。私の立ち振る舞い次第でリュー君は簡単に命を落とす事になるね」


「一個間違いがあるぜ。お前だけの問題じゃない。あたしやお前の相棒も関わってんだよ。大人が三人いれば子供一人くらい助けられるもんなんだよ」


 山盛りだった料理が空になっていた。


 タニアの食事は生きる為の行為だ。私の食事は何の為にあるのだろうか、消化吸収された栄養素が何に消費されているのか見当がつかない。


 私の超常的な能力は何の役に立つのだろうか。少なくとも誰かを癒すような事には利用出来ない。


 ―


 私は採取メインの冒険者業は続けている。


 冒険者組合の夜番は組合長の仕事だ。時間になると組合長が現れるので、タニアはそのタイミングで家に帰る。


 私はタニアと分かれ後、依頼の品を収集のため危険地帯に入りる。

 採取は直ぐに終わるので、依頼更新の4時までに組合に行き換金して、新たな依頼を剥がして帰る。


 組合長は、剣星術のランキング戦のダシに私を使いたいようだが、断りオーラを出し続けているので、今のところアプローチは無い。


 組合長の澄ました顔を視界の端にとらえながら建物を出て、朝市へと出かける。


 これももはや当たり前になりつつある。市の商人に顔を覚えられているようだ。


 生活に必要な品を買い、直ぐに町をでる。


 ステルス飛行形態で移動すれば、3分で帰る事が出来るが、神兵に探知された経験から、濫りに強い力を使う事は避けている。


 片道三時間の行程を、相変わらず歩いている。


 ―


 リュー君は光に敏感なのか、日の出と同時に起床する。

 私が帰る頃には大抵起きており、朝ご飯の準備を整えている。


 タコちゃんは、リュー君の経過を見てくれているので、夜は私達の住処に居るが、私が戻り朝食を終えると出掛けるようになった。

 無理はしないという約束で、神人しんじんの調査網を敷くため、各地に門と極小分体の設置を行なっている。


 リュー君は、私の出す訓練メニューに夢中だ。

 今は身体強化の最終段階である微細調整能力を育成している。

 飛んでくる小石に、全く同量の反発力を発揮させ、運動エネルギーをゼロにして止めるという訓練がメインだ。


「リュー君、今日は訓練じゃ無くて話しをしようか?」


 リュー君は普段から探知を使用して、周囲の状況だけで無く、私やタコちゃんの様子も把握している。

 元々、感の鋭い子で、そこに探知術まで持ってしまったので、私の切り出したい内容は直ぐに察したのだろう。

 この世の終わりのような表情をしていた。


「あ、あの、僕は……」


「リュー君が私からこの話をされたくないのは知っているよ。欲求と快楽の話だ。私もリュー君に負担を掛けたく無いから、話は手短にするし、出来れば一回で終わりに出来るようにがんばるよ」


 私は仕草だけで着いてくるように促して、岩モニターの場所へと向かった。

 リュー君は死刑が執行されるかのような足取りで、私の後をついて来た。


「発作は無くなったけど、常にあった快楽が欲しくなる自分が許せない。リュー君の感情からはそう読み取れるけど、間違い無いかな?」


「………はい」


 たっぷり間を空けて、リュー君が小さく返事をした。


「リュー君はその快楽がなんの為にあるのか知ってる?」


「知りません」


「なんと生物が増殖する為のものらしいよ。なんでも生物にはこの世界に同種で満たしたいって欲求があって、快楽に従って行動するとそれが達成されんだって」


 リュー君には知識欲というか好奇心というものが強い。例え忌み嫌う自称でも、思考が向いてしまうのだ。


「僕は一度だってそんな事をしたいと思ったことはありません。きっと何かの間違いです」


「それなら、私が元々いた世界の知識を見る事が出来るけど、調べてみる?こっちの世界でも通用する内容だよ」


 岩モニターは動作するようにタコちゃんに調整してもらっていた。

 性に関するトピックスを岩モニターに羅列する。昔、この関連の情報をウィキりまくっていた事が役に立った。


「これはどうすれば見る事が出来るんですか?」


 リュー君の興味が出て来た。

 岩モニターは既にブラウジング可能にしてある。と言っても、私がタッチ位置を確認して、気合いで表示を切り替えるだけだ。


「気になる内容の文字に触れば、詳細を読む事が出来るよ。やってみる?」


「はい」


 飲み込みの早さが尋常では無いリュー君は、スクロール、バックなど説明しないでも使いこなし、内容を読み進める。


 私は一旦退場し、リュー君に任せる事にした。


 ――


 昼になっても読む事を止めないリュー君に、お昼ごはんを運ぶ。


「リュー君、お昼だよ」


 私の言葉にリュー君が我にかえる。


「ユズさん、すいません。夢中になっていました」


「なかなか面白いでしょ?それ」


 リュー君は思考の渦に飲み込まれようとしていた。私が提示した知識に添えば、リュー君がこれまで受けてきた事の異常性が明らかになる。


「ユズさんは正しき道を示す天人なんですか?」


 リュー君から出た質問は意外なものだった。天人とは文明界の寓話や物語に出てくる天使のような存在だ。


「私は天人では無いよ。正しき道も知らない」


「僕はユズさんのようになりたいです。凄い知識と何者にも負けない力を持っているのに、誰からも奪う事をせず、助けを求める者に答える。そんな存在になりたいです」


 リュー君は私の一部を見て曲解している。私は自分単体で満足を得られ無い存在になってしまったので、他人を使って満足を得ているに過ぎない。

 そういう点では私もリュー君とおなじ、欲求と快楽がねじ曲がった存在なのだ。


「リュー君には私の真実を話すよ。私は元々ただのヒトだったんだけど、ある時精神的にも肉体的にも死ねない体になってしまったんだ。死ねないという事は、元々体にあった欲求は機能しなくなったよ。眠る事も食べる事も必要なくなり、肉欲もどうでも良くなった。欲を失った私は狂ったけど、壊れる事はなかった。タコちゃんに初めて会ったとき、狂気に駆られタコちゃんを殺しかけた事もあったよ」


「ではどうして今の様になれたのですか?僕にはユズさんが狂っている様には見えません」


「タコちゃんやリュー君、タニアがいるから正気の様に見えるだけだよ。私一人ではきっと今の様にはいかない。だから、欲求を失う事でリュー君に狂って欲しく無い」


 結局私のわがままを聞いてほしいという結論になってしまった。

 私の説得ではこれ以上無理かもしれない。これで駄目ならタニアとタコちゃんに頼るしかない。


「ユズさんの言いたい事は分かりました。でも、僕もどうしていいか分からないんです。欲求を満たす為に、昔の様な事は出来ないです」


 リュー君のトラウマに触れなければ、いけるのかもしれない。


「リュー君、その知識の中に手も触れず欲求を満たす方法ってのがあるんだけど、それどうかな?」


 ―――


 結果的に大成功した。


 リュー君のトラウマを回避しつつ、欲求はある程度満たされたようだ。


 恐るべしウィキの知識だ。


 まだ、リュー君が望む人生を歩むには遠いが、最初の一歩を踏み出す事は出来た。


 そしてリュー君の目標が一つ増えた。


 私を以前の私に戻す事だそうだ。


 私はその時が来るを楽しみに待つ事にした。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ