表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
51/216

欲廻脱出14

 航空機の墜落で命が助かる者は多く無い。私の慣れ親しんだ常識でも、この世界でも変わりない事実だ。


 高所からの落下による衝撃に加えて、生存困難な環境に、準備無しで放り込まれるのだから、生存の見込みは限り無くゼロに近い。


 墜落現場に乗員の死体がある。

 あまりにも当たり前の光景ではあるが、この有様は私がタコちゃんに頼んで再現してもらったモノだ。


 あるべき死体は、私達が救出してしまったので、存在しなくなった。

 本来であれば尊い人命が助かり、奇跡の生還となる訳だが、何故生きているのか説明する事が出来ない以上、死体を偽装するしか無かった。


 タニアは死体を見て少し感情を出したが、直ぐに術具の回収に取り掛かっていた。

 術具の場所と形状を事前に把握しているのか、飛行艇の乗員室とも言える四角い箱の天井から、術具を取り外した。


 私はやる事も無いので、死体を埋葬する為の穴を掘っていた。


「お前、大地神の信徒なのか?」


 タニアから質問がある。

 大地神信仰は、文明界に広く布教されている信仰の一つだ。ヤクトにも神殿がある。

 なんでも、地脈を正しき命の道標として崇め、大地より生まれた生命は、大地に帰り循環すると信じられている。

 よくある自然崇拝であり、教義も厳しく無い。土葬文化も大地信仰の影響が強い。


「いや、無宗教だよ。ただ、野晒しも可哀想だから、埋めてあげようかと思ってね」


 そう返すと、タニアは何も言わず穴掘りを手伝い始めた。感情に微かな揺らぎがある。怒りか悲しみかよく分からない、小さな感情が無数に湧いては消える。


 ――


 陽が傾きかけた頃、埋葬は終わり。墓標の代わりに大きな岩を置いた。


「川の近くまで戻って、野営の準備をするぞ。急げよ」


 タニアは、この無駄な埋葬作業について何も言わない。本来であれば、術具回収の後は急いで戻るべきだ。

 出来るだけ、危険地帯の浅い場所で野営をした方が良い。さっき始末したとは言え、単眼狼がもういないという保証は無い。

 夜に襲われれば、タニアと言えども生命に危険が及ぶ、それ程危険な獣なのだ。


 帰路は運良く危険な獣に遭遇しなかったので、急ぎ川近くの岩場に野営の準備をした。


 焚き火が灯った頃には、すっかり辺りは暗くなり、川のせせらぎ以外は何も聞こえてこない静かな世界になっていた。

 夜の危険地帯では、生き物は不用意に動かない。夜に蠢く獣が支配する、より死に近い場所になるからだ。


 冒険者の定石では、危険地帯の野営では火を焚く。何より灯が無ければ何も出来ないからだ。

 火に集まる夜の獣は以外に少ない。闇を得意とする獣が明るい場所で狩をする必要は無いので、当たり前の事ではある。

 ただ、賢い獣は、弱い獲物が火の近くに居ると知っているので、場合によって焚き火の有無を判断しなくてはならない。


 死体を見てからタニアの感情に変化があり、それは今も続いている。

 だが、私に何か話す事はしない。

 先程も、なんと無く会話が始まるような流れを作ったが、意図的にタニアが流れを切ってきた。

 今は、何も話すつもりは無く、会話は最小限にしたいようだ。


 私は回収した術具の効果を知っているが、タニアも同様に知っているようだ。

 あの術具は言わば記録装置だ。目であり耳であり、あった出来事を保存し、再生する事が出来るのだ。


 タニアは術具の起動方法は知らないようなので、不用意な情報が術具に残らないように、ダンマリを貫くようだ。

 私はこの術具を一度持ち出し、タコちゃんに解析をお願いしているので、この術具が外部から術力を供給されないと、起動しない事を知っている。

 ただ、タニアに伝えるわけにはいかないので、私もこの沈黙に付き合う事にした。


 ―――


 夜には何事も無く、日の出と同時に私達は移動を開始して、あっさりと危険地帯を脱した。

 暗殺者に襲われた村まで戻ると、迎えの馬車が待っていた。

 暗殺者の襲撃はザジによって元が断たれたようなので、帰りの馭者はザジでは無かった。

 ザジは既に私の知覚圏内には居らず、何処かへ行ってしまった。

 帰りの馬車はただの移動だけとなり、その間タニアは一言も喋らなかった。


 ――


 冒険者組合に目的の術具を納品して、報酬を受け取った。報酬はタニアと山分けなので、銀貨50枚となった。当面の生活資金には困らない額だ。


「おい、ユズカ。お前、まだこの辺りに居るだろ?明日この場所に来い。話がある」


 そう言って、何処かの住所が書いた紙片を押し付けられた。


「いいけど、夜になるよ。昼間は用事があるから無理だよ」


 私の言葉に、問題無いときのハンドサインで答え、タニアは組合所の奥に行ってしまった。


 私もこの場に用事は無いので、生活物資を買って帰る事にした。

 この数日でストックしてある食料が減っているので、補充のため多目に買って帰る。

 ああ見えてリュー君は結構食べるのだ。育ち盛りなのか種族特性なのか不明だが、力仕事の成人男性より食べる。


 ―――


 依頼で入っていた危険地帯より、更に奥にリュー君とタコちゃんは居る。

 私達が仮住まいしている巨岩のある森林地帯の手前1㎞でリュー君が私の所在を捉えた。

 私にリュー君が発生させる探知領域を察知する能力は無いが、リュー君が私を探知したという認識を、私は察知する事が出来る。

 探知領域がここまで拡大しているということは、リュー君の探知に関する生命樹の枝は、全項目カンストしたということだろう。


 リュー君の探知領域は、極細の糸のように変形して、周囲に蜘蛛の巣のように張り巡らされている。

 リュー君と同等の体積量という探知領域の制限を、工夫でカバーしたようだ。


 訓練場まで行くと、リュー君がダッシュで駆け寄ってきた。


「ユズさん、おかえりなさい!僕、探知全ての枝を育てましたよ」


 私の想定よりも成長の幅が大きいが、根は子供なのだ。褒めて欲しいアピールが分かりやすい。


「よく頑張ったねリュー君。1㎞先の私を探せるようになったのは凄いね」


 その言葉を聞いてリュー君の動きが止まる。

 どうやら私に気付かれず探知を展開したつもりが、あっさり看破されて、動揺しているようだ。


「あ、え、そ、そんな、ユズさんは術力を知覚出来ないはずじゃ、……」


「私に術はあんまり効かないよ。タコちゃんの因果隠匿も効果無いみたいだし。まあ、探知の使い方は完璧みたいだから、私以外には通用すると思うよ」


 私がいない間に、リュー君はタコちゃん相手に探知の特訓をやっていたのだ。

 今現在では、タコちゃんが高位術を使用しなければ、リュー君の探知を破る事が出来ない段階まで来ている。


 私が透過でリュー君の探知を破ったのが、相当衝撃だったらしく、探知の改良にこだわっていた。

 術力探知の領域を知ってからは、生物が生きている限り発生させ続ける、微弱術力の探知に傾倒しており、かなりの精度に到達していた。


 私はリュー君に生きるための能力を身につけてもらいたいので、マニアックな領域のプライドは早めに折る事にしたのだ。


「探知は無事習得したので、次の身体強化の育成に進もうか。探知は訓練以外でも自由に使っていい事にするから、これから生きる為の手段として使えるようにしていってね」


 身体強化術は、最も一般的な術だ。ありとあらゆる場面で多用され、通常感覚の延長で使用出来る者も少なくない。

 戦闘となった場合、一番影響があるのが身体強化の練度だ。

 何かに相対す時、身体強化の強さが生存に直結するのだ。


 枝の長さを簡単に伸ばす事の出来ないリュー君にとって、身体強化の不利は必ず付いて回る。

 育成としては探知と同じだが、より実践的な能力として身につけてもらう必要がある。


 能力への覚醒方法は前回と同じで、タコちゃんによる強制発動から、私の指示による自発発動という流れで完了した。


「さて、リュー君にはこれから私の指定した岩を地面に描いた円の外に出す訓練をしてもらうね。岩は円の中央に置くから、そこから10秒以内に円のそのに出せば合格。次の岩を用意するね」


 岩はリュー君の力では絶対に動かす事が出来ない重量に設定してある。

 身体強化を体の特定部位に集中させる事で、動かす事の出来る形状に成形してあるので、まずは部位限定強化を覚えてもらうつもりだ。


 探知を見切られてショックだったリュー君だが、新しい術に早くも魅せられて、岩との格闘を開始していた。


「タコちゃん、私達はお茶でもどうかな?」


 私とタコちゃんは巨岩に掘った洞穴の前にある岩のテーブルの席に着いた。

 お茶には拘りのあるタコちゃんが淹れたお茶から、うっすらと湯気が上がっている。


「ユズ、術具に取り付けた我々の分体は、今だに発見されていない。このまま情報収集を続けるぞ?」


「私の知覚にも変化は見られ無いから、そのまま継続してね」


 私達は、リュー君に暗示をかけた術者を探すため、例の術具を利用する算段をしてきた。

 術具はいずれ持ち主の元に帰る。その場所または、そこに出入りする人に、術者がいるはずだ。

 タコちゃんの分体は因果隠匿がかかっているので、そう簡単に発見される事は無い。


 問題は相手サイドに私と同じような能力のある者がいた場合、危険な状態に陥る事になる。


 最悪の自体である私クラスの存在同士の戦闘が発生しないよう、出来る限り臆病に振る舞うつもりだ。


 私は私以外の何者かによって現在の力を得た。私を超える存在がある事は明白だ。

 つまり、私と同じよう境遇の何者かが、既に世界に居る可能性は否定出来ない。


 タコちゃんは、術具の製作者に特殊な存在の残滓を見つけていた。


 世界全ての情報が流れ込む、世界の底にあったタコちゃんに、殆ど情報を渡さなかった存在があるという。


 その名を神人しんじんというらしい。


 文明界に名のみを残す隠された存在である者の所業が、例の術具の使用という事実に、私の警戒心は高くなるばかりだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ