欲廻脱出13
危険地帯の探索のため、たっぷり休息を取るという名目で、私達は早めに眠る事にした。
私に睡眠は必要無い。だが、眠った振りは完璧だ。いかなる検査キットを用いても、私の眠った振りを見破る事は出来ないだろう。
なぜならば、肉体的には完全に眠っている。しかし、意識は消えない、正しくは消せないのだ。
私の知覚は肉体的に眠っていても発現し続ける。今もタニアが眠った振りをしている事を、しっかりと認識している。
ーー
夜も深くなり、星の具合から午前2時を認識した頃、タニアが音も無く起き上がった。
そのまま足音も無く、少し離れた崖の方へ歩いて行った。
懐から例の指輪を取り出すと、手の平に乗せて、何らかの術力を込めると、指輪から細い光線が危険地帯に向けて放たれた。
光の指す方向は紛れもなく、目的の卵型術具がある墜落現場だ。
あの指輪は、術具を探すための術具の様だ。タコちゃんに発現した光を調べてもらったが、指輪と卵の間に予め磁力のような術力が込められており、光はその見えない繋がりを可視化したものだそうだ。
卵型術具はどこかに行ってしまっても、誰でも探す事が出来るようになっている。
タニアは今の状況を理解した上で、私に指輪の存在を隠している。
隠す理由は不明だが、白鐘の家→ヤクトの偉い人→組合長→タニアと指輪の持ち主が変化する中で、指輪の機能を物理的な手段で伝える者はいなかった事から、かなりの機密事項のようだ。
術や術具による意思疎通手段を使用された場合、私はその内容を取得することが出来ない。
今回の指輪の情報は術による情報伝達か、または暗黙の了解となっているだろう。
指輪の発光が収まると、タニアが後ろ手にハンドサインを出した。
これはつまり、私が今の状況を見ている前提のようだ。
タニアも過去に黒剥がしの冒険者を使ってヤクト中を探して、私を発見できなかった事を事実と受け止め、謎のステルス能力が私にあると警戒しての事だろう。
ハンドサインの意味は、(危険は無い前について来い)だ。
これは、見て見ぬ振りをせよという事だろう。指輪の機能が知れる事が不味いのか、タニアから伝わる事が不味いのか不明だが、指輪の真の持ち主である白鐘の家という組織からなんらかの監視がある事は間違い無い。
私の知覚内に私達を監視する者はいない。タコちゃん調べでも周囲に術の反応は無いようだ。
直接の監視で無いならば、間接の監視だろう。指輪所持者の行動が、後ほど監視カメラ映像のように確認出来るといったところか。
タコちゃんに確認したが、技術的に不可能では無いとの事だ。
指輪への接触や接近は避ける事にした。
―――
日の出と同時に私達は起き、危険地帯に入る準備をした。
「タニア、危険地帯に入る前に一つ提案があるんだけど、いいかな?」
「なんだ?言ってみろ」
私にとって野生の獣はいないも同然なのだ。上位種の動物の鳴き真似で、全て追い払う事が出来る。
ただ、タニアと行動を共にする場合、新たな能力が露見するので、同じ手法は使用出来ない。
「私は組合長の技を真似るほど目が良いんだよ。特に動きを追う力は抜群なんだ。これから先の獣避けは私に任せてもらえないかな?」
「あたしより見えているなら任す。こっちの崖から見てみろ。何が見える?」
本当は、周囲18km丸見えなのだ。リュー君の寝顔から、欠伸をしているザジまで見えている。
今は通常の視界の範囲で、見えている情報を伝えるしか無い。
「崖の真下には何もいない。向こうの降りやすい場所には、鉤爪の着いた大きな蜂が群れを成しているね。あの大きな樹の周りには、岩みたいな顔の白い猿が5匹居る。右側の湿地は、足場は悪いけど危険な獣はいないね」
「湿地からは嘆鷲の鳴き声がするだろ。あれはどうなんだ」
「嘆鷲は知らないけど、湿地で鳴いているのは小さな赤い鳥だよ。多分、強力な捕食者の真似をしてるだけじゃないかな」
タニアは荷物を背負うと、崖を降りる縄の準備を始めた。
「獣避けはお前に任す。声が出せない場合は指文字で知らせろ。いいな?」
私が先行し獣避けをしながら、危険地帯の進行を開始した。
向かう方向はタニアから指示がある。昨日指輪が指し示した方角に向かうようだ。
航空機の墜落場所を地上から探すなど、通常は非効率極まり無い。特に管制システムの無いこの世界には、事故機がどこでロストしたのか調べる方法は無いのだ。
この世界では墜落した機体を探すという行為は、目撃情報と機体からの飛散物調査で行われる。
人の住んで居ない危険地帯に墜落した機体など、探そうとする行為自体が無駄と判断される。
しかし、今回は発信機的な装置があるため、危険地帯に入るスキルさえあれば、攻略可能な依頼となっている。
目的地は昨日のキャンプ地から直線で5kmの位置にある。
起伏の激しい山林に、危険な獣がワンサカ居る状態なので、危険地帯内で一泊する行程なのだそうだ。
――
湿地を抜けて川に到着した頃、正午を過ぎていた。行程としては7割ほど踏破したところだ。
墜落現場まで後少しという所で、一つ問題が発生した。
一つ目で豚のような鼻をした狼が10匹程ウロついているのだ。この獣が居なければ、後1時間で目的地に到着する。
迂回路もあるのだが、かなりタイムロスとなり、今日中に到着しない可能性も出て来る。
タニアの判断としては一つ目狼を全て倒してしまうというものだった。
「単眼狼は夜に活発になる。野営にも影響があるから全部狩るぞ?」
「それは別にいいけど、私は荷物番だけでいいの?」
事前に受けた説明によると、単眼狼は賢く冒険者の荷物を奪って、持久戦を仕掛けてきたりするらしい。
単眼狼との戦闘では荷物番は必須で、囮役と狩役に分かれて、荷物の無い場所での戦闘をするのだそうだ。
「お前は荷物を死守しろ、あたしが全部狩る」
どうやら交渉の余地は無いようだ。単眼狼は侮れない相手なので、タニアとしては全力で手早く狩りたいのだろう。
短剣を抜いたタニアは、さっさと単眼狼の群れの方へ行ってしまった。
タニアを発見した単眼狼は、仲間に知らせる為の警戒音を出していた。
森の中はあっという間に獣の足音だらけになり、樹上から3匹の単眼狼が現れた。
単眼には、ムササビのような皮膜があり、木から木へと飛び移る事が出来る。
立体的な動きが可能で夜目が効くので、夜間には絶対に相手をしてはいけない獣なのだそうだ。
3匹の単眼狼が樹上から威嚇しているが、本命は草陰で息を殺している2匹だ。
タニアは地上の2匹にも気が付いており、草陰に向けて鋭い突きを放つ。
虚を突かれ単眼狼の1匹が、単眼を貫かれて絶命する。もう1匹は樹上に逃れようとするが、タニアに足を掴まれ、地面に引き倒され心臓を一突きにされ、鈍い鳴き声と共に動かなくなる。
突然の反撃に混乱する単眼狼を狙うため、木の死角から素早く樹上に移動したタニアが、単眼狼の急所を貫き、次々と地面に落としていく。
群れの半数をタニアが打ち倒すと、地面から突き出した鋭い岩の上に、一回り大きな単眼狼が現れる。
他に3匹が樹上におり、タニアからは大きく間合いを取っている。
タニアは腰のベルトに付けていた、細長い矢じりのようなものを掴むと、樹上の単眼狼に向けて投げつけた。
投げた速度とは比べ物にならない程速く投擲物は加速し、単眼狼の首から上を吹き飛ばす。
恐らく術によって強化された棒手裏剣のようなものだ。
次々と樹上の単眼狼を撃ち落とし、体の大きな個体も難なく剣で仕留めてしまった。
荷物を狙って私の方に迫っていた最後の1匹にも気付き、凄まじいダッシュからの踵落としで、頭部を粉砕した。
タニアの戦闘は、剣技による致死性、体術による汎用性、投擲術による広域性によって組み立てられている。
1人で何にでも対応するための技術という印象だ。
棒手裏剣を回収して、何事もなかったような顔でタニアが帰ってきた。
「お疲れタニア。獣の死骸はそのままでいいの?」
「単眼狼は強い獣だ。それを狩る奴がいる場所には、半端な獣は近づかないから問題ねぇよ」
危険地帯での所作も熟知しており、ソロの冒険者として完成されている。
そんなタニアが冒険者を辞めた理由を明確には知らない。噂や記録から多少の予備知識はある。
「私はこの先も冒険者やろうと思うんだけど、何かやっといた方が良い事ってある?」
「1人でやらない事だ。仲間を作れ」
タニアは荷物を背負い、振り返りもせずそう言うと、再び歩きだした。
一流の冒険者がたどり着いた答えは自己否定だった。
タニアの業はそれ程までに深い。
――
斜面の中腹にそれはあった。
辺りには薙ぎ倒さた木々があり、大きな力が掛かってへし折れた枝の傷もまだ新しい。
飛行艇はコントロールを失って高度を下げながら、減速すること無く斜面に激突している。
激突の衝撃で、機関部と気球部は完全に分離しており、乗員の乗る鋼鉄製の箱は、地面を削るように数10m進んだ後、岩にぶつかって停止している。
飛行艇の推進システムは術具による流体操作なので、可燃物は殆ど搭載されていない。そのため爆発炎上ということは無かった。
気球部分の気体は可燃物であるが、破れた穴から拡散し爆発の危険性は無くなっていた。
乗員の乗っていた箱は、フレームにあまり変形は無いが、ハッチが吹き飛び中は獣に荒らされていた。
搭乗員の死体は無残にも喰い千切られ、虫が湧き、腐臭を漂わせていた。




