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森林脱出5

 いつまでも闇が続いていた。


 私はどうなったのか?


 強い衝撃はあったか?


 激しい痛みが身を焼いているのか?


 何も感じなくなり、終わりを待つだけなのか?



 思えばあの森に捕らわれて、私は心の奥底で終わりばかり望んでいた。単純で明解な死という終わりを。



 闇は全く途切れない。

 何かおかしい。


 どういうわけか、私はこの闇に見覚えがある。


 そうだ。


 これは私の瞼の裏だ。


 ただ目を閉じているだけだった。





 恐る恐る目を開ける。



 そこには予想外の景色が広がっていた。



 私は自分の家の玄関に立っていた。



 一発逆転で大正解を引いたのだろうか?たった1日の森生活で、この場所への帰還を諦めた途端に望みが叶うという、神々の遊びに付き合わされたのか?


 自分の胸がいつも以上に主張しているということは、例の果実はお土産なのだろう。


 足元を見ると見慣れない靴が一足、雑に置いてあった。短い廊下の先にあるリビングから微かな人の気配を感じる。

 あの森に比べると、ここはまるで音の洪水の中に居るようだ。背後の扉越しに聞こえる車の走行音や、エアコンの室外機の音、雀の鳴き声など静かなはずの空間でさえ、騒がしく感じた。


 靴を脱いでリビングへと向かった。ドアを開けるのに一瞬躊躇したが、中にいる人物には心当たりがあったので、ごく自然に中へと入った。


 中には予想通り、後輩が私の特等席に座ってポータブルゲーム機をゴリゴリ操作していた。


「ユズ先輩!手伝ってくださいよ!1人だと時間かかっちゃって効率悪いんスよ」


 私に視線すら向けずに、クエストのお誘いだけを寄越しくるのは、安定の後輩クオリティだった。



 私の胸に熱いものがこみ上げきた。


 思わず後輩を抱きしめてしまった。


 苦しさ、悲しさ、怖さ、申し訳なさ、そして寂しさが、私の体を突き動かしていた。


 誰かを求める熱い抱擁だった。


 ぐちゃぐちゃだった心に一つの答えが出たのだ。



 私はとにかく寂しかったのだ。



 求めて得られず、我慢出来ず、私は自分の生をあっさり放り投げた。それほどに自分以外の存在を求めていた。全くの無自覚だったと言っていい。


 遂に気がついた。

 いや、気がついてしまった。

 私は一人なのだと。




 腕の中には既に後輩は居なかった。




 およそ、この場所が何処なのか答えは出ている。


 私は夢を見ているのだ。

 いや、正確には自分の記憶の中に居る。


 あの後輩は、酔い潰れたので、仕方なくお持ち帰りした日の記憶だ。当然抱きしめたりしていないので、記憶の整合性が合わなくなって、消えてしまったのだろう。


 これ程鮮明に記憶を客観的に見る事ができる理由は不明だが、私は一連の転移事案の渦中にいるままのようだ。


 自分の気持ちに整理はついたが、出てきた人物が後輩というのは、実に恥ずかしかった。


「なんかもっと、こう、他に人選あるだろ!」


 思わず自分につっこんでしまった。


 他に登場するべき人物を思案していると、途端に部屋のテレビに検索サイトが表示された。


 私の意識に反応して、記憶が変化したのだろう。恐らくは私の要望に直結している。


 検索サイトで自分の記憶をブラウジングするとは、なかなか興味深い。


 丁度、転移前後の記憶が曖昧なので、これを機会に振り返ってみることにした。




 胸とポケットにある果実を取り出してテーブルに置き、携帯端末と財布を定位置にセットしてから、特大のビーズクッションに身を沈めた。

 私のアルティメットフォームが完成したと言っていい。スーパーブラウジングタイムを開始しよう。


 まず手始めに転移とは、直接関係の無い記憶を調べてみた。言わば検索精度のチェックだ。


 感覚遮断実験と検索した。

 大学時代に興味本意で受講した心理学で聞いた知識だ。


「感覚を遮断すると、人間は様々な異常を精神と肉体に受けるのか」


 あの森には全く音が無い。私の精神はかなり擦り減ったのだろう。だが、心にダメージを負っても体に異常は出なかった。


 やはり、何らかの再生が私に及んでいるのだろう。

 ハードウェアとしての脳の異常を修復している可能性が高い。


 他にまだ見ていないアニメを検索したが、何も出てこなかった。経験していないので当たり前の結果だった。


 次に動画検索で、転移前、転移1日目と検索した。


 視覚も記憶されているのだから、動画再生も可能なのではと思い至った。結果は可能だった。


 転移前後での、見落とし確認をすることにした。


 再生ボタンを押すと、主観視点のFPSみたいな動画が始まった。




 転移前の影や、転移に至った振り返り動作には何の情報もなかった。理不尽と言わざるを得ない回避不能現象だった。


 転移直後に一回コケている。恐らく手を擦りむいているはずだが、当時の私が全く気にしていないことから、再生現象は初めからあるようだ。


 携帯端末の電波状況も確認した。


「たかだか圏外表示で本当に絶望したなー。楽園から追放された気分だったよ」


 後輩のコスプレ待ち受けで気分を持ち直した。


「あいつ、登場回数多くない?そんな重要なキャラじゃないでしょ?」


 動画を見る時の癖だが、独り言が異常に増える。


 例の球体を観察した。


「最悪バトルを覚悟したね。絶対負けるけどね。初戦負けイベントとか古いゲームかよ」


 恐らくこのタイミングで既に自身の破滅を望んでいた。


 球体に触ったが何も起きなかった。


「この手のオブジェはイベント入れとけよ!せめてチュートリアル入れて!説明なさすぎクソゲーですよコレ!」


 ただし、触れた感覚は普通ではなかった。今の情報量では何のためにあるものか不明だが、転移または再生の仕組みに関わる可能性は充分にある。


 再生の仕組みを知った辺りで動画を消した。ここから先ははっきり覚えているのだ。



 結局ヒントになる情報は無かった。


 ストレス解消がてら、大好きなアニメの1話を再生したが、何故か全く面白くなかった。

 記憶として整理されたものなので、パッションが全く起きないことが原因のようだ。



「ここに居ても、何も起きないな」


 記憶は過去だ。いくら見ても変化しない。

 過去から学び、先に進むしかない。


 私の苦痛は永遠に続くのか?

 その答えは出ていないが、少なくとも進むべき先は見えた。


 私以外の誰かに出会うことだ。


 私は探さなければいけない。私以外の誰かを。


 人間でなくてもいい。


 とにかく探すのだ。


 私は既に懐かしく感じるここを出ることにした。

 恐らくいつでも戻れるだろう。


 ここはただの記憶で、過去が収められているだけだ。

 私が欲して止まないソレはここには無いのだ。


 私は少し伸びをして、玄関を出た。


 鳴っていた音が消えて、耳鳴りのするような静寂が迫ってきた。





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