欲廻脱出12
タニアは短剣を突き出して、少し腰を落として構えている。
武術のセンスが無い私には、この構えが何を意味するかは理解出来ないが、筋肉の緊張具合から素早い突きと、首又は頭への打ち込みが放たれる事が予想出来る。
私が真っ当な生物であれば、タニアの攻撃によって絶命することは必至だ。
つまり、殺すつもりで攻撃するからなんとかしろという事なのだろう。
選択肢として、攻撃を受ける事は出来ない。殺すつもりの攻撃で死なないという事は、私から漏れてはいけない情報だ。
タニアを圧倒する回避や反撃も不味い。
今までタニアに見せた手札だけで、タニアとの膠着状態を作り出す、これが最善の手だろう。
一応私の武器として持ち歩いている、ただの樹木の枝を構える。この枝は長さが私の背丈ほどあり、太さは直径10㎝で武器としては扱い辛い。
前回タニアと相対したときの様に、八星護術という流派の棍術の構えを取った。
「構えましたよタニアさん。何をするのか知りませんけど、お互い怪我の無いようにしましょうね」
「あたしは殺す気でいく。そうじゃないと分からないからね!」
言葉を放つと同時にタニアが凄まじい速さで踏み込みんで来る。
昼間に暗殺者を退けたときの比では無い。
踏み込みで抉られた地面から砂煙を上げながら、矢のように飛び込んで来る。
私の打てる手は、組合長の幻刀なる技の太刀筋を真似る事だけだ。
この手札より下の暗殺者の動作や八星護術では、今のタニアの攻撃を捌く事は出来ない。
幻刀の動きを実際の動作に変換し、タニアの突きの先端を僅かに逸らす。
だが、タニアの攻撃は止まらない。手首を捻って私の棒を巻き込み、私の体勢を強制的に受けに持っていき、手首を狙った斬りおろしを放ってくる。
斬りおろしを棒の中央で受け、食い込んだ刃を挟み込む様に圧迫し、タニアの体勢を右に逸らす。
切り裂かれて丁度二等分になった棒を持ち替えて、タニアからの回し蹴りを受けると、棒が粉々に砕けてしまった。
突然の戦闘だったので、得物の強度をカバーする方法が見つからなかった。
得物なしでの戦闘は不味い。直接タニアや短剣に触れるという事は、様々な事故が予想される。ここはダッシュで逃げるしかない。
蹴りの衝撃を利用して体を回転させ、脱兎の如く背中を見せて走り出す体勢に移行した。
「待て!もう攻撃しないから止まれ!」
タニアの咆哮のような声を受けて私は動きを止めた。振り返るとタニアは短剣を鞘に収めていた。
「私の武器が無くなってしまったので降参したいんですけど、いいですか?」
「勝手にしろ。後で話しがあるから、野営の準備をしな」
何という身勝手なのか。サラリーマン世界でやったら干される事は間違い無い。
まあ、この傍若無人感がタニアっぽくもある。私が数日間に観測したタニアの行動原理からブレてはいない。
野営の準備を淡々とこなし、タニアは焚き火の前に座っていた。
まだ準備の終わっていない私を目で追ってくる。視線が私の肌が露出している部位に集中している。
タニアには百合的な要素は今のところ無い。単純に私の戦闘能力が肉体の何処から発揮されているのか調べていると信じよう。
私の準備も整い、焚き火を挟んで座った。
「お前の正体は分からんが、冒険者としては大丈夫そうだな」
「試されいるのは知ってましたよ。私は合格ですか?」
タニアが溜息を吐き出して、焚き火に枝を放り込む。
「お前、どこまで分かってんだ?」
「八星護術が何か分かってません」
私の設定は外界から出てきたばかりで何も知らないが、他人の動きをコピー出来る謎能力のあるアラサーだ。
本当は大体の事は知っているが、それを説明出来ない以上、無知キャラでいくしか無い。
「八星護術は8の武術をまとめた流派だ。護術と言う通り、自分の身を護るための術だ。金を払えば誰でも習う事の出来るお手軽武術だ」
「タニアさんの剣も八星護術なんですか?」
ギロリとタニアに睨まれる。
「タニアさんってのはやめろ。ガキみたいな見た目して、お前、あたしより年上だろ」
ぐっ、おっしゃる通りです。
確かにヤクトの大人の女性は色々デカい。
携帯端末より重い物を持たなくなって形成され、変化しなくなった貧相な肉体は、未発達と見られて、年齢的に低く見られる事に若干調子乗ってました。
すんません。
「それじゃ、タニア。その剣術は八星護術では無いみたいだね。何なの?」
「あたしのは四星闘術だ。相手を殺すための術だよ。使う奴は殆どいないな。冒険者の武芸は大体我流ばかりだ」
四星闘術は八星護術の祖となった武術だ。四星闘術の技を誰でも扱える様に単純化して、商売として広めたのが八星護術と言われている。
四星の実力は圧倒的で、八星の師範が四星の最下級の門下生に、手も足も出なかったとか。
四星は死星と言われ、人々に恐れられ広く伝わる事は無く、一部の氏族の間で伝承されるのみとなった。
この辺りの情報はヤクトの冒険者組合の重要書類を盗み見て得たものだ。
こんな情報があるのだから、組合長も間違い無く四星の関係者だろう。
私がコピーした幻刀は四星の技だろうから、あっさり真似るのはかなり不味い訳だ。
「それで、四星の技を使う私はどうにかされるのかな?」
「別にどうもしねぇよ。あたしはお前が冒険者として危険地帯に入れるのか見ただけだ。得物を失って逃げた、それでお前は大丈夫だと判断したよ」
立ち向かう事では無く、逃げる事が評価されるとは意外だ。
「見切りのタニアに認めてもらって嬉しいけど、私の正体は調べて無くていいの?」
「冒険者になる奴の過去を知っても意味ねぇよ。お前が血鬼か屍鬼か知らねぇが、冒険者になるなら生き残る力がなきゃ駄目だ。それがねぇ奴が冒険者になるのが許せねぇだけだよ」
真っ直ぐ見返して来る強い眼差しに、一瞬、後悔と自責の念が映る。
しかし、私の正体は血鬼か屍鬼と判断されるようだ。
鬼と名のつくモノは、外界で生まれ育ったヒトの総称だ。
外界にヒトが住んでいたとされる古代文明期に、人為的に生命樹を改変して生まれのが血鬼と屍鬼だと言われている。
他者より生命樹の力を奪う事で巨大な力を使う血鬼と、他者の肉体に自身の生命樹を移す事で、際限無く生命樹を成長させる屍鬼に分類されるそうだ。
この情報も冒険者組合のトップシークレットだ。下手をするとタニアも知らない可能性がある。
「それじゃ、この依頼は継続でいいよね?」
「問題ないんじゃねーの。あたしは最初お前を見たとき、術力の全くない世間知らずのガキだったから、冒険者にするつもりな無かったんだよ。それが訳の分からんカラクリで採取依頼を10個やりやがった。お前の仕込みが見抜け無くて腹が立って色々調べたが、結局お前はあたしより遥かに格上だったわけだ。あたしより手練れなんて腐るほど居るが、ここまで見抜けなかったのはお前が初めてだ。とにかく明日からしっかりやれよ」
なるほど、タニアが私を心配していた事は間違いなかったようだ。やり方が乱暴だから誤解されやすいが、タニアは他者に世話がやけるだけの度量と優しさがある。
「一つ聞きたいんだけど、昼間襲ってきた人達は誰?明日から危険地帯に入るのに、後を追われたら不味いんじゃないの?」
「あいつらは暗殺者だよ。依頼主は色々恨みのある奴なんだろ。気にすんな。それに危険地帯は大丈夫だ。あの手の暗殺者は対人専門だから、冒険者みたいな生存術は持ってないから追って来ない。気をつけるなら帰りだな。ザジが居れば楽なんだけど、10人暗殺者が来たら逃げるぞ」
タニアの冒険者としての経験は深い。良く先を読んでいる。しかし、ザジへの警戒はなんだったんだろうか。
「ザジが敵になる事はないの?」
「あいつは義理堅いから多分大丈夫だ。今回はジジイが雇っているんだろうから間違いは無い。それにあいつは暗殺者専門の暗殺者みたいな奴だから、カタギはよっぽどの事がねぇと狙わねぇよ」
あんな見た目で暗殺者キラーなのか。
今のところ私の知覚内にいるザジには、私達を狙う指令はないようなので、今は気にしないようにしておく。
「じゃあ、安心したので食事にする?黄陽桃あるよ食べる?」
「お前、突然馴れ馴れしいな。いいけど。後、それどこから取って来てんだよ」
色々不満があっても、割り切って先に進めるタニアは大人だ。私には出来ない芸当だ。
この関係性を維持して、ヤクトで安定した冒険者ライフを送る計画は順調のようだ。
―――
夜完全にタニアが寝入った頃、タコちゃんから連絡がある。
テレパシー的な事は出来ないので、秘密裏に連絡を取る場合は、圧覚筆談という手法を取り決めておいた。
様は皮膚に指を触れせて、書いた文字を当てるゲームの応用だ。
右手の甲にタコちゃんからの要件が記述され、私からの要件は左手の甲に書く。
内容はリュー君の探知術の育成状況が、術力探知に関連する箇所を残すのみとなった。
私の知覚では術力を探知出来ないので、元々タコちゃんにお願いする予定だった。
これについてはタコちゃんにお願いする。
それから、タコちゃんからもう一件報告があった。
墜落現場にある術具と、術力が繋がっている術具が近づいているそうだ。
術具の特徴を聞くに、間違い無くタニアの持っている指輪のようだ。
タニアが、組合長から受け取ったものらしいが、かなり慎重に取り扱っている。
私にも指輪の存在は明かしていない程だ。
私は目的の術具が何に使われるものか理解している。正直、暗殺者を雇って奪う物では無い。
私が一番関わりたくない、権力と政治に繋がりそうな予感がヒシヒシと感じられた。




