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欲廻脱出11

 ザジと呼ばれた馭者は、クピトと呼ばれる種族だ。


 背丈はあまり高く無く、140cm位の体格だ。顔のパーツもネズミやウサギに近い感じで、全身を短い毛が覆っており、頭髪は長く伸びている。


 クピトは文化界の中で迫害の歴史が長く、今現在も真っ当な職につける者は少ないようだ。


「お嬢ちゃんがユズカかな? ザジが目的地まで運んであげるから、よっろしっくね〜」


 ポンチョのような服の下から毒の匂いをさせながら、ザジが明るいトーンで挨拶をしてくる。

 かなりの量の毒を様々な手法で使用できる装備をしているにも関わらず、感情に悪意や敵意が混じらない。

 これ程の装備でも普通の備えなのか、または特殊な訓練を受け感情を隠しているのか不明だが、ただの馭者では無いようだ。


「ザジさん、よろしくお願いします。目的地は依頼の通り、南の炭焼き小屋の奥です」


「おやぁ〜、ザジに気を使うヒトなんて、めずらしいねぇ」


 ザジと話しをしていると、タニアが近づいて来た。


「おいユズカ。荷物の中身を見せろ。山越え出来る装備が揃っているか確認する」


 そういう事は、獣車が来る前のだんまりタイム中にやっておいて欲しかった。

 獣車の裏に来いというアゴだけのサインを出して、タニアが行ってしまった。

 かなり失礼な態度だが、新米冒険者の私として従っておく。これ以上の関係悪化は避けたい。


 私が背負っていた荷物をおろすと、タニアが顔を近づけて来た。害意や敵意は無い、むしろ若干の警戒と緊張を感じる。


「ザジにはあまり近付くな。死ぬぞ」


 そう耳元で囁いた。

 その言葉には嘘が無い。どうやら私に対して本気の忠告をしている。

 ザジとタニアの関係は温かいモノでは無いようだが、それより以外だったのは、タニアが私の身を案じている事だ。

 今は細かい事を確認する余裕はなさそうなので、一先ず忠告を受け入れる。


 私は瞬きで返事をしてから荷物を開いた。


「タニアさん、荷物の確認は獣車が来るまでに出来たんじゃないですか? やるなら早く言って下さいよ」


「駆け出しが口答えするな。今ある水と食料を見せろ」


 話しの流れが自然になるように、タニアに若干反抗しつつもやり取りを進めた。


 荷物をまとめると共に獣車に積み込みを行い、出発の準備を整えた。


「ザジさん、準備できました。出し下さい」


「あいよ〜」


 ザジの軽い返事と共に獣車が動き出す。

 獣車を引く四足獣は、毛の長い牛のような見た目だ。速度よりパワーを重視する仕事に使われる(ゴス)と呼ばれる獣だ。


 南の山に入るルートは街道沿いに南下して、農村地帯を抜け、山の中腹にある炭焼き小屋を目指す。


 獣車の中ではタニアが警戒している気配がビシビシと伝わる。近くと死ぬと言った事にはなんの誇張もないようだ。


 私も不用意にザジに近づく事は避けている。

 毒への対処が難しいからだ。


 外界に居た頃、周りの動物は多種多様な毒を持っていた。どの種類の毒がどういった失調を引き起こすのか、動物同士の生存競争の中では把握している。


 問題なのは、一般的なヒトが毒を使用された場合、どうなるのかはっきりとは理解していないことだ。私に毒が効かない以上、毒が効いた振りは出来ない。


 仮にザジが毒性のある気体を広域に散布した場合、私には毒が効きませんでしたとなる。

 その場合、後の対処に困る。

 ザジは組合長が差し向けた刺客と見ていい。毒を大量所持して、一流の冒険者が警戒するほどなのだ、ただの見張りという事は無いだろう。

 刺客が必殺の毒を使用して効かないとなると、私への警戒レベルは一気に上昇する。


 私への興味や追求がこれ以上増えないように、ザジには毒を使用させない方向で対処するしかない。


 特に危険もない街道を獣車が快調に進む。


 ザジはとにかく話しをするのが好きなようで、聞いてもいない話しをアレコレとしてきた。

 自分の事も良く話し、冒険者時代のタニアといっしょに依頼を受けた話しや、最近ハマっている事など、2時間は話し続けた。


「そろそろお昼ゴハンにしなーい? 近くに村があるからそこで休憩しよ〜よ」


 ザジが休憩の提案をして来る。

 時間は昼前で丁度良い。私の見立てではザジもタニアもそこそこ空腹だ。生き物の生理現象は私に筒抜けなのだ。


「そうですね。お昼にしましょうか。あの村で停めて下さい」


「あいよ〜」


 ザジの提案に乗る形で一旦休憩にする。

 農村の入り口で村人に確認を取り、獣車を停めてる。場所は放置してある畑の脇にある掘っ建て小屋の前を借りた。


 ザジはタニアに警戒される事が織り込み済みなのか、昼食の間はほとんど接触してこなかった。


 それぞれ別々に食事を済ませ、そろそろ出発と思っていたとき、事件が起こった。


 この村に私達より前に入っていた旅人3人が、掘っ建て小屋に向かって真っ直ぐ迫っていた。


 私はこの3人がどういう経路でこの村に入ったのか知っている。完全にバラバラの方角から来ており、村の中でも、今の今まで怪しい素振りは無かった。

 全員男で、3人の間で連絡すらなかったので、完全に警戒の外だった。


 タニアとザジも旅人の接近に気が付いたようで、既に警戒態勢に移行している。


「なんだお前ら。なんか用か」


 タニアが問いかけるも、旅人は答えない。


 私の知覚は旅人が術の発動に移行していることを認識している。

 タニアとザジは術力を感知出来るようなので、既に反撃しようとしている。とりあえず今のところザジはこちら側のようだ。


 旅人の1人から高温の火球が発射され、高速でタニアに迫る。


 タニアは慣れているのか、火球のスレスレを躱して熱気は流体操作と思われる術で受け流している。

 火球の影から一気に踏み込み、旅人までの間合いを詰めて、股間を凄まじい速さで蹴り上げる。


 旅人は弧を描くように後方に吹き飛ぶ。余りの痛みに気を失っている。


 タニアが2人目に間合いを詰めようとしたとき、ザジからは吹き矢の針が発射されていた。

 流れるような動作でストロー大の吹き矢を取り出していたザジは、一番奥の旅人に狙いを付けていた。


 針のように細い矢が刺さると、旅人の体が硬直して動かなくなった。体を麻痺させる毒が矢に仕込まれている。


 最後の1人をタニアが地面に倒すまでにかかった時間は10秒程度だ。

 タニアとザジ2人の戦闘力が高い。並みの相手ならば瞬時に制圧してしまうだろう。


「ザジ、こいつらが何者かわからんが、後始末はお前の仕事だろ。ジジイから貰ってんだろうから、しっかりやれよ」


「やるよ〜。タニア運ぶの手伝ってね」


 私の知らないところで、小競り合いが起きているようだ。

 白鐘の家からの依頼をヤクトの管理者から冒険者組合が引き受けている。その依頼を妨害しようとしている勢力があり、ザジはその迎撃要員として雇われたようだ。

 私を狙っているわけではないようなので、一先ず安心した。


 しかし、ヤクトのほぼ全ての情報を把握していたと思っていた私としては、ちょっとショックだ。


 確かに私が追うことの出来ない情報はある。

 術や術具を介した情報伝達は、全く知ることが出来ないのだ。


 白鐘の家と敵対する何者かは、術を使って交信や情報を残しているのであれば、私からはノーチェックとなる。


 獣車の近くに集められた3人の旅人は、ザジの自白薬によって情報を喋らされる。


 3人とも雇われの暗殺者で、依頼者の情報は何一つ持っていなかった。

 ただ、目的ははっきりしており、黒紫色の卵型の術具または、紫の石が入った指輪型の術具を探しているらしい。


 指輪型の術具という情報は始めて聞いたが、その在りかは知っている。


 タニアが組合長から依頼に使用する資金として渡された銀貨入りの袋の中に入っていた。

 てっきりいざとなったら売る用の換金アイテムだと思っていたが、この依頼に関わる重要な品のようだ。


 タニアは指輪を取り出したりしなかったが、革製の袋を意識していることから、暗殺者の狙いの品なのだろう。


「ザジはコイツらの依頼主を調べるから、馭者のお仕事はここまでかな〜。2人はしっかりしてるから後は歩き行けるよね〜」


 なんだかあっさりといなくなるつもりらしい。

 私としても対処に困るヒトに居なくなってもらった方がやりやすい。


「ザジさん、後は歩きで行けるので、ここまでで十分です。ありがとうございました」


「いや〜、ユズちゃんは礼儀正しいねぇ。君とはまた会いそうな気がするから、また会ったらよろしくね」


 ザジの言葉にタニアが顔をしかめる。


「じゃあな。ザジ。ジジイに余計なことすんなって伝えとけよ」


 それだけ言うとタニアは荷物を持って歩き出した。

 私に、来いというハンドサインを出して、スタスタと行ってしまった。


 私はタニアの後を追い。村を出て山へと入った。


 標高の低い場所は、木々が生い茂り昼間でも暗い。炭焼き小屋に続く道は、獣道のように細く頼りない。


 この辺りはまだ地脈があり、危険な動植物は居ない。

 炭焼き小屋を越えて谷に差し掛かる辺りから、急激に地脈が無くなり、環境が激変する。


 地脈がいきなり無くなる場所を地脈の谷と言い、ヒトの生活圏と危険地帯が近く、事故が起きやすい。


 ―――


 黙々と歩いたため、炭焼き小屋の奥の谷に入る前までやって来る事が出来た。

 私の計画ではここで野営した後、明日の朝から危険地帯に入る予定だ。


「タニアさん、この辺りで野営します。いいですか?」


 そう話し掛けると、タニアは荷物をドサリと地面に落とし、短剣を抜いた。


「構えろ。修練場の続きだ」


そう言い放つと、タニアから緊張と期待が伝わって来た。

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