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欲廻脱出10

 タニア同伴で依頼を受ける事になったので、普段行っている依頼スタイルは全く使用できない。


 道の全く無い起伏の激しい危険地帯に遠征するので、一般的な冒険者がする様な準備が必要となる。


 目的地までの足の確保、登山装備、野営道具、食料に水、武装等、準備しなければならない物が多い。

 いきなり買い揃えると、今までの依頼はどうしていたのかという疑念を持たれるので、草や木を使った自作の物を用意する。コレ毎回作って使い捨ててますアピールで押し通る。


 食料関連は保存食も購入し、遠征準備と当面のリュー君の食事に当てる。

 南の山林付近までの獣車も手配しておく、何も無い場所に向けての移動なので、乗り合い獣車など無い。

 冒険者組合が懇意にしている運送業者が利用可能なので、予約をしておいた。

 重要度の高い依頼は、優先して獣車が使用出来るので、私の様な駆け出し冒険者でも簡単に信用してもらえた。


 依頼の内容については、ある意味達成していると言っても過言ではない。

 例の術具は一旦私が持ち出して、タコちゃんに預けていたのだ。

 今は墜落現場に、様々な仕込みと共に戻してある。


 問題は依頼の成否では無く、タニアが確かめようとしている内容だ。


 私の正体というのであれば、カタログスペックを知られる訳にはいかない。

 直径36kmの範囲なら一瞬で跡形も無く消す事が出来る。あの強化された森で可能だったのだから、一般的な強度の文明界に及ぼす影響は計り知れない。

 世界の敵認定され、ありとあらゆる撃滅方法が試されるに違い無い。


 なんとか舐められ無い程度の穏便な印象で留めたい。

 咄嗟の事とは言え、組合長の幻刀とかいう技をパクったのは不味かった。リアル武道、武芸の感性など全く無いので、当てない攻撃に意味を見出せる訳が無い。

 まさかの高等技術をあっさりコピーして、警戒度を爆上げしてしまった。


 とにかく、劣化コピーで闘う割と無害な使い手として認識してもらえるように、根気強くいくしか無い。


 リュー君とタコちゃんに数日分の食料を届け、私が不在の間の対応を決めるために、早々に帰る事にした。


 私の帰る先と依頼によって向かう先はほぼ同じなので、誰にも見られないように帰りも透過を使う。

 タニアを置いて依頼先に一人向かえば、最大級の不信感を生むだろう。


 本来は透過を使用したくない。冒険者組合を出て以降の足取りを、誰にも知られていないという事実は異常だ。

 私には誰にも見られなくなる能力が備わっていると言っているようなものだ。

 タニアは私に対して、まだ何か得体の知れない能力を隠していると思っているだろう。

 払拭しないといけないのは、そういう所だ。


 ――


 私が2人の元に帰り着いたとき、そこには誰もいなかった。

 まあ、タコちゃんから事前に聞いていたのだが、リュー君の発作がまた発生したらしい。


 現在は諸々の処置を終え、近くの川でリュー君のクールダウン中だ。


 タコちゃん調べによると、リュー君の発作のトリガーは、特定周波数の音にあるらしい。

 まだ音の特定には至っていないが、外部からの音で様々な暗示を引き起こす事が出来る痕跡が見つかった。

 更にある音にさらされていないと、一定時間で発作が起きる事もわかった。


 ヒトを道具に作り変える事になんの躊躇も感じられ無い。

 この所業の主は、長い時間同じ事を繰り返し、もはや息を吸うのと変わりない行為に至っている節がある。

 白鐘の家という組織が何なのか、今私が得られる情報の中には無いが。欲国に長く根付いている事は間違い無いようだ。


 朝食を食べながら今後の予定を2人に説明する。

 依頼も含めて全ての事柄が、私の知覚圏内で完結するので特に問題は無い。

 何か不測の事態が起きても、形振り構わなければ、秒で現場に至る事が出来る。


「あの、ユズさん、後で探知術を見てもらってもいいですか?」


 リュー君が昨日から自分の生命樹を見ては、育成内容を思案していた事は知っている。

 訓練場以外での術の使用禁止を守り、その範囲で出来る育成へのアプローチをしている。


 かなり真面目な子だ。

 少しクソ真面目過ぎる点が心配でもある。何かを信じると盲信に至る可能性がある。


「いいよ。私も探知術に役立つ面白いものを見せてあげるよ」


 ―


 訓練場は元々木の少なかった場所を私が整地して作った。

 この場所を作った当初の目的は、航空機の着陸場所だった。飛行船タイプの航空機が主流のようなので、垂直離着陸出来る最低限の広さを確保してある。

 救助か追跡か目的はさておき、リュー君を探す空からの来訪者はあるものと思っていた。

 結局、今をもってしても、訓練以外で使用された事は無い。


 リュー君は、私の前5mの位置に立ち、探知術を展開している。探知領域を糸のように細く伸ばし、自分の周りを取り巻くように漂わせている。

 探知の糸を結界のように纏い、訓練場の端まで径を広げる。


 なるほど良く考えている。

 限られた探知領域を効率的に広げるため、球状の蜘蛛の巣のように展開している。

 地面の中や空飛ぶ鳥の探知も、今の形態でクリアするつもりのようだ。


「なかなかいい感じに工夫したね。その探知の効果を確かめてみようか」


 私の提案で簡単なゲームを開始する。

 ルールは簡単で、背後から私の投げる小石を躱すというものだ。


 当たる石、当たらない石を織り交ぜて放物線の軌道で投げるが、リュー君は事前に位置を変えるだけで躱す。

 探知の糸に出来るだけ触れないように投げた石も、空気の動きで察知出来るようで、糸の配置を絶妙に動かし、軌道を見切られてしまう。


 まさか一日とちょっとで、ここまで探知を使いこなすとは思わなかった。

 生命樹の探知に関する枝864本全てに育成が及んでいる。まだ、枝全てが現在の育成限界に到達している訳ではないが、探知カンストは時間の問題だ。


「探知を良く使いこなしているね。凄いよリュー君」


「ユズさんが言った飛ぶ鳥の探知は形を変える早さを得るためで、地面の下は探知感覚を音や匂いにも変化させるためだったんですね!こんな探知の使い方があったなんて驚きです!」


 もはや子供特有の集中力と創造性が作用した領域にはない。リュー君には能力を使いこなす天賦の才がある。


「じゃ、さっき言った探知の面白情報を教えるね。こっちを向いてもらっていいかな」


 私の対抗心というか悪戯心が難題を突き付けたくなっている。


「今からある事をしてリュー君の背後に周り込むから、体の向きを変えてそれを阻止してね」


「わかりました!」


 リュー君の了承と共に、透過を使用して背後に周り込む。無防備な背中を木の枝で突きながら透過を解除する。


「はい、リュー君の負け」


「えぇ!う、うわぁ!」


 突然背後に現れた私に驚き、リュー君が転げまわる。


「これは今までの探知では捕らえられないけど、ある方法で見破られた事があるよ。まあ、暇な時に考えてみるのも面白かもね」


 ユズツー使用時の事ではあったが、武国の狩猟元帥には術具の物量作戦で探知されてしまった。


「今のは何かの術なのですか? 」


「私は術を使えないよ。今のは気付かれないように近寄っただけ。ほら、足跡が残っているでしょ」


 足跡に気がついたリュー君が色々と探知を巡らせ、何か思案を始めた。


「私は用事で何日かいないから、まずは探知の育成を完成させておいてね。何かあったら直ぐ戻ってくるから、危険を感じたらタコちゃんの近くに居てね」


「わかりました…」


 私の透過でショックを受けたのか、少しトーンが下がり気味だ。


「私の用事が済んだら、ヤクトの町に行こうか。リュー君に会いたいって冒険者がいるから、気分が乗るらな考えといてね」


「ぼ、冒険者の人ですか!会ってみたいです!」


 リュー君の冒険者への憧れはかなり強い。タニアからのもう一つの条件もなんとかなりそうだ。


 ―――


 リュー君が探知の育成に集中している間、私は依頼に必要な冒険者装備一式の作成をした。

 ヤクトの冒険者が同じような場所に挑む際の装備を参考に、草や木や石で道具を作成した。

 道具のクオリティは、やり過ぎても駄目だ。職人芸が光っては、私の能力が高く評価されてしまう。


「ユズ、我々の準備は整った。リューに暗示をかけた術者の捜索は、我々のやり方で問題ないのだな」


 墜落現場や依頼の目的である術具への仕込みは、タコちゃんに大いに協力してもらった。


「タコちゃんの一番やりやすい方法でいいよ。私からお願いしてる事だし、タコちゃんにも利がないと駄目だと思うよ」


 タコちゃんは文明界の文化には興味がないが、技術や知識に関しては興味がある。

 目的の術具から、タコちゃんの欲する何かの片鱗が感じられたようなので、得たいものがあれば何でも持って行ってもらう。

 そもそも、タコちゃんが何かを得るために私の許可が必要になる事など無いが、どうも一種の遠慮がある。

 珍しくタコちゃんから要望があったので、私としても全力で報いたい。


 白鐘の家には、国家単位すら超えた大きなモノが関わっている予感がする。


 ――――


 いつも通り朝4時に冒険者組合に到達した私を、仏頂面のタニアが待ち構えていた。


 獣車の待合所でも言葉を交わす事無く、ひたすらに獣車が来るのを待つ。


 やがて軽快な車輪の音を立てながら、幌付きの獣車が目の前で止まった。


 馭者台からネズミのような顔がひょっこりと現れる。


「いんやー、タニア久しぶりだねぇ。ゲンキしてた?」


「馭者はザジかよ。ジジイも余計な事してくれたもんだ」


 どうやらお2人は知り合いのようだ。


 ザジと呼ばれた馭者が青い瞳で私を見る。

 穏やかな表情から私への敵意は感じられない。


 ただ、馭者から漂う複数種の毒の匂いが、表情や感情から察する事が出来ない害意を私に伝えていた。

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