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欲廻脱出8

 ヤクトの権力者に出された指示は、墜落した飛行艇から術具を回収する事のみだ。

 飛行艇の乗員への配慮はまるで無い。死亡している事が確定しているようだ。


 飛行艇の墜落した場所の詳細は掴めていないらしい。捜索はこれからだが、一般人がホイホイ行き来出来る場所ではないことは確定のようだ。


 私達がいる場所もそうだが、この辺りの山林は一般的に危険地帯なのだ。

 なんでも地脈の有無が大きく関係しているらしい。

 地脈のある土地では、あらゆる生物の生命樹が安定して生育するらしい。過剰な力を持つ生物が自然発生する事はなく、安定した生態系が構築される。

 対して地脈の無い土地では、生命樹が無秩序に生育され、生物の突然変異が起こり易く、変化の激しい過激な生態系となる。

 無地脈地帯の最たる場所が外界だ。あの広大な場所には、一切の地脈が存在していないらしい。


 無地脈地帯に入り、生育する特異な動植物を持ち帰る事は、主に冒険者の仕事だ。

 私のやっている採取依頼も、ほとんどが無地脈地帯に入る前提となっている。


 今回の飛行艇墜落に関する調査、回収のほとんどが、冒険者への依頼になる事は間違い無いだろう。

 掛けられる報奨金にもよるが、早ければ5日後には墜落現場に到達する冒険者が出るだろう。

 それまでにこの術具の処遇を決めておかなくてはならない。

 基本的にあの白装束には関わりたくない。欲国の中でも、相当に権力を持っていそうな連中だ。

 武国の時のように、国家レベルの何かと関わると、後始末が面倒なのは分かりきっている。

 ただ、唯一関わらなければならない理由がある。

 リュー君の暗示を解除する手掛かりを見つける事だ。


 暗示は術によって付与されるが、効果が刻まれるのは被験者の精神だ。精神の構造が変えられているため、簡単に戻す事が出来ない。

 暗示はリュー君の精神と表裏一体に刻まれており、仮に片面の暗示を破壊したならば、もう片面の精神も破壊される。

 結局、暗示の刻まれた面に到達しないように経路を断たねばならないが、断つべき経路を知るのは、暗示を施した術者だけなのだ。

 術者を特定し解除の鍵を聞きだす事、これを白装束の連中から辿らなくてはならない。

 あちらの目的ははっきりしているので、術具を餌に術者を釣る事にした。


「リュー君、ちょっとこっちにきてー」


 訓練場の端で探知の虜になっているリュー君を呼ぶ。

 ヤクトでの滞在が増えそうなので、留守中も滞りなく育成が進むように、早めに追加の指示をしておく事にした。


 私に呼ばれて、リュー君がパタパタと走って来る。探知が楽しくて仕方がない顔をしている。


「なんでしょうかユズさん」


「リュー君は探知の覚えがいいから、追加の訓練法を教えようと思うんだけど、いいかな?」


 照れたような表情で、自分の角の先を指で挟んで弄っている。

 人には色々な癖があるが、リュー君の場合は感情が昂ぶっていると角を触るようだ。


「はい! お願いします」


「それじゃ、まず、探知術の向き先を上や下にも伸ばすようにしてね。一見何もないように思える場所でも、探知を使えば見えてくるものがあるから、気が付いた事があれば夜に教えてね。後は訓練場の上を鳥が飛ぶ事があるから、それを探知してみてね」


 指示した内容が正確に達せられれば、育成の及んでいない探知精度の枝は無くなるはずだ。

 ただし、探知術に対する理解が不足していれば、達成は困難な内容になっている。その辺りはリュー君自身の気付きに任せるつもりだ。


「わかりました! 探知の訓練凄く楽しいので、夜までずっとやってもいいですか?」


「いいけど、疲れたり気分が悪くなったら休憩してね」


「はい!」


 いい返事と共にリュー君が訓練場の端に戻って行く。早速新しい訓練法を試すようだ。

 私は術に関する消耗を感じ取ることはできないが、体への影響は把握できる。最小の術力使用となる枝しか育成していないので、術を継続使用しても体にかかる負荷はほとんど無い。

 このままいけば、高精度の探知を常時展開出来るようになるだろう。


 ーー


 空が夕焼け色に染まる頃、ヤクトの冒険者組合に飛行艇墜落現場から術具を持ち帰る依頼が伝えられた。

 依頼は欲国の中枢からなので、信頼のおける冒険者に担当させたいというのが組合長の希望だ。

 ヤクトで一番信頼の厚い冒険者はタニアだ。組合長がそれとなくオファーしたが、タニアは頑として冒険者業に戻ろうとはしない。


 タニア自身は、私の事で頭がいっぱいのようだ。

 約束の依頼をタニアのいない場で達成して、何の挨拶もなく次の依頼を受けた事に怒り心頭らしい。

 私の情報を調べ回り、黒剥がしの冒険者に金を払って町や街道の監視までしている。私の居場所が分かり次第、凸るつもりのようだ。


 そろそろ本格的に関係修復しないと、ヤクトの町が使用不能になってしまう。


 冒険者組合のある別の町は、私の知覚圏内に無い。ヤクトから北に進むと、巨大な川があり船の中継地点となっている町がある。そこまで行けば冒険者組合はあるが、今の様な日帰り採取クエストで日銭を稼ぐような事は出来なくなる。


 面倒ではあるが、タニアへの歩み寄るつもりだ。最悪、抉れて関係修復不能になった場合は、拠点の引っ越しで夜逃げすれば良い。


「ユズさーん」


 まだ日没までには少し時間があるが、リュー君が戻って来た。


「流石に疲れた? 今日の訓練は終わりにしようか」


 肉体的な疲労はあまり見られないが、精神的な疲労や私の認識出来ない術的な疲労はあるかもしれない。

 別に無理して早く育成を進める必要はないので、リュー君のペースに任せる。


「いえ、訓練はまだ出来るんですが、その、食事の作り方を教えてほしいんです」


 それほど空腹では無いところを見ると、食事が無償で提供される事に居心地の悪さを感じているのだろう。自分の食べる分は自分で何とかしたいので、私から習いたいという事のようだ。

 子供の内は大人の脛をしっかり齧っていれば良いのに、リュー君には余剰の気遣いが溢れている。

 まあ、私に教えさせるという手間が考慮に無いので、発想は子供らしい。


「いいよ。今晩の食事はいっしょに作ろう」


 食料を美味しく調理する方法は、リュー君の今後にプラスになるはずなので協力するつもりだ。調理技術や味付けは、ヤクトの名店からパクったものなので安心だ。私の元々の料理スキルはお湯を沸かすのみだったので、外界でリュー君に出会っていたら食事はやばかったに違いない。


 ユズカ流料理術の基礎はヤクト式だが、切る焼く煮る蒸すといった工程は、全て素手で行うというワイルドスタイルなので、リュー君には別途、料理インフラを用意した。

 後に本人の技術として習得してもらうためには、素手による加熱というトンデモ手法があってはならないので、火起こしなども後ほど教えるつもりだ。


 料理自体は驚くほどあっさり完成した。これはリュー君の才によるものだ。

 リュー君は探知の訓練中に、自分の体の動きを探知していた。これは私に言われたからでは無く、自発的に実施していたのだ。

 自身の動きを把握する事で、より精密な動きが可能になり、動作による失敗を軽減していた。これは料理においても発揮され、教えた事の再現度が高く、失敗無く事が運んだ。


 料理は味が重要だ。手順どおり作ったので味にブレは無い。ここから発展もないが、スキルとしての料理であれば十分だろう。


「ユズさんはどうして何でも知っているんですか?」


 食後のまったりタイム中にリュー君から妙な質問がある。


「なんでそう思ったのか知らないけど、私は何にも知らないよ。術も使えないしね。ただ、昔、死ぬほど暇な時間があったから、色んな事に私なりの答えを出しただけだよ」


 リュー君はキョトンとしている。


「リューの言いたいことは理解できる。ユズには我々やお前とは違う高次の力がある。我々からすれば万能に思えても、ユズからすれば取るに足らない事だ。だが、それは結局個体の差に過ぎない。ユズもリューも我々も同じ領域にあるのだ」


 タコちゃんの言葉は、リュー君の腑に落ちたようだ。相変わらず理解の深さが違う。全知というならタコちゃんの方が相応しい。


 そんな話をしていると、リュー君から微かに異変を感じる。当人はまだ気がついていないが、例の発作の初期症状だろう。

 前回はいきなりだったので、事前に察知出来なかったが、一度知ってしまえば匂いで丸わかりだ。


「タコちゃん、リュー君をお願いするね」


「了解した」


「えっ!なんですか?」


 リュー君が話終わると同時に、タコちゃんとリュー君が消える。

 例の処置は、タコちゃんが居れば何とかなるので、リュー君の羞恥心に配慮して、私の知覚圏内の外で致して頂く事にした。

 タコちゃんとリュー君であれば、転移術で門を移動する事が出来るので、今頃は白竜山脈のどこかだ。


 私には服があるので、タコちゃんとの連絡はすぐに可能だ。

 そうは言っても一人になる事は久しぶりだ。


 私がこの転移を提案した理由には裏がある。私が一人になった時どうなってしまうのか知りたかった。

 一度、全力で暴れた経緯があるので、自分でも不安だったが、今は我を忘れて暴れる事はないようだ。


 久しぶりに空を見上げると、あの森にいた頃の星が変わらずにあった。



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