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欲廻脱出5

 私は夜の闇の中を高速で駆け回っている。冒険者組合で受けた依頼を達成するため、人のいない山野を巡って依頼品を採集している最中だ。

 既に発見済みなものを集めて回るだけなので、9件の依頼品を集めるために要した時間は10分足らずだ。

 集めた依頼品を確認し、カバンに詰めた。

 報酬を受け取り、新たな依頼を受けて、朝市で買い物をするために、再び町を目指す。


 道中、リュー君の身に起きた事について思考が巡る。

 3日も町の情報を得ているわけなので、多種多様な肉欲の饗宴を把握している。今、町で行われている情事の数、内容、組合わせを正確に述べる事が出来る。ただ、それらは純粋な情報であり、私の心に何も響いてこない。

 一方でリュー君の痴態を見て、正直ドキっとした。同じ空気の中、目の前で展開する出来事は、私の心に届きやすい。

 ただ、心に届いたものはエロスでも妄想でもなく、苦しみから助けたいという庇護だった。

 故郷に居た私は、妄想をこよなく愛する、周りに興味を持たない、自己完結型の人間だったはずだ。あの森から今に至るまでの経験で、私に共感力が備わったようだ。

 ヒトは現実と思っていないものに、無責任に、無関心に、無慈悲になれる。

 私は今という時を現実だと感じているのだ。


 ーーー


 夜が明ける前から、町の周辺には人の往来がある。交易都市だけあって、お金と商品の流れが止まる事はない。


 冒険者組合の酒場には、酔いつぶれた冒険者と早番の組合員である老人が居るだけだった。

 事前に知っていたがタニアはいない。朝食を作くり始める6時まで来ないシフトになっている。

 酒場の入り口を入ると、キセルでタバコの煙を薫せる老人が片眉を上げてこちらを見た。


「なんじゃ嬢ちゃん。ここは子供の来るところではないぞ」


 微かに嘘の匂いがする。この老人は私が冒険者であることを知っている。更に妙な気配を向けて来る。


「私は冒険者なんです。依頼品が揃ったので、達成報告に来ました」


「タニアが子供を冒険者にしたと聞いたがあんたかの?」


 この爺さんが私の事を知っていて、すっとぼけた理由は不明だが、話が通っているなら問題ない。


「私は別に子供では無いですが、昨日冒険者になりました。依頼の確認をお願いします」


 鉱石、木の皮、種、植物の株、きのこといった依頼品を、依頼票といっしょに並べた。


「ほう、随分と急ぐ子じゃの。そう焦らんでもタニアは来たりせんから、心配せんでええぞ」


 タバコを咥えたまま、頭頂部まで禿げ上がった頭を掻き、ギョロギョロとした目で依頼品を確かめる。


「別にタニアを呼んでもいいですよ。昨日した約束の答えがその依頼品なので、存分に調べてもらって、疑いを晴らしたいですから」


 老人は私の話を聞いていないふりをしながら、レンズを使って鉱石を調べている。


「なんじゃ? なんか言うたかいの? 品を調べとるから後にしてもらえんかの」


 とことん狸じじいを決め込むつもりのようだ。意図がわからない分、タニアより厄介かもしれない。

 この老人は、この町ヤクトの冒険者組合長なのだ。素性をはっきりさせる情報が町にほとんど無いが、その昔、高位の冒険者だったという噂がある。

 長として冒険者同士のいざこざを諌める事が多く、老獪なやり口で、血の気の多い冒険者達をまとめている。

 先程から向けられている気配は、私を攻撃しようとするものばかりだ。爺さんが隠し持っている12本のナイフで私を切りつけるフリをしてくる。実際に動く訳では無く、頭から発生した命令が四肢に届く前に打ち消している感じだ。

 何か意味があるのだろうか。冒険者の新米に行う通過儀礼にしては物騒だ。


 物騒なナイフの気配が止み、老人はどっかりと椅子に座った。


「依頼品はどれも問題ないのう。報酬は全部で銀貨12枚と大銅貨3枚じゃ。それと、タニアが渡し忘れた冒険者証も渡しておくぞ」


 カウンターの上にコインと、人差し指くらいの長さの木札が置かれる。

 冒険者の証である木札には、位を表す石が埋め込まれている。私の石は一番最下級である青色だ。

 特殊な術の炎で冒険者の情報を刻印する際に、石が変色するのだそうだ。名前と番号しか刻印されていない石は殆ど変色しないので、石本来の青色のままだ。


「冒険者証ありがとうございます」


 お礼を言ってコインと木札を受け取ると、すぐに次の依頼票を確認だ。採集依頼が2件追加されている事は把握しているので、即座に受注する。


「しかし、忙しない嬢ちゃんじゃな。焦りは命を縮め、稼いだ金も全部無駄になるやもしれんなあ」


 そんな回りくどい説教じみた事を言いながら、受注は簡単に受けてくれる。よくわからない爺さんだ。


「私は危険な事はしない性格なので、心配無いですよ。出来もしない事はやろうともしないですから。タニアには約束は果たしたとお伝え下さい」


 色々な精神攻撃で苛立ってしまったようで、捨て台詞のような物言いをしてしまった。収入源である冒険者組合とは、関係性を良くしておきたいので、どうにかしたい。

 緊急クエストでも出してくれれば、一番乗りで解決するのだが、現実は甘く無い。


「タニアには儂から言うておこう。嬢ちゃん用に採集依頼を増やしておこうかの」


 実は意外と関係が悪くないかもと思いながら、冒険者組合の建物を出た。


 リュー君が起きるまでには帰り着かないと、昨日の一件が尾を引きそうなので、買い物もそこそこに、帰路に着く。


 ―――


 リュー君が起きる前に帰って来ることができたので、朝食の準備でもしておく。

 料理など全くした事はないが、ヤクトの町の全飲食店の情報があるので、この土地の美味しいものは、素材が許す限り再現できる。


 料理の匂いが辺りに広がる。

 食欲中枢を刺激されて、リュー君の意識が覚醒に向かう。

 昨日買った薄緑のフード付きローブをリュー君には着せてある。山の中は朝晩冷えるので、寝具も兼ねたチョイスだ。


 全く今までと異なる環境で目覚めると、誰しも焦ったり呆けたりするものだ。

 リュー君は上体を起こして、ぼんやりと虚空を見つめている。

 不意にリュー君が顔を伏せて、背中を丸めて縮こまる。昨日の出来事を思い出してしまったようだ。

 耳まで真っ赤に染めて、限界まで体を小さくしている。自分の意思ではないとは言え、あれほどの痴態を晒してしまったのだ。羞恥心の回線が焼き切れるほど恥ずかしいだろう。


 しばらく誰にも会いたくないだろうが、ここは強制的に立ち直って頂く。


「リュー君、食事ができたよ。美味しい肉が焼けてるから、こっちで食べよう」


 本能で負ったダメージは、別の本能で癒す。

 リュー君の身体情報を完全把握している私は、かなりの空腹状態である事を知っているのだ。育ち盛りの子供が、空腹状態で肉を我慢できるわけない。

 軽く風を起こして、肉の匂いをリュー君に流すと、盛大に腹の虫が鳴るのが聞こえた。どうやら、効果は抜群のようだ。


 ダンゴムシの様に丸くなっていたリュー君が立ち上がり、フードを目深に被った状態でヨロヨロとこちらにやって来る。


「タコちゃんとリュー君は、そこに座ってね」


 ダイニングテーブルとイスは、石を成形して作っておいた。他に肉焼き用のプレートや、食事を盛るボウル、水瓶等も岩石から削り出した。

 私の指紋は、石をサンドペーパーの良いに削り取る。細かい加工も可能なのだ。


 肉を熱した石プレートの上で焼き、塩と香辛料で味付けする。焼き加減や味付けは、ヤクトの人気大衆食堂をまるパクリだ。

 熱いプレートの上に、サイコロ状に切った焼き肉を乗せて竹串を刺して完成だ。これもヤクト流の食べ方だ。


 テーブルの上にヤクト流焼肉をドンと置く。

 まだ吹っ切れていないリュー君がもじもじしているので、私が食事を先制する。


「いただきまーす」


 そう言って、竹串に刺した肉を口に運ぶ。

 脂は少なめだが、臭みも無く味がしっかりしている良い肉に仕上がっている。


「やっぱり肉は美味しいね。リュー君も食べたら?」


 空腹と旨そうな匂いに心揺さぶられ、リュー君が竹串の肉を口に運ぶ。フードの奥の顔がパァァと晴れて、肉をモリモリ食べ始めた。

 とりあえず気は紛れたようだ。他に用意していたチーズフォンデュ的なものや、芋餅的なものも好評で、あっという間にテーブルの上は、空の器だけになった。

 タコちゃんは、お茶に興味を示したようなので、淹れ方をレクチャーすると、直ぐに人数分用意してくれた。


 食後のお茶を飲んでいると、リュー君が新しい服になっている事に気がついたようだ。


「ふ、服、ありがとうございます…」


 服は昨日の出来事を連想する事だが、お礼をすることを優先する程度には、精神が回復したようだ。


 しばらく服を見ていたリュー君がおもむろに立ち上がる。ローブを胸までたくしあげて、下着を確認すると、いたく感激した様子だ。

 下着は何故かフンドシしかなかっのだ。ヤクトの土地柄なのか、老いも若きも男も女も大体フンドシなのだ。


「こ、これ!フンドシですよね? かっこいい!前から憧れていたんです」


 どういう環境に生活しているとフンドシに憧れるようになるのかは不明だが、尻尾にかからないようにローライズ気味に装着されたフンドシをしまって頂きたい。

 危うく口に含んでいたお茶を吹き出して、向かいの山を消し飛ばすところだった。


「リュー君、落ち着いたみたいだね。一旦座ってこれからの話をしようか?」


 私にとって過去は重要では無い。これからどうするのか?どうしたいのか?それはリュー君に向けた言葉であると同時に、自分への問いかけでもあった。




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