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欲廻脱出2

 カビトなる種族の少年の命を助けた訳だが、今後の処遇を決めなくてはならない。


 このままこの場所に放置したところで、周囲の自然に適応する能力や肉体強度を持ち合わせていないこの子にとっては、死までの時間を数日延ばされただけになってしまう。

 近隣の町にこっそり置いた場合、奴隷的な立場であるので、ろくな事にならないだろう。


 つまり、私がある程度干渉する必要がある。

 確認すべき事項としては、この子が以前にいた環境に戻りたいのか、逃れたいのかである。


 ある程度、墜落事故の直前までの感情を読み取っている私としては、この子が何者かから逃げていた事は分かっている。

 肉体的には心臓の損傷以外異常は無い。タコちゃん調べによると、契約術や精神支配術など、当人の心を制御する術はかかっていないが、複数の暗示がかけられているらしい。

 私調べによると、欲国の奴隷は契約術による行動制限がかけられている事がほとんどだ。奴隷契約の違反についても、命に関わる事が設定されることは無い。欲国の奴隷法によって、奴隷の権利もある程度保証されているからだ。

 この子の場合は特例だらけだ。まず心臓の破損は、体の内部から発生していた。これは、何者かがこの子に命の枷を掛けていた事になる。

 契約術で制限せずに、暗示によって何かを縛っていたのであれば、当人は自分を縛る存在に気がついていない可能性が高い。

 これらは、奴隷法に適応すると超違法になる。


 この子の存在は圧倒的にキナ臭い。法に従うつもりの無い者か、法を超越できる者のいずれかの管理下にいた可能性が高い。


 とにかく本人の話を聞いてみないと、先の処遇は決められない。私達の特異性を伝え、かつ威圧感を与えない配慮から、ユズツーを猫の形にして対話役にするつもりだ。ちなみに私の知る範囲だが、猫に該当する生物はこの世界に居ない。


「ユズ、カビトの意識を戻すぞ?」


「いいよ。やっちゃって下さい」


 タコちゃんと私は500m離れた位置に待機している。何かあって突撃することになった場合、安全にノータイムでカバーに入れる限界距離を保っている。


 岩を平らに削って作った台の上で、カビトの少年の体がピクピクと動き出す。眼球運動が開始され、長いまつ毛ある瞼が開いた。

 気怠そうに上体を起こして、虚空をぼんやりと眺めている。


「やあ、目が覚めたようだね。身体に痛い所は無いかい?」


 少年の正面に居る、お座り状態のユズツーから声をかける。

 少年の焦点が定まり、ユズツーを見て素早く息を吸い込んだ。


「え? け、獣が喋った!? なんで?」


 わかりやすい驚きが返ってくる。少しおっとりとした印象の声だ。


「私は獣ではないよ。名前はユズだ。君の名前は何かな?」


「リューンクリフです」


 少し戸惑った感はあるがはっきりとした返事があった。身体に問題は無いようだ。


「名前が長いのでリュー君と呼ばせてもらうよ。さて、君はどこまで覚えているかな?」


 軽く探りを入れる。記憶に混濁は無いか、認識に問題無いか確認する事で、先程の治療による脳への影響を調べておく。


「飛行艇で武国の柱城を目指していたら、突然爆発が起こって、それから僕の胸に穴が開いて……、あれ?穴が無い?」


 記憶、思考共に正常のようだ。


「穴は私が塞いだよ。リュー君の心臓は壊れてしまったので、別の心臓が入っているんだ」


 本当はタコちゃんが全部やったのだが、認識できないタコちゃんの説明はややこしいので割愛する。


「それじゃ僕はユズさんに助けてもらったんですね。ありがとうございます」


 心臓の入れ替えに恐怖するかと思ったら、以外に度胸がある。単に理解していないだけかもしれないが、なかなか素直な性格のようだ。


「お礼はいいよ。後で返してもらうから。欲国で生命を繋ぐ施術を行った場合、金貨一万枚が対価だよ。それを支払ってくれるかな?」


 リュー君の顔が暗くなる。

 当然の反応だろう。応えられない無理難題を押し付けられて困らない訳がない。


「すいません。僕はお金を全く持っていないんです。働いて必ず支払いますから、待ってもらえないですか?」


 申し訳無い気持ちが伝わって来る。上部だけの言葉ではなく、本気で支払うつもりのようだ。金策の手段があるのかは不明だが。


「リュー君が元々居た場所に帰ればいいんだよ。君は何か裕福な集団に属しているでしょ?その集団にお金を払ってもらえば、問題解決じゃないかな」


 リュー君に激しい感情が渦巻く。怒り、絶望、悲しみ、恥辱が入り乱れ表情を強張らせる。


「あそこには絶対に戻りません! どんな事をしてでも金貨1万枚支払います! だから、僕をあそこに戻さないで下さい!」


 頭を地面に付けて土下座のような姿で懇願される。

 立場の弱い子供を誘導尋問して少し引け目があるが、求めた回答は得られた。


「リュー君の意思はわかったよ。じゃあ私と契約術を結んでもらうけどいいかな?リュー君には私の実験に付き合ってもらうね。その間の生命と身柄は保証するよ。リュー君が違反したら、元の場所に帰ってもらう。私が違反したら、金貨1マン枚は無しにするよ。どうかな?」


「はい。その内容で契約します」


 真っ直ぐな瞳で淀みの無い返事があった。


 タコちゃんによって契約術が行使される。文様が羅列された光球がユズツーとリュー君の中に消えた。


「さて、では本来の姿を見せるけど、注意事項があるから聞いてくれるかな。まず私の体に触らない事。手や足の先、特に髪の毛は危険だから注意してね。後、私が触ったものにも触れないようにして、恐ろしく高温になっていることがあるから」


「わかりました。その獣の姿はユズさんが変身しているんですか?」


 わかった割には、恐怖感が無いのだろうか。どう考えても全身劇物みたいな奴が来るというのに、ユズツーの姿に興味が行っている。まあ、元居た場所に戻らなくていいという安堵感からの反応だろう。


「その姿は私では無いよ。ユズツーという名前のもう一つの体だよ」


 そう言い終わるとユズツーを動かしてこちらに呼び寄せる。


 実は文明界の人に姿を見せるのは初めてなのだ。私としてはかなり緊張している。

 先程注意したのは、ほとんど自分に向けてなのだ。髪の毛一本にしても、凄まじい重量があり危険な刃物と化している。以前なんとなく石を枕に寝転がった事があるが、味噌汁に入れる前の豆腐のように、賽の目に切断されていた。

 手や体に付いた汚れを落とす際に、振動エネルギーで焼き尽くす癖も危険だ。熱の残った手で大木を触って瞬時に焼失させたこともある。


 服はユズツーと同じ原理で可視化処理している。元のままでは、体の大半が欠けた幽霊のように見えてしまうので、白い布の服に見えるようにしてもらっている。


 意を決してリュー君の元へと歩を進める。私から不穏な空気が発せられているのか、タコちゃんも着いて来てくれている。


 背の高い草の茂みをかき分けて、石の台に座るリュー君を目視した。目が合い少しして、リュー君がタコちゃんの方を見上げる。


「あの、どちらがユズさんなんですか?」


「えっ!タコちゃんが見えるの!?」


 文明界で一番の衝撃が走った。オビトの戦術兵器でも認識されなかったタコちゃんが見えている。


 タコちゃんにも驚きがあったようで、リュー君にふよふよと近づいて観察している。


「私がユズでこっちがタコちゃんだよ。タコちゃんは普通見えないんだけど、リュー君には見えてるみたいだね」


「はい。大きな瞳が一つに七本の腕があるように見えます」


 どうやら間違い無く見えているようだ。


「ユズ、どうやら我々の分体とリューの体組織が結合したために起きた現象のようだ」


 リュー君とタコちゃんの境目が曖昧になり、リュー君は自分の一部としてタコちゃんを認識しているという訳だ。


「リュー君はいいとして、タコちゃんに支障は無いの?」


「特に支障は無い。珍しい状況なので経過を見たい」


 双方問題なさそうなので、一旦この状態を維持することにした。


「リュー君の体には、タコちゃんの体で作った心臓が入っているんだよ。私が助けたみたいに話したけど、ほとんどタコちゃんのお陰なんだ」


 とりあえず事実は洗いざらい話しておく。隠し事が出来る程、私は器用ではないのだ。


「そうですか。タコさんありがとうございます。傷口が青いのはタコさんの青い腕から心臓が作られたからなんですか?」


 リュー君はとにかく物怖じしない性質のようだ。自分の心臓の制作過程に興味を示すなど、並みの好奇心の持ち主では無い。

 ただ、何か隠し事があるようだ。ソレが外に出ないように、多様な感情の圧力で蓋をしている。

 そのうちソレの正体も分かるだろう。恐らくは彼の元居た場所に関係する良からぬモノだ。


 墜落した飛行艇は、遠い森の中で赤い炎に包まれている。誰も消すものがいない赤い炎が、怪物の舌のように夜空に向かって伸びていた。


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