猟域脱出17
世界で最も武力のある国、それが武国だ。
武力が国力となるこの国は、他国の平和を乱し、守りを繰り返して、常に戦禍の中心にある事で歴史を紡いできた。
武力の優れた者が国の中枢を固め、その頂点に武王が君臨する。
歴代の武王は常に秀でた武力を持っていた。現武王にも他の追随を許さない才覚が備わってる。
戦争の天才。
現武王はその言葉通り、数多の戦争をして一度も敗北していない。
故に、現在の武国は過去に例を見ない発展を遂げていた。
侵略によって拡大した国土、戦争賠償金による巨万の富、最新の土木運送技術によって大量に建設された要塞による難攻不落の防衛網、武器製造と流通の独占による武力統制、世界に散る諜報員による情報収集と操作、全てが今の武国に揃っている。
「シュラ様。謁見の準備が整いましたので802番通路をお進み下さい」
武王直属の近衛騎士団の女性武官から案内がある。
ここは武王直轄の大要塞の一つだ。武国の要塞は防衛を第一に考えた設計になっているため、隔離可能な区画が複雑に結合している。
王座は決まった位置に無く、王の居る場所が即ち王座となる。
設計思想は僕の大工房と似ているが、使用目的は大きく異なる。
石造りの通路に、等間隔で鋼鉄製の隔壁がある。
どこまで進んでも同じ通路が続くため、距離感覚がおかしくなってくる。
キリン達は南部諸島に向けた船に乗った頃だろうかと思索が巡る。
そして、竜越者は隣国である欲国に入った頃だろう。自ら追わぬと宣言したが、欲国の情報は手に入り易い。こちらから動かなくても、ある程度の動向は把握出来る。竜越者が欲国で、どのように動くのか楽しみではある。
数十枚の隔壁を超えた先に、天井の高い開けた空間が広がっていた。
「やっと来たか半人! 遅いぞ! 貴様のために陛下の時間が無駄になっているのだぞ! 」
明らかな嫌悪を込めた言葉が、荘厳な鎧を着た大男から放たれる。
刀剣元帥 グルカ=シュバニコル
武国の兵器製造、運用、流通を統括しており、王国騎士団の長でもある。武王の実弟であり、現武王即位の際に刀剣元帥の座を引き継いでいる。
浅黒い肌に血に染まったような髪が頭の後ろで結われ、5本の束に分けられて背中に垂れている。
成人男性の倍はあるのではないかと思えるほどの巨躯で、鎧がはち切れそうなほど筋骨たくましい。
「お久ぶりです刀剣元帥。あなたも陛下への御目通りですか?」
「しらを切るな半人! 貴様が陛下に牙を向けぬようにオレが見張りに来たのだ!怪しい気配があれば即刻斬る!」
腰に下げた片刃の長刀の鞘を掴んで、刀剣元帥が威嚇の気を放つ。
どうやらこちらの蒔いた情報にある程度食いついているようだ。狩猟元帥が領土内にて、未確認の兵器を使用し、大規模な術の実験を行ったと、額面通りに受け取ったようだ。
確かに反逆とも取れる情報ではあるが、そんな情報が流れて来る意味を理解していないようだ。この御人は良くも悪くも真っ直ぐだ。
「何をお聞きになったかは知りませんが。僕は陛下に忠誠を誓っております。それに今回の謁見は陛下より頂いたもの、無敗の英雄が誤った判断をなさるはずがありません」
敬愛する兄を引き合いに出され、刀剣元帥が悔しそうに黙る。
獣のような眼をした刀剣元帥の前をすり抜けて、10段ほどの階段の先にある扉の前に立つと、重い駆動音と共に扉が開く。
扉の先には短い廊下が続き、突き当りに同じような扉がある。廊下の壁の裏から、微かな気配が感じ取られる。恐らくは、もしもの時に備えて兵士を配備しているのだろう。気配を気にすること無く廊下を進み、先の扉の前に立つと、再び駆動音が鳴り扉が開く。
扉の先に広がる部屋は、平凡な会議室のようだ。木製の長机の先に、書類に目を落とした赤い長髪の男が、姿勢悪く椅子に座っている。
「来たかシュラ。まあ座れ。聞かねばならん事がいくつかあるからな」
「では失礼します」
長机の対極に座ると、赤髪の男が視線を向けて来る。
武王 シバ=シュバニコル
弟とは異なり、極端に武を感じさせる佇まいは無い。着流しを身につけて、刃物の類も持っていない。
「グルカに会ったか? お前に武器製造のお株を取られて焦っているのだ。あれくらいの無礼は許してやれよ?」
何気無い笑顔で本質を突く言葉を投げかけるのが、武王の変わらないやり方だ。
「許すも何も、刀剣元帥は妙な噂話を聞いて勘違いされているのでしょう。時間が経てば理解頂けるかと思います」
武王は書類の束を机に置いて、椅子の背もたれに大きく体重をかける。
「知っているか? 狩猟元帥から漏れる情報は蛇と呼ばれていることを」
「さあ、存じておりません。あまり良い評判では無いようですね」
「蛇は素早く逃げ、一度見失えばその毒牙はいつの間にか自分に刺さっており、速やかに死に至る。慌てて蛇の尾を掴めば、自由な頭が毒牙を突き立てんと迫る。蛇を制すには、速やかに頭を抑えるしか無いのだ。お前の情報によって、自滅した者は多い」
武王の目はこちらを真っ直ぐ見据えている。
「陛下は今回の件、何故とお思いですか?」
「何故とは思わん。何と戦ったのか、それが知りたい」
やはり戦争の天才は、向けるべき矛先を誤らないようだ。
「我等が狩った獲物は、竜越者でございます。今回惜しみなく兵器を使用したのは、必要であったからとしか言えません。全てを投じねば、あの狩を成すことは出来なかったでしょう」
「俺の見立てでは、お前の戦力は国を落とすに至っている。俺の軍と比べても遜色無い。それをただ一匹の獣に向けるという事に疑問が湧かない者はいないだろう?さあ、話せ何と戦ったのだ?」
チリチリと刺す様な気迫が向けられる。刀剣元帥の様な津波の如き威圧では無い。心臓に刃を突き立てるような冷ややかで鋭い殺意がこちらだけを向いている。
「言葉で説明しても不足が出るだけでしょう。いっそご覧になって頂くのはいかがでしょうか? 竜越者についても、我等の戦力についても、より明確に理解頂けるかと思います」
向けられた殺意が少し弱くなる。
「どの様に見せるのだ? お前の戦力は解るが、竜越者とやらはどうする? 既に狩ってしまったのだろう?」
「此度の兵器は戦闘の記録を全て残しております。音や像を再現することが出来るので、我等の狩をそのままご覧頂く事ができます。ただ、術具によって再現致しますので、使用の許可を頂ければと思います」
武王の眼光に興味の色が映る。
「なかなか面白そうだな。いいだろう。許可するのでやって見せよ」
机の上に拳大の黒い箱を置き、術を発現する。箱を中心に術霧を発生させ、そこに戦闘で記録した像を写し出す。音は黒い箱内部の構造を振動させて再現する。
十本足による飛来強襲から着地の攻防。狩人2人による牽制と、爆破による捨て身の攻撃。竜越者による岩弾の猛攻と、止めに至るための下準備。狩人と竜越者による一騎討ちと決着。
黒い箱は狩の全てを写し出した。
「俺にこの幻を信じよというのか?」
「信じて頂く必要はありません。ただ、これ以上に質問の答えとなる情報はありませんので、お許し頂きたい」
武王は顎を触りながら思案しているようだ。戦争の天才が出す判断によっては僕の命は無い。まあ、相手の命も無くなるが。
「仮に竜越者とやらが幻だとしても、戦闘を記録する術具やお前の戦力は本物だろう。俺に刃向かうにしても時期が悪過ぎる。お前の反逆は無いな。少なくとも今では無いと言うべきだが」
武王の見識はやはり広い。敵を見つける嗅覚は鋭い。だが、それは戦争という枠組みの中に限るようだ。
「納得頂いたようでなによりです。一つお願いがあるのですが、竜越者に類する者が今後現れた場合、
我等にお任せ頂きたいのです」
「別に構わんが、アレは何処から生じたと言うのだ?外界の深部より這い出した怪物か?」
「それはまだ我等にも解っておりません。外界からの侵入というのが最も有力です。既に深部への調査を開始しております」
武王は露骨に興味が無いことを表すように、再び書類へと目を落とした。
「もういいぞ。下がれ。お前の諜報には期待している。あまり余計な事に資源を割くなよ」
―――
要塞から柱城への帰路は、誰の随伴も無い。
大きな月の出た夜を一人で十本足に乗り、ゆっくりと歩みを進めている。
十本足に接近する12の物体を検知する。素早く走るソレは、次々に十本足に乗り込んで来る。
「やあ、ご苦労様。僕の予想通りになったよ、王はやはり一軍に相当する個が存在するとは理解出来ないようだね。予定通り、キリン達の休暇が終わったら森城に戻るように伝えね。亡命は一旦なしだよ」
存在を全く感じないソレらは、次々に十本足から降り、四方へ散ってゆく。
再び、月だけが照らす一人の帰路に戻った。
「まさか、一軍に匹敵する存在が、遊びで作られた人形だなんて、誰も信じないだろうね」
誰も聞いていない独り言が闇に消える。




