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猟域脱出14

 3人の狩人からユズツーに向けて攻撃が開始されて10分ほどが経過した。


 三者三様といった攻撃方法で、それぞれ特徴的だ。


 シキさんは鞭と刃物の特性を持つ両腕でユズツーの一撃破壊を狙ってくる。確かに当たればユズツーは即行動不能になるが、既に動きの把握は済んでいるので、簡単に躱すことができる。


 キリンちゃんは流線型フォルムの術具鎧を纏っており、両手両足は黒い煙のような不定形で、広く領域を覆っている。煙は黒い硬質の砂が集まったもので、砂を高速移動させる事で対象を破壊する。完全回避が難しいので、ユズツーに小さな傷はつくが、砂自体が軽いのでユズツーブレスで直撃は避けることができる。


 シュラ様は追加で投入される黒い直方体を遠隔操作して、拳大の立方体を作り、宙に浮かべて領域に投入してくる。立方体はシキさん、キリンちゃんのサポートをしつつ、余裕があれば光線の様な高温の塊を発射して攻撃してくる。今は数が少ないので問題ないが、数が増えればどうなるかわからない。


 ユズツーは現在防戦一方だ。あちらサイドの読みが予想以上に深い。

 術具の中枢を破壊して戦闘不能になってもらう予定だったが、3人共術具中枢をお腹の中に飲み込んでいる。

 これは、私が相手に出来るだけ傷を負わせずに対処してきたことを逆手に取られた形だ。体内にある術具中枢を、相手の体に負荷をかけずに破壊することは不可能に近い。

 さらに、術具には自動反撃が備わっている。単調な反撃ではあるが操者の意識がない分、こちらの見てから回避になってしまうため、反撃の機会が一切無い。


 このままでは見せ場無くユズツーが狩られしまう。ナメプで行ったら完敗させられたなど洒落にならない。

 ここは、狩人達に披露していない技で攻める事にする。


 生物が何かを知覚するとき、その認識は常に連続しておらず必ず途切れる瞬間がある。生物はその途切れを記憶によって補完することで認識を継続している。

 私は生物の認識が途切れる瞬間を知覚することが出来る。その瞬間に相手の記憶にある状態から大きく変化する事で、相手の認識から逃れることが出来るのだ。

 これは外界生物に対して実践済みで、居ながらにして居ると認識させない事に成功しており、恥ずかしくも密かに(透過)と呼んでいる。ユズツーの能力であれば再現も可能だ。

 さらに、ユズツーブレスの応用で限られた範囲内ではあるが、空気中の酸素濃度をコントロールする事が出来る。この世界の生物も呼吸しているので、低酸素状態では様々な症状が出る。加減を間違えると一瞬で絶命させてしまうが、一呼吸で意識を奪う程度は楽勝だ。


 とりあえず一番隙の多いシキさんには眠ってもらう事にする。

(透過)によってシキさんだけユズツーを見失うようにする。他の2人は何が起きいるか解らないはずなので、現在展開中のチームプレイは崩壊するだろう。


(透過)を開始すると、シキさんがかなり動揺を見せた。必死でユズツーを探すも見当たらず、闇雲に攻撃を繰り出し始める。

 他の2人もシキさんの異常に気が付いたようだが、攻撃の手を緩めるような事はしない。むしろシキさんへのサポートや連携を即座に取り止めて、2人体制の布陣に切り替えている。狩人の世界はかなり厳しい。


 かわいそうなシキさんは退場させてあげよう。意識を奪うガスを吸わせるため、無茶苦茶に振られている長い腕を掻い潜ってユズツーを接近させる。

 当然、キリンちゃんとシュラ様からの妨害はあるが、シキさんがはちゃめちゃなので、こちらには余裕がある。黒い煙や熱弾攻撃も躱し、シキさんに触れる位置まで到達した。

 既に術具鎧の吸気を司っている部位は把握している。酸素ボンベの様な仕組みは無いが、ガスマスクのようなフィルターはある。何気にハイテクだ。

 流石に酸素濃度対応まではしていないと見て、ユズツーの指先にある排気孔からガスを送り込む。


 シキさんは、意識が失われている事に反応しているのか、より過激に腕を振り回す。


 次の瞬間、私の作戦が悪手であった事に気がついた。この世界で、いや、今までの経験に無かった現象が起こる。

 キリンちゃんの発生させた黒い煙が、シュラ様の熱弾で引火し、連鎖的に燃焼が広がっていく。いわゆる粉塵爆発だ。

 瞬間的に爆発が広がるため、爆発の知覚は出来てもユズツーの回避は間に合わない。

 周囲の酸素濃度を操作して、爆発の直撃は避けられるが、広範囲の爆発なので爆風には巻き込まれてしまう。

 爆風によってユズツーが押さえ込まれ、動きにかなりの制限が発生する。さらに悪い事に爆発に巻き込まれたシキさんが激しく回転しており、音速を超えて振るわれていた腕が、予測不能の動きに変化している。


 黒い斬撃が地面の氷を砕きながらユズツーに迫る。このままでは左脇腹から入った斬撃が右肩から出ていってしまう。余裕のゲームオーバーだ。

 致命傷を避けるため、腕を一本犠牲にする。腕に斬撃を受けて軌道を逸らす。

 黒い刃が手の甲から肘にかけて縦に食い込む。腕が縦に裂ける代わりに、攻撃の軌道を体から逸らし、受けた反動を利用して体を捻り危険域を脱出する。

 アイススケーターのように回転しながら着地すると、脇の圧迫と同時に、肘上を髪の毛数本で縛る事で止血する。肉体の構造はオビトと同じ設定なので、怪我の対処もしなくてはならない。


 私の見てから対処法は、問題を抱えている事が良くわかった。

 相手の思考から行動は読めるが、複数の思考が重なって紡ぎ出される結果までは予見出来ない。体験した事の無い現象であれば、尚更読みの精度は下がる。

 早い話が受け身過ぎるのだ。戦闘経験豊富で連携も完璧なオビトを相手するには、積極性が足りなかった。

 向こうは私に行動や思考を読まれる前提で、無意識で無作為な攻撃を主にするという、かなり冒険した戦略なのだ。私も出し惜しみ無く、事故らせ要素満載で攻めなくては失礼に値する。


 まだ、黒煙が埋め尽くす中で、シュラ様とキリンちゃん2人同時に透過を仕掛ける。シキさんは完全に意識を失っており、10mほど離れた地面に仰向けで倒れているので、一旦無視する。


 透過しても黒い術具に連なる武装類の自動反撃は発生する。私に感知出来ない術理で捕捉されているようだ。

 当然、術具の操者には自動反撃の情報が伝わるので、間接的に私は認識されている。

 ならば、操者の直接判断や認識の必要な攻撃を行い、揺さぶりをかける。


 地面に転がっている直径3mはある球岩を蹴り飛ばす。シュラ様のいる黒い塔目掛けて岩塊が高速で飛ぶ。

 大量の黒い立方体が岩塊を取り囲むように集まり、自動反撃の熱弾を雨のように浴びせる。

 岩塊の表面が多少削れるはするが、勢いが弱くなることはない。

 予想通り、シュラ様の自動反撃は巨大質量の物体には相性が悪い。黒い術具は殺傷能力にパラメータを全振りしたような兵器だ。針のような鋭さはあるが、単純な馬力は無い。

 黒い塔の枝部分が岩塊を弾き飛ばすが、塔の根元を支える分厚い氷がバキバキと割れる。シュラ様は塔内部に引きこもっているので、直接的な被害は受けていない。多少の焦りは感じるが、ひたすら何かの仕込みをしている。大技の予感だ。


 そういえばキリンちゃんにもあまり動きが無い。シキさんを運んで、直方体の中に避難させている。広域殲滅兵器でも起動するのだろうか。それにしては展開している黒い立方体から熱量の上昇を感じられない。ただただ数が増えるばかりで、つい先程1000個を超えた。


 来ないのであればこちらから攻めるのみだ。手近にある球岩を次々に蹴り込む。

 球岩の対象が追いつかない黒い塔は横倒しになり、30個ほどの球岩に埋め尽くされて沈黙する。

 シュラ様は無事のようだが、圧倒的な質量の下敷きになっているので、あの状態から立ち上がってくることは困難だろう。


 遂に最後の1人であるキリンちゃんとの一騎打ちとなった。

 ユズツーは最終的に撃退される予定なので、やり過ぎないようにする。あちらの大技を食らって、やられるくらいで丁度いい。


 1083個の黒い立方体が複雑に配置を変えて、ユズツーとキリンちゃんを四角い檻のように取り囲む。

 キリンちゃんの黒鎧は、体のラインにぴったりと密着するような形態に変化しており、小柄のキリンちゃんの見た目が際立っている。

 キリンちゃんの両腕からトンボの羽のように薄い刃が伸びる。どうやらあちらの最終形態は近接特化のようだ。


 これまで爆音と金属音だけが鳴っていた空間に、澄んだ鈴の音のような声が響く。


「あたしは竜越者を狩る者、この狩の場に立てたことに感謝する」


 まるで恋する乙女のような期待と興奮の激情を放った後、キリンちゃんから一切の感情が消える。


 今はっきりと分かった。1083個の黒い立方体と最強の狩人を内包する事で完成する、完全無欠の狩猟装置がそこにあった。






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