猟域脱出11
オビトの黒マント部隊が少しずつ探索の網を縮めてくる。通常であれば探知不能なステルス部隊が迫っているので、包囲されている対象は気がつかないうちに、死ぬか捕獲されているだろう。
全てを認識してしまう私の知覚が、折角の緊張感を台無しにする。
オビトは慎重に歩を進めて来るせいか、ユズツーに到達するまで、かなり時間をかけている。
黒マントの遮蔽術のせいで、オビト達は互いに正確な位置は把握できていないようだ。探索隊なのだろうが、実質一人一人の個人探索のようだ。
12人でユズツーを包囲し、それぞれ一定時間で交代要員と入れ替わる。本隊への情報伝達と包囲網の維持を目的としているようだ。
オビトの行動は細かいルールに従う事で、どんな状況でも個で対応できるようになっている。ルールを把握している私にとっては、オビトの行動から今どういう状況なのか把握することができる。
狩のルールや武国の法律といった情報は、森城にあった書物から得たものだ。書物を開かずとも書かれている内容は統合知覚によって認識できる。文字は点字のような独特の形式な上、暗号で書かれていたが、パターンの総当たりをした事で難なく解読できた。
オビトはユズツーという獲物の強さと特性を把握した。獲物の情報から狩猟計画が立案され、計画に沿って狩猟が実行される。
一般的な狩猟手順であれば、現在の状況は獲物の誘い込みに当たる。確実に仕留めるために、仕掛けや狩人を配置した決戦地へ獲物を誘導する。
今回の獲物は狩猟困難なユズツーなので、相当な戦力を集結する必要があるだろう。ただ、今のところオビトに大規模攻勢の気配は無い。
一番先行していた黒マントのオビトが視界にユズツーをとらえた。かなり緊張しているようだが、冷静さは欠いていない。
続々とユズツーの発見者が増えるが特に動きは無い。皆一同にその場を動かず、ユズツーの様子を観察している。
恐らく交代要員待ちなのだろう。発見報告は交代で戻った者が本隊に報告するようだ。
随分と警戒レベルが上がった印象がある。私の知覚能力がある程度オビトに知られたのかもしれない。
自分達から発生する情報量を減らす事で狩猟計画の骨子を隠し、有利に立ち回りたいのだろう。
私はオビトに気が付いていない程で事を進めたいので、ユズツーを今まで通り東に向けてゆっくり進行させている。
オビトの黒マントは何回か入れ替わったので、そろそろ本隊にもユズツーの情報が届いている。今後のオビトの動きでターゲットがユズツーなのか私なのかが解るだろう。私目当てで無いことを祈りたい。
まだ日の出までには時間がある。オビト達は一定距離を保ってついて来る。私達と違って休息も食事も必要だろうにご苦労なことだ。
オビト達の狩人業はかなりブラックな匂いがする。何をモチベにこんな激務に身を投じているのか理解不能だ。竜から聞いたシュラとか言う人物によほどのカリスマが備わっているのだろう。モリビトという種族らしいが、まだお目にかかった事は無い。
「タコちゃん、モリビトはどんな種族なの?オビトを率いているらしいけど、何か凄い能力があったりする?」
困った時はタコちゃんに聞けば解決する。文明界の細かい事には感心ないが、世界の構成要素は大抵把握している頼もしい存在だ。
「モリビトは肉体的にはヒトとほぼ同じだ。しかし精神領域の大きさで言えば文明界で随一だ。他の種族に比べて寿命が長く、長い年月の中で術に関する膨大な知識を蓄積している。ただ術を扱うのであればモリビトに勝る種族はいない」
どうやらモリビトは私の知識に当てはめるならエルフのようだ。この世界には生エルフが居る。
見たい!
超見たい!
整った容姿で華麗に魔法を使う姿は是非見たいものだ。
オビトに接待狩猟をしてもらうだけの面倒なミッションかと思っていたら、生エルフを見る機会があるという役得の可能性が出てきた。
なんとかシュラ様を誘き出したいものだ。
エルフの姿を妄想しているとオビトの一人に動きがあった。
明らかにユズツー以外の何かに気が付いて、かなり動揺している。
これまで黒マントは目立った行動はしていなかったが、動揺しているオビトはマントの外に術具らしきものを出して、通信を試みているようだ。
「あのオビト何かに気が付いてみたいだよ。近くに竜はいないから、私達を発見したのかな?」
タコちゃんの因果隠匿は今までわたし以外に見つかることの無かった術だ。だが、私が見破ることができるということは、何らかの手法で突破可能ということだ。オビトの背後に居る術のスペシャリストが突破法を持っていたのかもしれない。
「我々がオビトに発見される事は無い。如何なる術具を用いても因果隠匿は突破できない」
タコちゃん的にはあり得ない状況のようだ。断言するほどの事なのであれば、オビト側に何らかの意図がありそうだ。
向こうの知恵者が私達に揺さ振りをかけてきていると考えるのが妥当だろう。
「怪しい動きをしてたオビトの目の前まで接近してみてよ」
球体に単眼の付いた浮遊物が接近すれば、それを知覚している存在はさらに動揺するだろう。
私を内包したタコちゃんが音も無くオビトに接近する。
通信を終えたオビトに動きは無い。何よりこちらを見てすらいない。
何かを発見した動作はやはりブラフのようだが、このオビトは確か動揺した。それは間違い無い。
「契約術みたいに相手の精神を操作する術ってあったりする?このオビトには精神操作の術がかかってるんじゃないかな」
対象者に任意の幻覚を見せる事ができれば、先程のオビトの動作は説明がつく。
幻覚でユズツー以外の獲物を発見したと思い込ませれば、当然緊急連絡をする必要性が発生し、先程のような動作につながる。
「精神操作術は存在するが、このオビトには術の痕跡がまるで無い。ただ術以外でも相手の精神や行動を操作することができる。暗示と呼ばれる技法があり、何か特定の出来事を合図に、本人が意識していない動作をさせる事が出来る」
どうやら何らかの精神操作があったようだ。術を使用していないのは、精神操作があった事実を隠すためだろう。
情報規制はより厳しくなっているようだ。精神操作があった事も、確実な証拠が残っているわけでは無いのだ。本当に発見されたかも知れない可能性を微量に残している。
オビトを率いている奴は相当にキレ者で性格が悪い。
私の知覚の特性をかなり把握しており、味方に精神操作を施してまで芝居をするとは、かなりのドSと見た。
「下手に反応すると私達の情報が漏れそうだね。このまま何も無かった事にして先に進むよ」
オビトの動向はユズツーだけでなく、私にも探りを入れるものだ。場合によってはシュラ様に直接解ってもらうしかない。
それはそれで生エルフが見られるので良しとしよう。
一応警告のため、通信で姿を見せたオビトは攫わせてもらう。
「タコちゃん、このオビトを身動き一つ出来ないようにして捕まえてもらっていい?」
「了解した。暴れないように一旦意識を切るぞ?」
「お互いに怪我が無ければいいよ」
私が喋り終わると同時に、タコちゃんから触手が伸びオビトのマントに潜り込む。オビトは眠りにつくよう動かなくなり、タコちゃん球体の中にスルリと引き込まれた。
タコちゃんの内部に同乗者が一人増えた。ちょうど狭い観覧車の個室内で膝を付き合わせて座る形だ。
「オビトを起こしたくなったら言ってくれ。我々の内部はオビトにとっては何も無い空間と認識される。通常の感覚を残したままだと、数分で発狂する恐れがあるので、擬似感覚を与える」
私は発狂ものの空間に居たようだ。今後似たようなことをタコちゃんにお願いする場合は気をつけよう。
「この子を起こすのは後でいいよ。先に向こうの出方を見ることにするよ」
何も気がついて無い程でユズツーをひたすら東に進める。既に私の知覚には入っていた広大な平地が目視できる範囲に入った。
何も無い無人の荒野だが、あの先はもう別の国だ。
恐らくユズツーの狩が行われる場所は、あの荒野のどこかだろう。
直接ではないにしても、私がこの世界で初めて手を出す必要性が生じた。
あわよくば穏便に事が運ぶことを祈っている。




