猟域脱出7
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柱城には多種多様な種族が住んでいる。狩猟元帥の気風で、技術の発展に必要と判断した者には、いかなる区別も付けない。
革新の列に並ぶ者には、上下や優劣も関係無く、同じ道を極めんとする同胞として接する。
権利に準じる者は、未開の地の混沌だと蔑み。自らを御する者は、合理の極みだと讃える。それが柱城という場所だ。
元々は森で狩りをする者で作った交易都市だった。ここまで発展させ、武国に狩猟元帥という位を作らせるにまで至ったのは、全てお屋形様の才覚と尽力があったからだ。
あたしは今、獣車に乗って柱城の中枢である大工房へと向かっている。
特定の獣車に乗らなくては、大工房に入ることは出来ない決まりだ。
石を貼り合わせた平坦な道を、獣車が滑る様に走り抜ける。住民の殆どにあたしの訪問が知れているようで、行く先々で歓声や歓迎のラッパが絶えない。
御者の尻尾でさえ機嫌良く左右に揺れている。
皆から向けられる憧れや羨望の感情がたまらなく苦手だ。竜狩りの英雄譚には、語られない闇がある。
羨望の眼差しを向けられる度に、闇が見透かされないように必死で隠している。
森城で狩りのためだけに生きているのも、規律と計画に縛られることで、闇を押し込めているに過ぎない。
獣車が工房入り口の大門を通り抜けると、小気味よい金属音が響いて来る。
工房内であたしが英雄視されることは無い。ここの英雄は技術と叡智を持つものだけだ。その事実に少し安堵する。
工房内にある獣車の駅に到着した。大工房という施設があまりに巨大なため、工房内の区画移動にも獣車を使う。
駅構内は技師と他国からの特使でごった返していた。
久しぶりに同族の男を見た。女しかいない環境に長く居たせいか、ついつい目が追ってしまう。
若い男は皆、工房技師になりたがる。白のツナギに工具ベルトを締めて緑の皮手袋をするのが、最高にカッコイイらしい。
お屋形様が工房の何処に居るか把握することは難しい。10ある研究区画の内、8個はお屋形様主体の研究が進行している。
いつ何処で何をしているかは、お屋形様にしか分からないのだ。
案内を頼もうと、獣車の管理事務所に向かっていると、木霊笛に反応があった。
シキからのものではない。あたしの木霊笛に何の許可も無く連絡出来る人物は一人しかいない。お屋形様だ。
「こちらキリンです。お久しぶりですお屋形様」
「やあ、久しぶりだねキリン。今4番工房に居るから、来てもらっていいかな」
「わかりました。直ぐに向かいます」
「それじゃ、また後で」
まだ年若い青年と少年の狭間の様な声だ。冷静な口調だが、少し興奮しているようだ。
5年会っていなかったが、少しも変わっていない。
管理事務所の前には、お屋形様専用の黒い獣車が用意されていた。
獣車に入ると懐かしい匂いがした。鋼と油とそして外界獣の髄の匂いだ。
お屋形様とあたしの狩りがまた始まってしまう。そう予感させるほどに、5年前と同じ匂いがしていた。
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ユズツーの回収は完了している。潜地の術も良好のようで、問題無く地下移動を行うことができた。
オビト達の追跡が途切れないように、ユズツーは適度な深さに待機させた。
「随分とオビトを混乱させたようだが良かったのか? 追跡がより厳しくなるぞ」
武国やオビトの文化、思想に興味の無いタコちゃんならば、当然の疑問だろう。
「オビト達は武国っていう大きな集団に属しているんだよ。武国は暴力の強さによって他の集団と共生しているから、暴力による敗北を最も嫌っているんだ。外敵に領土を侵されることは敗北と同じで、それを許した者は集団から淘汰される。つまり、私という外敵は絶対に居ては駄目なんだよ」
「今のままではオビトは淘汰されるわけか。 ユズが行動しているということは、オビトを助けるつもりか?」
「そういうことになるね。私に会っただけで滅んじゃうなんて納得いかないでしょ。ユズツーをオビトの一番強い子に倒して貰って、めでたしってのが理想だね」
露骨なこの作戦は恐らくバレるだろう。オビトは賢い。だからこそ感情を煽って、短絡的な結論に到達して貰いたいのだ。
「オビトは理に聡い。術の耐性不足を外的な道具によって補っている。感情に流されても偽りの獲物に気付く者はいるだろう」
「だろうね。でも、本当に賢ければ、私の嘘に乗るしか無いって判断すると思うよ。もし、面子や気位に固執して判断を誤るようなら、多少強引な手段で納得して貰うよ」
恐らくオビトは予定調和を望むだろう。たが、為政者という存在は自分の栄華が恒久だと勘違いしている場合がある。
もし判断を誤るならば、オビトという集団の外にいる上位者によるものだろう。
その時は永遠に続くものは無いと理解して貰うだけだ。
「一つ確認だが、オビトがユズツーを打倒することは不可能だ。我々の分体は低位の術を受け付けない上、オビトの膂力では傷も付かない。ユズの計画は完結しないぞ?」
「本当にやられる訳じゃないよ。ユズツーはオビトの子に似せた殻を纏っているから、それを壊してもらうよ。タコちゃんの分体は探知されないから、殻が壊れたら回収してね」
言わば接待狩猟をして貰う訳だ。
もちろん、私の存在に気付いても牙を向けることが無いように、ある程度は解らせる。
「ユズと我々は姿を隠す必要があるな。今のままユズを隠して移動することは出来るぞ。ただし、速度はかなり遅くなる」
「このまま移動出来るの? すごいね! 急ぐ必要も無いから是非お願いするよ。後、念のためユズツーを作ったこの辺りは、しばらく隠しておいてね」
「了解した。移動の準備を開始する」
天幕のように覆っていたタコちゃんの皮膜から、私の服に向かって、無数の触手が伸びる。
服と触手が結合して、蜘蛛の糸に絡めとられた獲物のような姿で固定された。
巨大な風船のようになったタコちゃんの中に固定された私の体が、徐々に高度を上げ始める。
地面を覆った膜はそのままに、水中から新しい泡が生まれように、私とタコちゃんが空に浮かぶ。
「これはから何処に向かうのだ? 東に向かうならあの山を越えることになるぞ」
「あの山でいいよ。オビトは竜の住む場所に、許可なく踏み込むことは禁止されているから、ユズツーで入れば色々煽れるでしょ」
「了解した。ユズツーの制御圏は3㎞以内だ。離れ過ぎた場合は、我々の制御に移行するので注意してくれ」
「はーい。ちょっと竜と遊ぶだけだから大丈夫だよ」
ユズツーを地上に出して、白い巨大な山脈へと向かわせる。
オビト達は、攻めるでも無く引くでも無く一定の距離を保って追跡している。
大分煽ったつもりだったが、既に落ち着いている。冷静で良く連携の出来た良い組織だ。
オビト達は必死に手を抜く事無く、自分達の置かれた環境で生きている。
私はそんな相手を弄んでいるのだ。死に別れた同胞の姿をしたモノを狩らせようとしている。
罪悪感はある。だが、ヒトによって構築された文化と接触していることに好奇心が刺激され、これから先にある世界に期待している。
今の私は、私の観点で考えれば悪だ。悪戯に世界をかき乱す害悪だ。
まだ、この世界に来る前には、何故世の中に悪は生まれるのか不思議でしかなかった。
そんな暇があったら趣味に没頭し、仕事をして金を稼げばいいと思っていた。
今なら何故悪が生まれるか何となく理解できる。
何かに属することが出来なくなった時、悪はヒトから生まれるのかもしれない。
私自身が悪の発生に気がついても、私は今の行動を止めようとは思はない。
悪の発生は止められ無いようだ。ならばせめて世界に許容される悪となろう。
タコちゃんに包まれながら空を進み、目の前には純白の山々が迫っていた。




