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猟域脱出6

 ◇◇◆


 空を飛ぶ翼獣を操るには、それ程の技能は要らない。翼獣は賢く、操者との信頼関係があれば、細かな意思疎通も可能になる。


 翼獣に乗る最大の障壁は、吹き付けられる激しい空気の流れに操者が耐えられるかどうかだけだ。

 以前は大きな風除け鞍を付け、その上で操者の体力と技量が問われたが、今は空気の流れを操る術具が開発され、誰でも乗ることが可能になった。


 昔体が小さ過ぎて翼獣には乗れないと言われ、猛特訓の末に乗りこなしたことを思い出す。


 翼獣での移動は快適になり、移動中に別のことをする余裕すらある。


 木霊笛での定期連絡による猟計画の立案が、空でできる最善の一手だ。

 これから、今の獲物の情報をまとめて報告し、お屋形様に竜越者に対する猟隊編成を承認して貰わなくてはならない。


 シキからの報告で、既に獲物の痕跡を掴み、追跡を開始したと聞いている。

 なんでも、赤岩の荒野に風紋の進行が妙に早い谷があり、熱記憶を辿ると、炉の中身をぶちまけたような現象が確認され、そこから追跡が可能になったようだ。


 今ある情報だけで、猟隊編成案を考えていると木霊笛に反応があった。規定時間の報告では無いことから、緊急連絡だろう。


「こちらキリンだ。何かあったのかシキ?」


「獲物の姿が確認できたんで報告や。あんたが会った奴と別もんかもしらんから、ちょっと確認しよ思てな」


 報告内容の割には、悲観的な言葉が目立つ。

 シキらしく無い。内容からすると嬉々として報告してきそうなものだ。所在不明の獲物の発見は、それだけで功になる。


「その感じだと、狩に悪影響のある姿なんだな? 気にせず今ある情報は全部くれ、お屋形様と吟味する」


「獲物はアイラの姿をしとる。すっ裸で東に向かって歩いとるわ。古傷なんかもそのままや、死人が蘇ったようにしか見えんわ。ちなみに腕は生えとったで」


 狩に失敗し、帰還出来ないと判断した狩人は、術具の秘密を守るため爆破を行う。

 そうなった狩人は、死体が見つからずとも死亡扱いになる。

 去年、アイラの爆破を確認したのはシキだ。両腕に術具を付けたアイラの腕は、確実に消滅しているはずだ。


「外界獣による擬態とも思えないな。深界獣が気まぐれに入って来ているのかもしれない」


「深界獣なんてシャレにならんわ。千人隊ではどうにもならんから、はよ増援送ってや。それまでは刺激せんように網固めとくで」


 シキの猟隊指揮能力は随一だ。隊の指揮で、属する狩人の能力を通常以上に発揮させることが出来る。

 獲物の見抜きや狩人の状況把握など、(見る)能力がずば抜けている。

 そのシキが竜狩りの猟隊編成で不安を感じているのだ。今回の獲物は間違い無く竜を越える。


「シキの見立てではどう感じた?あたしの感想では山のようデカイ奴って感じだ」


「外見はアイラや。可愛い顔もそのまんまや。中身は正直わからん。とてつも無く大きくて暗い穴が開いてる感じやな。恐らく殺意もなくて、腹もへっとらんから、危険はそんな無いけど、絶対に手を出したらあかん奴や」


 恐らくあたしを助けた奴と同じだ。声を聞いて信じられないほどの大きな存在を感じた。意識のある大地が声を出している、そんな印象が確かにあった。

 シキが見て感じたことも、恐らく同種の感情だろう。畏怖だ。


 あたしはソレを狩らねばならない。


 翼獣の頭越しに巨大な石の柱が見えきた。柱城だ。


 地上と同じ規模の大都市が、巨大な石の柱の上に溢れるように乗っている。

 狩猟元帥であるお屋形様の居城であり、術具の開発生産の全てを担っている工業都市でもある。


「もうじき柱城だ。一旦切るぞ。お屋形様にもシキの話を聞いてもらう」


「わかった。こっちも出来るだけ情報を仕入れとくわ。また後でな」


 木霊笛の音が止んでから、翼獣を柱城の根元に向かわせる。

 何者も柱城の上空から近づくことは出来ない。城塞防衛用術具が、全ての飛行物を焼き払うからだ。


 複雑な木の根のような柱城の下層が見えてきた。


 実に5年ぶりになる。


 竜を狩り、今の狩名を得たときの複雑な気持ちで胸がいっぱいになった。


「ここはいつ来ても落ち着かない」


 自分を落ち着かせる独り言と共に翼獣が降り立つと、私を迎える歓声とラッパの音が激しくなり響いた。


 ◆◇◇


 ユズツーの動作を確認しつつ、増え続けるオビトの一団を観察していた。


 前見ていた森城の狩人達も半数以上が参加している。他に壁上の防衛拠点からもかなりの人数が来ている。


 一度認識した相手を私は忘れない。


 前助けたキリンとか言う子はいないようだ。結構有名な狩人っぽかったので、てっきり出張って来ると思っていた。


 そんな事を考えていると、会いたくないお方を見つけてしまった。


「シキさんじゃないですかー。やだー」


 冗談混じりに独り言を溢すと、思いの他タコちゃんが食いついてきた。


「ユズは何故あの個体に関心を持つのだ? 外界生物には無かった反応だ。我々の理解が及んでいない理があの個体にはあるのか?」


 理解が及んでいないというよりは、理解しなくていい内容だ。シキさんは粘膜の交換が得意な夜の狩人なのだ。

 タコちゃんが追い求めるような真理とは真逆のどーでも良いことだ。

 まあ、私の見識でも話して、お茶を濁させて貰おう。


「文明界はさ、私の故郷に似てるんだ。同じ様な個体が、同じような集団を作っているんだよ。集団の中には必ず特異な個体が現れてね、その個体が集団に許容されると、必ず集団は大きく変化するんだ。だから私は変化に適応できるように、集団を変える個体の出現と動向を常に観察しちゃうんだよ」


 私が今まで集団の中で生きてきた処世術と言っていい。本質的に集団に興味のない私の臆病で卑怯なやり口だ。


「個体の理から集団の理が生まれるわけか。これまで個でしかなかった我々には理解できないはずだ。文明界に生じる理は真から遠いが、実に近い理由は集団という大きな生命が生きるためにあるわけだ」


 何やらよくわからない理論に到達したようだが、納得いったようで何よりだ。


「その集団ってやつを、ちょっと乱して来るね。完全に包囲されると厄介なんで」


 あらかた動作確認の終わったユズツーを、いよいよ本格稼働させる。


 ユズツーの最高速度は、音速の3倍程度だ。オビトの体をベースにしてあるので、人型の生物が出来ることは大体実行可能だ。声を出して喋ることも出来る。


 目的はオビト全体からユズツーへ強い感情を発生させることだ。興味、恐怖、不安なんでも良い。無視出来ないほどの強い感情がほしい。


 まずは簡単に恐怖から始める。


 音速移動によって衝撃波を発生させ、熟練度の低いオビトの狩人を吹き飛ばす。

 未熟な狩人達は、悲鳴を上げながら木の葉のように宙を舞う。


 死んだはずの仲間が、圧倒的膂力で迫れば恐怖心もかなり掻き立てられるだろう。


 シキさんにも折角なので、色々感じて頂こう。


 何が一番効くだろうか?

 仲間への思いやりが強い子だ、無くした仲間の言葉が一番来るだろう。


 かなり可愛そうではあるが、私の悪さに付き合ってもらう。


 狩人達を衝撃波で吹き飛ばしながら、シキさんの居る本陣らしき場所へ真っ直ぐに向かう。


 途中、熟練の狩人達が足を止めようと、あれこれ手を出してきたが、ユズツーの進撃を止められる者はいなかった。

 ユズツーの強さも想定通りだ。オビトはユズツーを狩るために、随一の実力者を出す必要があるだろう。実力者との対決は、今回の逃亡計画には必須だ。


 色々検証している間に、シキさんの下まで辿り着いた。


 シキさんは堂々とユズツーに対峙してきた。森城で見た淫らな姿ではなく、狩人らしく皮と金属の鎧を着込んで、巨大な鉈の様な片刃の巨刀を構えている。


 残念ながら、直接対決はしない。私は言わば挑発に来たのだ。


 ユズツーから、元のオビトの声に出来るだけ似せて、言葉を発する。


「シキ、ニゲテ………」


 周囲に居る狩人の表情が崩れる。

 皆、悲痛耐えて動きが止まる。


 その中で一人表情を消す者がいた。張り付いた仮面のような無表情の中、瞳だけが激しい憤怒に燃えていた。


 シキによって振られる巨刀の動きを私は完全に捉えていた。しかし、ユズツーでは躱す事が出来ない。巨刀の速度は、ユズツーの最高速度を超えている。

 巨刀から逃れるため、拳で刃の側面を打ち、斬撃を逸らす。

 外れた刃が地面の岩石を豆腐のように切り裂いて、衝撃波で激しい砂煙が上がる。


 つい先程の会話が現実になる。特異な個が集団を変える。


 狩人達が、怒りによって再始動する。


 激しい怒りの塊が、ユズツーへ、そして私に向かう。


 挑発は成功したが、やり過ぎてしまった。

 これ以上は無意味なので、仕上げに入る。


 タコちゃんに仕込んで貰った唯一の術を発動する。


 両手に光の輪を発生させ、地面に向かって飛び込むと、まるで水面に落ちたかのように、ユズツーが地面に吸い込まれる。


 残されたオビト達は、やり場の無い怒りを残したまま、ただ佇んでいるしかなかった。









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