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猟域脱出4

「さて、ここは既に文明界だよね。このまま東に向かうってことでいい?」


 よく考えれば、目的地を全く確認すること無く、タコちゃんに付いて来ていた。


 何のために何処へ向かっているのか、私にとっても重要度が増している。

 目的が分かれば旅の過程において、私のやるべきことを想定出来る。


「ここから更に東へ12000㎞先に、世界の底に至る道がある。目的地はそこだ」


 世界の底は、確かタコちゃんが私に会う前に居た場所だ。

 私は以前にタコちゃんを攻撃して、色々なものを壊し、転移術の門も完全破壊している。

 つまりタコちゃんの目的は、私が破壊したものの修復だ。


 森に閉じ込められ、正気も狂気も平らに均されてしまったが、心苦しさは変わらず感じる。

 私は恩ある相手の財産と言えるものを破壊するという罪を犯している。


 償いもせず、自分勝手に誓いを立てて、心を塗り潰して均衡を保とうと必死だ。


「タコちゃんはさ、取り戻した物をまた私に壊されるって考えたりしないの? 私はきっとまたヤルよ」


 自虐と攻撃しか出来ない。私は私に不満がある。他全ては許せても、自分を許すことは出来ない。


 私から僅かに漏れ出した振動エネルギーが、服の一部を内側から破裂させ、触れる空気を焼き尽くして突風を巻き起こす。

 地面の砂は一部融解してガラス状に成り、赤々と熱を放っている。

 吹き荒れる熱風の中で、私は髪を一切乱すこと無く、彫像のように佇むしかなかった。


「ユズが破壊を望めば、この世界でそれを避けられる者はいないだろう。今回の事で言えば、むしろちょうど良い。世界の底に残した我々の残滓を完全に消すことが目的なのだからな」


 顔が真っ赤になる。私の羞恥心メーターは完全に針が振り切れていた。

 以前の行いを責められていると思い込み、啖呵を切って中学二年生も真っ青のアクションをしてしまった。

 これから先、何度も思い出して悶絶すること間違い無しの黒い歴史が、また1ページ増えてしまった。


「じ、じゃあさ、は、早く行こうよ!い、急がないと危ないんじゃないの!?」


 こういうときは勢いで行くしかない。


「別に急ぐ必要はない。我々がその場に居なければ、意味を成さないものだ」


「と、とにかく進もうよ!オビトの狩人が追いかけて来るかもしれないし!」


 私達の文明界第一歩は、慌ただしくも恥ずかしい幕開けとなった。



 ◇◇◆



 窓の外が薄っすらと明るくなってきた。机の上に思い付く限りの猟具を並べて、狩の手順を思い描く。


 獲物に追い縋るが、姿さえ捕らえることが出来ない。信じられない速度で音も立てずに動き、僅かな痕跡さえ残さず、風の様に消える。


 今の自分では何も始まらない。そう実感するだけの実力差をはっきり感じている。


「じゃまするでー」


 よく通る柔らかい声がすると、開けていた窓から白毛の塊がスルリと部屋に入ってきた。


「シキか。あたしは今忙しいから後にしてくれ」


「なんや。せっかくウチが慰めたろ思って来たのに、あんまりやないの」


 腿までしか無い前合わせの衣に皮帯をしただけの白毛が、頬を膨らませている。


「外界獣に猟線を破られているんだ!急がないと取り返しが付かなくなる!」


「そんなもんだーれも見てへんで。アカガシラにどつかれて、幻覚でも見たんちゃうか?」


 シキの言い分は正しい。外界に潜む正体不明の存在は、痕跡すら見つかっていない。


「報告書、見たのか? お前にしては珍しいな」


「見んでも分かるわ。アカガシラは100人で狩る獲物やろ? それを一人で狩る奴なんか、キリン言うふざけた名前の奴くらいや。最強の狩人の武勇伝が増えたて、みんなお祭り騒ぎや」


 若い狩人を守るため、無謀な狩に挑みはしたが、結果は散々だった。

 3人を逃せたものの、足の骨を折られ血の匂いに誘われた他の獣に追われ、掟に従い自決寸前だったのだ。


「肝心なところが抜けてるだろ! あたしは間違い無く奴の声を聞いた! あれはただの獣じゃない!」


「ほんならそいつはなんや?」


「(竜越者)だ。」


 シキの耳がピクリと動き目を細める。


「そら、どえらいモンが出たな。竜狩りのあんたがその名を出すっちゅうことは、ほんまにヤバイみたいやな」


「とにかく、あたしの権限が効く最大範囲の1000人猟隊で網を張る。これ以上は、お屋形様にお願いするしかない」


 狩人は自分の狩場に誇りを持っている。同胞とは言え、外から狩りの手助けを頼むことは身を切る思いだ。


「ほんなら柱城に行くんかいな。網の仕切りはどーするんや?」


「お前に頼みたい。礼は必ずする」


 シキの顔がにんまりと笑う。


「うそ!ええの!?」


 予想通りの反応が返ってきた。シキには昔からねだられていることがある。


「どうせあたしの体が目当てだろ? お前の女好きは昔からだからな。これが片付いたら好きなだけ付き合ってやるよ」


 街を歩けば男の視線が必ず付いて来る肉付きのシキだが、何の因果か女にしか興味がない。

 何が嬉しいのか、白い尾を股に挟んでクネクネしている。


「よっしゃ!そのお願いはウチにまかせとき! ばっちり仕切って、竜越者の尻尾掴んだるわ!」


 シキの腕は確かだ、狩名 (シキ)を持てる実力者は、この辺りにはいない。

 猟術の練度と、狩ったことのある最高の獲物の名を合わせて狩名となる。

(シ)は猟術4段位の(紫)、(キ)は鬼面獣の(鬼)だ。

 達人の域でも名乗ることが難しい狩名だ。


「あたしは翼獣で柱城に向かう。網の状況は一時間おきに、木霊笛で伝えてくれ」


「わかった、わかった。ウチが何でもやったるわ。1000人隊の人選はこっちでやっとくから、早よ行き」


 既に用意してあった旅の荷を担いで走りだした。

 体は軽く目的地まで飛ぶように進む。


 これから始まる狩に興奮している。これ程昂ぶったことは今までなかった。

 竜を仕留めたときでさえ冷静だった。


 狩場で生を諦め、そして生かされた。


 この生は、竜越者に与えられたものだ。狩という行為をもって取り替えさなければならない。


 朝日が昇り始め、明るい光が目にしみる。


 最高の狩が始まる。そんな予感が心に満ちていた。










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