森林脱出19
文明界がどういう場所か、理解しているわけでは無い。全くの想像で、人の住む世界なのではと思っている。
私はどうやらその場所へ着いて行ってもいいらしい。
折角止まった涙が、また溢れて出そうとする。
今は抑えるしかない。私はやるべき事をやらなくてはならない。
タコちゃんから受けた恩を返したいのだ。
返して欲しいと言われた訳では無い。私が返したいから返すんだ。
ただの自己満足で、無理矢理でっち上げた私の存在理由でしかない。
だから、これは私の中だけの誓いだ。
外に決して漏らさず、私の全存在を賭して臨む。
今明らかなことは、タコちゃんは文明界に行く必要があるということだ。
ならば、私はそれを助けるだけだ。
「私もいっしょに文明界に行くよ」
簡単な言葉で意志表示をしたが、これは私の誓いの言葉だ。間違いなく実行する。
文明界ち行くにはこの場所から移動する必要があるだろう。だが、生命はおろか存在さえも許容されない死の大地に囲まれているのだ。正攻法で移動することは出来ない。
普通では無い状況を打破するためには、非常識な私の力が発揮されることもあるだろう。
「終焉の黄土だっけ?ここを渡る手段はあるの?」
奇岩の上から遠くまで見渡せるが、何処を見ても黄色い地平線が続いている。私の指摘は真っ当なものだろう。
「通常であれば転移術で渡るが、今は二つの問題があって使用することが出来ない。時間がかかるが空操術で橋を架けることで渡る」
どうやら時間がかかるようだ。
待つ事に関しては大得意なので問題ない。このままタコちゃんにお任せする方針が確実だろう。
だが、言葉から察するに時間がかかることに懸念があるようだ。文明界へ行く理由には緊急性があるのかもしれない。
「転移術が使用出来ない問題は解決できないの?」
「恐らく不可能だ。転移術は離れた二点を繋ぐ術なので、行き先を記憶した門という情報が必要になる。我々の有していた門は、全て失われてしまった」
以前も転移が使用出来ないことを簡単に説明して貰っていたが、私が壊してしまったものだ。ようやく何を破壊したのか把握出来た。
私が悪いことは最早どうしようもない。ならば、私の力で挽回するまでだ。
「私が門を作りに終焉の黄土の外まで行って来るよ。これで問題は一つ解決だね?」
私には恐らく独力で、終焉の黄土を渡る能力がある。全てを砂に変える火力も、空気が存在していないことも、私には何の障壁にもならない。
重量が重過ぎて足を使っての移動は出来ないが、体を弾丸のように飛ばせば良いのだ。
「ユズは転移術を操ることが出来るのか?」
「全く出来ないよ。ただし、転移術を使えるタコちゃんを運ぶことは出来るよ」
私のプランはタコちゃんを運ぶという単純なものだ。問題はタコちゃんをどう守るかだけだが、何とかなる目算はある。
「我々の体は終焉の黄土の環境に耐えられない。どれだけ短い時間で渡ろうとも、我々が絶命する方が早いだろう」
予想どおりの回答だ。私だって同じ立場なら同じことを言うと思う。だから、私は用意してあった返事をそのまま返した。
「私の故郷では生存不能な環境に行くとき強固な殻を纏うんだよ。私という殻でタコちゃんを包めば、どんな環境でも渡る事が出来るよ」
「なるほど。確かにその方法であれば問題が解決するが、私の質量をユズの何処に収めるのだ?」
これも予想どおり、タコちゃんは察しが良くて助かる。
「タコちゃんは、身体の一部を分離しても術が使えるでしょ?私に重力制御の足輪を付けてくれたし。だから転移術に必要な分だけ、ここに入って貰うね」
そう言って私は口を開けた。
「その器官は相手を虚無に引き摺り込むものではないのか?我々の一部が入って無事に済むとは思えないが」
どうやら私のお口もタコちゃんのトラウマポイントのようだ。明らかな怯えを感じる。
「あんまり奥に入らなければ大丈夫だよ。私に食べる意志はないし」
「そこは捕食器官だったのか。まあ、そうであれば我々が内部で生存することは可能だろう」
若干失礼なことを言われた気もしたが、概ね私のプランを承諾してくれたようだ。
「もう一つ問題があったよね?それも聞かせてよ」
「それについてはもう解決した。ユズのような巨大な存在は、転移の門を抜ける事が出来ないのだ。今回は転移先に既にユズが居ることになるので問題無く移動出来る」
「へー。そうなんだ」
一度タコちゃんの中の私のイメージを確認しておこう。完全に怪獣路線で認識されている気がするので、どこかで払拭する必要がある。
「終焉の黄土を渡る手段はなんとかなりそうだが、着いた先の大地はユズの質量に耐えられない。何か当てはあるのか?」
タコちゃんに痛いところを突かれた。確かに一番の問題ではある。
この森以外で強化が起こるとは思えない。私は自分の重量を支えることが出来る位置まで、地面に埋まるだろう。
地面に埋まっていて、文明界に居るとは言えない。
「打つ手はないね。地面の下から文明界を眺めることにするよ」
「ならば我々に一つ案がある。試してみるか?」
どういうことなのだろうか。タコちゃんは私と文明界で行動を共にすることに価値を見出しているようだ。
私には思い当たらない。私は私の力に価値を見出せない。
タコちゃんがどうすることも出来ない何かがあり、私の力が必要と考えるのが妥当だろう。
何を望まれるか解らないが、私はやり遂げる。私の存在意義である小さな誓いにかけて。
「正直困ってたから、お願いするよ」
私に断るという選択肢は無い。タコちゃんの消滅に関わること以外は受け入れるつもりだ。
「そうか。早速試すことにする。我々の術が完全するまで動かないようにして貰えるか?」
「わかったよ。大人しくしてるね」
私の動きが止まると、タコちゃんが背中に何かを張り付け始めた。以前の足輪のように、タコちゃんの触手で構成された何かだ。
今回はかなり大掛かりで、背骨に沿って外骨格のようなものを張り付けられた。
背骨を中心に身体の端に向かって、細い管状の触手が張り付き、関節の外側に外骨格状の殻が形成される。
管や外骨格の隙間は、皮膜状になった組織で覆われ、肌の触れる関節部や、手のひら、足の裏は剥き出しのままになった。
私の主観では、紫生肉の穴あきボディースーツにリザードマンを添えてと言った感じだ。
タコちゃんはどこかやり切った感のある佇まいだ。
今回は中々意図が解らないので、一つ質問することにした。
「これ、なんで体の前は全然覆われてないの?」




