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森林脱出17

 今、高度は5000mに到達したあたりだ。軽くジャンプしたつもりが、ロケットのように射出されてしまった。


 重い訓練具を身につけて厳しい修行に励み、実戦前に拘束を解いたバトルものの主役のようだ。

 中々の盛り上がりポイントだが、生憎と私には闘うべき相手はいない。意味の無い演出になってしまった。


 遥か下の地の底で、タコちゃんがこちらを見上げている。久しぶりの空からの景色だ。宇宙を目指していた頃が懐かしい。


 よく考えれば、体重軽減無しで宇宙に行けそうだったのだ。軽くなっているならば、楽勝で脱出速度に到達するに決まっている。


 今度からは、気をつけてジャンプしよう。うっかり宇宙に行って帰って来れなくなる可能性がある。考えるのを止めるにはまだ早い。


 せっかく大ジャンプしたので、地上に着弾するようにブレスで姿勢制御しておく。奇岩が運良く残っていたので、今回も大樹を薪割りダイナミックすることにした。


 轟音と共に、大樹どころか奇岩まで砕かれた。確実に以前より重量が増している。タコちゃんに付けてもらった足輪も、いつのまにか弾け飛んでいて、軽量も機能しなかった。


 奇岩と大樹は砕かれたが、私が作った地の底まで続く大穴は塞がりつつあった。相変わらずの再生力だ。


 タコちゃんも地上に登って再生を観察していた。状況の理解力は中々のものだ。私が初見だったら呆然と立ち尽くしていただろう。


「いや〜失敗しちゃたよ。付けて貰った足輪壊れちゃた。ゴメンね。」


 確実に私が悪いので、先手で軽く謝っておく。ばつが悪いので、有耶無耶にしたい。


「問題ない。ユズの話にあった、この世界の現象について確認することが出来た」


 相変わらずのポジティブ発想だ。話をそらすついでに質問でもしておく。


「タコちゃんは再生対象じゃないみたいだね」


「この世界にあるものは、持ち込まれる際に何らかの術を施されるのだろう。無理やり侵入した我々はその術を受けていない。世界に修復されているのではなく、自らの力で不滅となっている存在。それがユズとこの世界の構造物だ」


 核心を突く回答が返ってきた。薄々は気づいていたことだ。私はこの小さな世界から出てもこのままなのだ。


 今まで、脱出が叶えば全て解決すると思っていた。だが、私が脱出後にどうしたいのか決めなくてはならない。


 一つはっきりしていることがある。もう、一人にはなりたくないのだ。ならば、今はタコちゃん次第だ。私は今出来る協力を惜しまない。


「セーブポイントはこっちだよ」


 私には手に取るように解る経路を案内する。


 セーブポイントに到着してからは、タコちゃんの執拗な調査が始まった。球体を触手でこねくり回している。


 私は果実を収穫して、タコちゃんに勧めてみたが、必要ないようだった。


「ユズは食物の摂取を必要としないはずだ。何故それを我々に勧めるのだ?」


 私を若干怪しむ疑問が返ってきた。


「習慣だよ。お客様を招いたら、何かでおもてなしするのが、私の文化圏の常識なんだ」


「ふむ」


 私にアドバンテージのある情報を返しておく。これ以上の詮索があっても、どうにでもなる状態にしておきたい。今の私の立場は危ういと考えているからだ。


 私は勢い余って襲いかかり、タコちゃんの一部を食べている。どんな生命体かは概ね把握している。

 タコちゃんの体は、柔らかい金属で出来た細胞で構成されている。細胞内の金属構成を調節することで、形状や硬度を自在に変化させる。

 中枢神経や生命維持機構が複数あったり、変に独立したりしているのは、複数の生命体が一つに統合されていると推測できる。


 ここまで知っていても、タコちゃんの過去や思想や好みは知らない。話して貰らえない立場なのが今の私だ。


 私は聞きたい。だが、聞く勇気は無い。


 この儚い関係性すら尊いのだ。聞けば壊れてしまうかもしれない。


 ならば私は待つ。待つのは得意だ。


 私が悶々としている間に、タコちゃんの調査は完了したようだ。触手を玉から離して、私の方へ近づいてきた。


「この球体は世界の矛盾を解消するために作られたものだ」


「矛盾というと、世界の大きさに対して昼夜のバランスが無茶苦茶なこととか?」


「そうだ。大地が循環していることや、元世界から分断されていることも含まれる。矛盾が無くなれば、捻れ世界は解除される。」


 どうやら矛盾を正せば、元世界と捻れ世界は一つになるようだ。

 問題は矛盾を正す方法が不明なことだ。これまで散々足掻いて駄目だった私には、見当付かない。


「タコちゃんには矛盾を無くすことが出来るの? 」


「可能だ」


 私の触れられない理にタコちゃんは触れられる。世界の壁を超え、重力を軽くし、2つの世界を1つにする。


 まるで魔法のようだ。


 私は狂ったような物理特化だ。

 なるほど、魔法使いにしか理解できない理屈で、閉じ込められていたのだから、脱出が叶うわけがない。


 これまでの試行には何の意味もなかった。自分の無力に打ちのめされる。


 タコちゃんは世界統合の準備をしているようだ。


 私はただ見守ることしか出来ない。何も手伝えない無理感が、恥辱となって胸を締めつける。


「一つ聞いてもいい?」


「なんだ?」


「私は一つになった世界に行っていいの?」


 自分を卑下するあまり、突拍子も無い質問をしてしまった。今の私は質問せずにはいられないほど追い詰められている。


「意志のある存在は、行きたい場所に行くべきだ。ユズが行ってはいけない場所など存在しないのだから、自らの意志に従えばいい」


 タコちゃんは話し終えると同時に、銀の触手でセーブポイントを突く。


 途端に世界は変わり始める。世界の隅々まで認識している私には、世界が割れる有様が伝わって来る。


 球体だったものが平面になろうとする、超常の何かが世界全体に作用している。


 世界はまるでミカンの皮を剥くように裂け広がり、落ちるとも飛んでいるとも解らない無重力状態で、何処かに向かって引っ張られていく。


 やがて世界は、大きな広がりを見せる。


 知覚出来ない世界の先が生じている。


 私一人ではなし得ることが出来なかった脱出が遂に成った。


 私はただ泣いていた。

 これまで一度も起こらなかった心の動きに対処出来なくて、泣くしか出来なかった。










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