森林脱出15
振動エネルギーのコントロールは、以外にも簡単だった。扱う環境が私の身一つなので、制御に関してはどうにでもなる。
加速によって得たエネルギー以上に、振動エネルギーは大きなものだった。
発生させた振動を一点に集めることで、エネルギーが増幅される。
ただ力を掛け続けるだけでは無いので、エネルギーのチャージも早い。
私の質量と剛性を掛け合わせて得たエネルギーは莫大なものだ。少し漏れた振動エネルギーが空気を発火させ、時折火花を散らしいる。
振動エネルギーは扱い易さを考えて、手のひらに集中させている。手にエネルギーを集めるなど、私の中の中学2年生もまだまだ現役のようだ。
恐らく最大加速した以上の衝撃が発生しそうだ。この世界で最も大きな質量を持つ地面に向けて、試し撃ちしてみる。
地面は一瞬にして消滅した。空気は燃焼し、辺り一面真っ白な光に包まれた。隕石の衝撃が一番近い状況だ。半径10kmは余す事なく破壊し尽くされた。
発生した衝撃波で、私自身も吹き飛ばされた。私の重量を凌駕するとは、恐ろしい破壊力だ。
私の体は打ち上げられ、地面に開いた大穴に落下していった。
地の底で仰向けになって見上げると、セーブポイントが無傷で浮かんでいた。
やはり、アレは破壊出来るものでは無い。アレが外に繋がっていると信じて救難信号を送るしかない。
救難信号送信を継続するために、衝撃波の影響を考えなくてはならない。毎回地面が無くなるようなことがあれば、信号の継続送信は出来ない。
解決方法は簡単だ。セーブポイントに乗っかって信号送信すれば、地面を気にする必要はない。衝撃波で吹き飛ばされそうになれば、両足でしっかりホールドすれば良い。見た目はカッコ悪いが、完璧な作戦だ。
救難信号作戦を開始する。セーブポイント周辺は常に破壊され続け、その中心に破壊の権化となった私がいる状況だ。封印されている邪神にしか見えない。
救援が何処からやって来るか分からないので、全ての知覚を総動員する。一周36km、上空6000m、地下3000mの範囲であれば、全てを認識することが出来る。
後は待つしかない。私は救難信号動作を反射で行えるようにして、意識を記憶の部屋に移した。
私は自室に居ながら、外の状況をモニターに写して待つことにした。
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私は時間の認識を早くする術を得ていた。流れるように昼夜が過ぎ、ただ星空の情報だけが更新される。
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一般的な寿命による脱出は叶わないようだ。
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それは、何の前触れも無く現れた。
黒い星が朝日の光を7つに遮っていた。
私は動きを止め、常に鳴っていた破壊の轟音は消え去り、周囲は耳が痛くなるような静けさに満ちていた。
黒い星、いや星型のそれは、中央に巨大な単眼を据えている。単眼から7つに分かれた触手がゆっくりと宙を舞っている。重力を全く感じさせない佇まいだ。
触手はそれぞれ特徴があり、
紫の鱗で覆われたもの、
象の鼻のようなもの、
銀色に輝く滑らかなもの、
人の腕が寄り集まったような不気味なもの、
赤く太い毛に覆われた肉食獣の尾に似たもの、
長い舌に青い突起が無数に付いたもの、
岩石の様な甲殻に黄色い鉤爪がついたものと、
実に多彩だ。
私の知覚が、ソレを事細かに解析する。間違いなく動物であるものが、私の目の前にある。
感情が爆発しそうになるのを必死に我慢している。私が孤独から逃げ出すために、待ち望んだ相手がココにいる。
絶対に逃してはならない。
そんな思考を巡らせていると、不気味な音が少しずつ強くなってきた。相手からではない。言うなれば動物の威嚇音だ。
耳が痛くなる様な高音が混ざるようになって、この音が私から出ていることに気づいた。
私は知らないうちに金切り声を上げていた。声を上げる衝動が我慢出来ない。
私の内から知らない感情が吹き出している。
怒りだ。
怒りが込み上げて来る。今まで抑圧されてきた私の人間的な部分が、周囲の空気を歪めるような怒気を放っている。
しかも私の冷静な部分が、怒りを許容している。
私は相手に救援を求めている。しかし、怒りを抑えることは出来ない。全く矛盾している。
今にも飛びかかろうとしている体には、自然と振動エネルギーが満ちていた。
これを生き物にぶつけようとしている。救難を求める相手にすることでは無い。馬鹿げている。
背後にエネルギーを打ち出して、爆発的な推進力を持って相手に突進を開始してしまった。私の衝動は止まらない。
だがその直後、体がふわりと軽くなり、浮き上がり始めた。相手が私に対して何かをしたのだ。
正体不明の現象だが、目的は明確だ。私の動きを止めようとしている。重力を制御して相手の自由を奪うとは、中々に理知的な奴だ。
私の中で対抗心が燃え上がる。重力制御ごときでは、私の自由は奪えない。
振動エネルギーを細かく解放して、私自身を相手に向けた弾丸とする。
辺り一面が真っ白だ。私は光の尾を引いて真っ直ぐ突進する。
途端に相手が動き出した。7本の触手の先端を一箇所に集め、黒い球体を形成する。
大技の予感だ。だが、構わない真っ直ぐぶつかるのみだ。私にはこれしかできない。
黒い球体に触れると、妙な、だが、よく慣れた手触りだ。恐らくこの世界の破壊不能オブジェクトに近い。
「そうか…私を閉じ込めたのはお前か……」
私は即座に関連付けた。この出来事の一致を別物だと考えることは出来なかった。
怒りが限界を超える。視界が赤く染まるような感覚があり、私の理性が吹き飛ぶ。
全身全能全神経を持って怒りが解放される。
黒い球体に吸収されていた右手の振動エネルギーに、左のエネルギーを加える。二つのエネルギーの共振で空間が軋み震える。
黒い球体は、金属を叩いたような高音を放って、あっさりと消滅した。
その瞬間、吸収されていたエネルギーが解放され、私の体と共に、地面に突き刺さる。
分解された地面は巨大な放電を起こし、破壊を周囲に広げる。私は奴を見失っていない。紫色の触手を掴み、肉に指を食い込ませている。
触手は、あっさりと自切され私の動きを封じ込めようと絡みついてくる。
私は触手に喰らい付き、まるで麺でも啜るように相手の一部を異次元臓腑に収めた。
相手の構成要素がすぐに判明する。有機体ではあるが、触手部分は追加パーツのように生命維持に直結していない。また、凄まじい再生能力と、侵食能力を秘めている。
私の体を奪うことは出来ないようだ。
奪いたければ奪えば良い。むしろ望むところだ。
私と奴は、地の底にいた。
度重なる破壊で、地の底より上は殆ど残っていない。
奴はかなりの傷を負っていた。熱で表面が焦げ、衝撃波を受けて裂傷だらけだ。
宙に浮かぶ力は無く、4本の触手で体を支えいる。感情の伝わらない大きな単眼は、私を真っ直ぐ見据えている。
私は躊躇なく、肉食獣のような姿で襲いかかる。
抵抗する触手を叩き、千切り、喰らい、遂には単眼を抉り出す。
奴はビクビクと身体を痙攣させるのみだ。
私の怒りは私によって止められない。ブレーキの壊れた車のように、破壊衝動がエスカレートするだけだ。
単眼を抉り出した穴に上半身を潜り込ませていた。
巣穴に逃げ込んだ兎に迫る猟犬のように、相手の命に牙を立てようとしていた。
「……………!!!」
始めて奴の声を聞いた。知らない言語だが、間違い無く命乞いの言葉だった。
怒りの芯に冷たいものが走る。その冷気が激情を速やかに冷やしてゆく。
取り返しのつかないことをしてしまっていた。
私は殺める寸前だった生物の体から、上半身を引き抜いた。
そこには残虐の限りを尽くした有様だけがあった。
私は何も考えられなくなり。叱られた子供のように膝を抱えて座り込んだ。
ただ目の前の生物が死なないように、身勝手な願いを込めて祈るだけだった。




