禁域脱出5
「ユズ、欲国で遭遇した神体と同じ力を感じる。アレへの干渉は、慎重にした方がいいぞ」
「手は出さないよ。見てくれって言われから、見るだけだよ。それより、あの門の向こう側に、法国があるみたいだね。全部は把握出来ないから、かなりの広さがあるみたい」
タコちゃんが声を出す事は少なくなった。
私との情報共有は、私の肌に張り付いている分体が担当しているので、常時オンラインの超速チャットをしているようなものだ。
お互いに声をかけるのは、感情の必要な情報共有を行う場合だ。
今は、緊急事態という危機を共有するために、お互い声を使った。
「アレが秘めている術力が全て解放されれば、核兵器と同等の威力がある。我々の転移術でも、全てを無力化する事は出来ない。警戒は常にしておいた方がいいだろう」
「核とは穏やかじゃないね。何かあったら、出来るだけ多くの人を転移させてね。私は多分、大丈夫だから、後で回収してね」
私が持つ記憶は、どんな事であっても鮮明に思い出す事が出来る。子供の頃の思い出も、流し読みしたネットの記事も、分け隔て無く忘れる事は無い。
タコちゃんと共有している情報は、私の記憶に関するものも含まれている。プライベートな事以外は、大体共有しているので、私の持つ常識的な事は、タコちゃんも理解しているのだ。
樹壁の歪んだ空間の裂け目から、樹人の姿があらわになる。
全長が10mを超えるソレは、生物なのか装置なのか判断に迷う姿をしている。ただ、初めに樹人と聞いていたから、どうしても姿形を人型に捉えてしまう。
頭に相当する位置には、透明な液体を丸く固めたような物体が取り付けられている。球体から伸びる青白い筋繊維のようなものが体を形成し、手足は細かい枝のように細かく分岐している。
宙に浮かんだ樹人は、音も無く鳥が飛ぶような速度で、西に向かって進み始めた。
樹壁に張り付いている都市では、大きな騒ぎが起きていた。
世界樹の神殿からすれば、樹人は神の使いであり、世界を正しく導く調停者だ。その存在を目の当たりにして、信徒が崇め奉るのは当然の事だ。
樹人は私の頭上を越えるときも、周りの何にも反応しない。
私としては、ブラド辺りが樹人に喧嘩を売らないか心配だったが、ブラドは樹人に興味が無いようだった。
リュー君とミトラは、ただ呆然と眺めるだけで、特に何か行動する事はなかった。
樹人が西の空の向こうへと消えてゆく。恐らく西の武国で行われている戦争を調停するために行くのだ。
ここで一つ疑問が浮かんだ。
武王は、覚者ないし忘者であり、神人に連なるものだ。
樹人も、構造や性質、タコちゃんの見立てでも、神人由来の何かではある。
そうなると、世界の和を乱す役と、調停する役は、どちらも神人という事になり、壮大な自作自演な訳だ。
ある種、世界の統治方法としては合理的ではあるが、人間味が無いというか、システマチックというか、とにかく生ある者の仕業とは思えない。
神人=モリビトというのは、些か暴論な気もする。
狩猟王を見るからには、とても同質の者には思えない。まあ、狩猟王はモリビトの中では、異端者ではある。
モリビトの思想違いの一派が神人というのが、落とし所だろうか。
どの道、神人に会ってみないと、分からない事だ。今は、考えるだけ無駄だろう。
「それで、アカネちゃん。樹人を見たけど、この後は、どうすればいいのかな?」
「竜越者の思うままに行動して下さいと聞いておりますー」
「何をしてもいいの? 帰りたかったら帰ってもいいって事?」
「お帰りの際は、案内が必要でしたら、お声がけ下さいー。アカネは暫く、この森城におりますのでー」
なるほど、狩猟王は私を掌で転がしたい訳だ。今、この瞬間に、私が欲国、武国、狩猟国に居ない事が、狩猟王の利に繋がるのだろう。
さらに、私が法国で何かする事も見越している。
この手の期待には答えたくなってしまう。元々、モリビトの住む法国には用事があるのだ。
あの樹人が出て来た先に、私とタコちゃんが求めるモノのヒントがあるかもしれない。
「じゃあ、ここからは自由行動にさせてもらおうかな。せっかく来たんだし、法国観光でもしてから帰るよ」
「わかりましたー。ご用の際は、木霊笛でお呼び下さいー」
そう言い残すと、アカネちゃんは、森城の中へと消えて行った。
「ユズさん、僕もついて行っていいですか?」
「俺もいくぞ。周りに狩人が居ると落ち着かん」
リュー君とミトラも来るようだ。ブラドは、顎で樹壁の方を指しているので、ガイドはお願い出来るみたいだ。
――
森城を出て暫く密林を行くと、木の板で地面を補強した山道のような道に出た。
樹壁の都市に向かう為の道なのだろう。多くの人が歩いた形跡がある。
世界樹の神殿の信徒は、樹壁に到達する為に、まず南の海を進み、剣奴連国の東にある大河を目指す。
数日間、大河を船で北に進み、途中から徒歩で樹壁に到達するのが、一般的な巡礼のルートだ。
今歩いている道は、そんな巡礼路のゴール付近な訳だ。周囲の木に、飾りや彫刻があり、巡礼者のテンションを上げる演出がされている。
森の道を抜けると、樹壁を背に、巨大な石壁に囲まれた都市が姿を現した。
石壁にある門の前には、大きな荷物を担いだ人々が列を成していた。
世界樹の神殿の信徒は、白い法衣を着ているのだが、荷物を担いだ人達は、服装もバラバラだ。
この都市は、陸の孤島であり、森で獲れる物以外の物資は、徒荷が全てだ。
この都市で商売をするために、人々は人力で荷物を運ぶ。それだけ、この都市には富も集まっているという事だ。
都市に入るには、入場審査の通過と税金を納める必要がある。当然、信徒であれば無条件、非課税となるが、私達は違う。
長い列に並び、ようやく私達の番が回ってきた。
「入場目的は何ですか? 身分を証明出来る物があれば出して下さい」
法衣に鎧を付けた係官が私達に質問をする。
「商売だ」
ミトラは、一言だけ放つと、前に剣奴連国の賭場で見せた印章を見せた。
「これは、失礼致しました。コーラル商会の方でしたか。お連れの方共々、お通り下さい」
私達の一団で、最も社会的地位の高い人物はミトラだ。宗教都市であっても、一発無条件入場とは、コーラル商会の威光は、半端ない。
樹壁都市ユリスは、白い建物ばかりで構成されている。
樹壁の色が白であり、それが神聖視され、都市建築にまで影響している。
樹壁を背に半円形に広がった都市の中心には、大神殿がある。
先程、樹人が現れたばかりなので、町のあちこちから祝詞が聞こえる。
「おい、とりあえず、この町で一番いい宿に行くぞ。これ以上、泥塗れでいるのは、我慢できん」
ミトラの普段の生活水準の高さが良く分かる。山道を少し歩くだけでも、上流階級の人には、耐えられないようだ。
「いいけど、私、そんなにお金ないよ」
「賭場で赤錆組から抜いた金貨は、どこいったんだよ! ああ、そんなのどうでもいい。俺が全部出すから、気にするな。早くいくぞ」
ミトラの強引な押しにより、宮殿のような豪華さの宿に泊まる事になった。
ミトラは、泥と汗を落としに、浴場へ行ってしまった。
「それで、どうやって法国に入るんですか?」
「それが、簡単というか、別に閉ざされている訳ではないんだよね」
「僕の探知では、何処にも入り口なんて見つかりませんでしたよ」
「リュー。法国のある捻れ空間には、鍵は存在していない。ただ、上位術を理解する者にしか入り口は見えないようになっている。恐らく、高位の術者を選別して、招き入れる仕組みのようだ」
私の法国入りが絶望的と分かった瞬間だった。




