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禁域脱出3

 ミトラを落ち着かせ、他愛の無い話をして、お風呂タイムは終了した。


 ミトラの話の片鱗から、敵に囲まれて生きてきたという過去が感じ取れた。

 生涯に味方と呼べる存在が無く、己の才覚と危機察知能力だけで生きてきたようなので、今の状況では生存不可能であると感じていたようだ。


 ミトラは少し一人になりたいようだったので、私は野暮用を済ます事にした。


 向かう先は、この施設の屋上に当たる場所だ。

 外から見れば、湯煙に隠された岩塔群の頂点になる。

 岩の煙突群が水蒸気によって煙っており、外から様子を伺う事は難しい。ここは天然の要塞でもあるのだ。


 湯煙の少ない、僅かに夜空を真上に見る事の出来る位置に、目的の人物は座り込んでいた。


「話があるみたいな事を言ってたから、きたよ」


「どうしてここが分かった?」


 坊主頭に近い短い銀髪が、こちらに顔を向けずに質問してくる。


「知っていたというのが近いかな。私は、闘技会に参加する為に、天眼県に入ったあなたを認識してから、一度も見失った事はないよ」


 ブラドは、私と大闘技会の最終戦で闘う為に、剣奴連国へと入った。

 私が最終戦で勝利してからは、行動を共にしているので、存在を見失う事は無い。

 私から半径18km以内ある存在は、術力を除いて、完全に把握している。

 私の前には、他者のプライベートというものは存在しない。どんなに恥ずかしい行為をしていようとも、私には筒抜けなのだ。


「お前、オレの策を退けて、オレに勝ったな? それで何を得た?」


「私は、自己満足を得たよ。後、ブラドに勝つには、通常状態では無理である事を確信したかな」


 私はタコちゃんの重力軽減術の下しか、通常の生活を送れない。

 術の制御下では、私は力のほぼ全てを制限しなくてはならない。


 ブラドとの戦闘では、重力軽減術を維持出来る限界を攻めた。そうしなければ、闘技で敗北していた。


 私は勝ちにこだわって、タコちゃんに無理を言って、闘技のルールにも違反した。

 そこまでして勝ちたかった。いや、負けたくなかった。自分で挑んだ勝負に負けるのは、昔から嫌だったから、自己満足の為、勝ちに行ったのだ。


「オレは、勝つまで諦めないで生きてきた。次勝つ為に考え、変化して、待つ。それがオレがやってきた強さだ」


「前も言ったかもだけど、私と強さを比べる事は、無意味な事だよ」


 ブラドの雰囲気が変わる。私を攻撃する気だ。


「お前の強さは関係ねぇ。ただ、お前相手だと待つができねぇ」


 ブラドが体を反転させ、立ち上がりと同時に拳を突き出す。

 私の顔面に迫る拳には、ブラドが新たに加えた氣術が効いている。

 恐らくは、私の扱う振動エネルギーと同種の力だ。氣によるエネルギーだけの見えない領域に空気を取り込み、内部で回転させ、増幅したエネルギーを閉じ込める。


 莫大なエネルギーがブラドの拳から、私の人中に伝達される。

 回避するという選択肢はなかった。回避不能な位置まで接近したのは私だし、無理にかわせば、タコちゃんの分体は、完全に消滅する。


 このまま、素直にブラドのエネルギーを受けると、重力制御で、摩擦が弱くなっている私の足の裏だけでは耐えられない。

 最悪、今日泊まる予定だった、宿場町までふっとばされる勢いなので、後方宙返りの要領で、回転でエネルギーを逃し、少し後方に着地した。


 辺りにあった湯煙は、衝撃で全て吹き飛び、夜空が一気に広がった。


「強さを試したいからといって、いきなり人を殴るのは良くないね。びっくりしちゃうでしょ」


「悪りぃな。お前相手だと、待てねぇ。今も通用しないと分かってても、拳がでちまった」


 私が出会った生物、無生物で、今のブラドの一撃を受けて、無事に済むモノは無い。

 そんな力を独力で手に入れても、何の意味も無い事は、私が一番良く知っている。

 圧倒的な力ほど退屈なものは無い。


「何者にも勝る強さを得ても、その先には何もないよ」


「そうでもねぇぞ。オレより強い奴がいる限りは、強さを求めるのも悪くねぇ」


 ブラドの雰囲気が変わり、攻撃的な気配が無くなる。


「試しの度に殴られるんじゃ、私が損じゃない。次からはお代を頂こうかな」


「いいぜ。体でも金でも、なんだって払うぜ。お前は最高の存在だからな」


 駄目だ。思考が武力全振りのヤンキーだ。


「では、これから法国に行くから、前言ってた吸血鬼を創ったモリビトを、探してもらいます。見つかるまでは、私を殴らないこと」


「そんな事か、いいぜ。法国に着いたら、10秒で捕まえてやるよ」


 別に捕まえなくても良いのだが、対価の落とし所としては、まずまずだ。


「それから、リュー君が探してるから、一緒に湯に浸かってあげてね」


「なんだそりゃ、別にいーけどよ」


 別にブラドが理解しなくて良い事だ、私が分かっていれば、それで良いのだ。


 ―――


 次の日の正午になって、狩人に動きがあった。


 どうやら、法国に向けて出発する事になったらしい。


 私は、昨日の内に、タコちゃんの力を借りて、自作の飛行艇客室部を運んできて貰った。

 転移術で私は移動出来ないが、私の所有物は、タコちゃんに運んでもらう事が出来る。


 狩人の移動は翼獣なので、同じ飛行可能な乗り物を用意した。

 事前にアカネちゃんに確認して、使用許可もとってある。


 法国への経路は、剣奴連国の北にある凍土地帯を北東に抜ける。

 陸路は、存在していない。地面は凍結して、生物の生きられない環境になっているか、氷が溶けて泥沼のようになっているかのどちらかだ。


 一般的には空路しかない。緑石街道が通っていないので、公式な飛行艇の空路は無い。

 世界樹の神殿の信者が、樹壁に巡礼する為に使用する非公式空路しかない。


「樹壁に到着しても、小さな共同体しか無いので、物資はしっかり積んでくたさいねー」


 アカネちゃんの口調で、真面目な話をされると、若干不安になる。情報の真偽がフワッとする。


「空での速度は、どれくらい出していいの? 早く着き過ぎては駄目?」


「凍土地帯の拠点で一旦休憩しますー。そこまでに半日掛けますよー。あ、拠点は基本無人なので、補給はできませんからー」


 狩人の翼獣は、飛行機並みの速度が出るので、ペース的には割とゆっくりだ。

 狩猟王は、何らかのタイミングと合わせて、私達を動かしたいようだ。


「おい、この飛行艇、浮遊気球が付いてないぞ」


 すっかり調子を取り戻したミトラが、もっともな事を言いに来た。


「大丈夫だよ。私が飛ばすから」


「どうやって? お前、流石に飛行は無理だろ」


「それは見てのお楽しみだよ」


「こえーよ!ちゃんと説明しろ!」


「大丈夫ですよミトラさん。僕、何度も乗った事ありますから」


 リュー君が、しっかりとした荷物を持って現れた。タニアにサバイバル術を仕込まれているので、準備に抜かりは無い。


「俺は、都会育ちなんだ。その手の探検とか冒険みたいなのは苦手なんだ」


「ユズさんの飛行艇は、部屋の中みたいなものですから、探検みたいにならないです。心配ありませんよ」


 子供に諭される大人の図式は、中々、微笑ましい。


「一つ情報を共有します。武国軍の南部進行が始まったようです」


 アカネちゃんの一言で、辺りの空気が、一瞬でピリッとした。


 武国の進行、それは文明界で、最大級の脅威に値する。

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