禁域脱出2
「法国に入れないのは何故? 訪問者を遮断しても、限度があるでしょ。狩人がこっそり入れば、侵入を防ぐ事は難しいよね」
「モリビトの住む領域が、何処にあるのか誰も知らないのに、どうやって入るんだよ」
なるほど、エルフの森には結界があって、誰も集落のある場所に、辿り着く事が出来ないパターンのヤツがきたようだ。
この手の謎ときは、結構燃えるモノがある。出来るなら私の統合知覚で認識出来ないと、とても良い。
と言うか、モリビトは術に長けた種族な訳だから、私が認識出来ない可能性は高い。
これは、法国に行くのが楽しみになってきた。
タコちゃんが外界で発見した、因果隠匿に反応する痕跡から、法国に続く情報も得ている。
タイミング的にはこの上無いが、出来過ぎている感じもある。
何者かの意図と呼べるほど、はっきりはしていないが、自然に出来た流れでは無い違和感がある。
まあ、何者かが大きく絵を描いているとして、そいつは私が会わなくてはならない人物のはずだ。
「世界樹の神殿に居る人達は、法国の関係者では無いの? 確かにモリビトではないけど、あの人達は法国人を名乗っているよね?」
世界各地にある世界樹の神殿は、地脈を神と崇める人々が集まっている。
階級型の組織構造を持った、分かり易い宗教団体であり、それなりの慈善とそれなりに腐敗を持ち合わせている。
「あいつらは、樹壁を聖地と崇める偽善者どもだ。世界の戦乱を鎮める法国介入の後を着いて回り、巣を増やす害虫なんだよ」
私はまだ目の当たりにしていないが、戦乱が起きると法国介入と呼ばれる、モリビトによる平定が行われるらしい。
「法国介入がモリビトによる行為なら、その後に着いて行けば、法国に辿り着くのでは? あ、でも、世界樹の神殿の人達が同じ事をして、法国と繋がれていないって事は、何か問題があるんだね」
「そういう事だ。法国介入で樹壁から現れるのは、樹人と言う人工生物だ。樹人を介してモリビトと話が出来るらしいが、法国に招かれたって話は聞いた事がないな」
とりあえず樹壁に行けば何とかなりそうだ。世間に満ちる法国の印象と、私達が向かう法国は別物だと分かっていれば十分だ。
「ユズさん、その感じだと、法国に行って何かするつもりですよね。タコさんも一緒でしょうから、僕も行きますよ」
「タコさんって誰だよ。リューンクリフが行くなら俺も行く。それに、もし法国に入れるなら、すげー術式が見れるかもだしな」
リュー君がミトラに若干むっとしているが、特に文句を言わない。
私に無理矢理ついて来るという事を自覚しているので、同じ立場のミトラに強く出れないのだ。
「どのみち、狩人の案内で行かないとダメなんでしょ。しばらくは、ここで待機みたいだから、気長にお呼びがかかるのを待つしかないよね」
「それでしたらー、湯に浸かって、疲れをとってはどうでしょうかー」
突然一声あって、窓の外からアカネが顔を出した。ここは、三階に位置するのに、ジャンプ一発で入ってくる辺り、オビトの身体能力は侮れない。
「わっ! なんだ!」
オビトに慣れていないミトラのリアクションは大きい。世界的に畏怖されている存在が、周りをウロウロしていては、落ち着かないだろう。
「お湯もいいけど、出発はいつなの? 結構遠い場所みたいだから、準備がしたいんだけど」
「2日以内には、号令がありますー。それまでは湯に浸かって休みましょー」
オビトは結構風呂好きだ。柱城でシキに誘われたのは、奴のいやらしい気持ちからだったが、実際、オビトはよく風呂に入る。
欲国の只中にある、隠れ拠点に温泉地を選ぶあたりに、種族としての風呂好きが出ている。
私にとっては汗をかいて気持ち悪いだとか、体が臭い始めたとか、そういった感覚は無縁になってしまったので、お風呂に入りたいという欲求は無い。
汚れも無く、疲労も無いので、物理的、肉体的な癒しは不要なのだ。
かと言って、私が風呂を拒否すると、私サイド側の人達は、風呂に入り難くなる。
リュー君もミトラも、中々疲れているのだ。
「じゃ、とりあえず、お湯に浸かろうかな。アカネちゃん、案内よろしくね」
「了解ですー」
「それから、ミトラはリュー君と入らないように」
「なんでだよ! 俺は体には興味ないんだからいいだろ?」
「そういう事言ってる時点でダメなの。 なんなら狩人の皆さんに周り固めて入ってもらってもいいよ」
「そんれは駄目だ! 分かったよ、女と入ればいいんろ」
「では、僕はブラドさんを探して、一緒に入ります」
なるほど、リュー君、それな中々ナイスな入り方だと思ったが、言葉にはしなかった。
―
洞窟の中の泉という雰囲気の場所に、湯気のたつ温泉が湧いている。
天井は無く、空洞の先に星空が見える。
和風に言えば、なんとも風情のある場所だ。狩人達が癒し要素をガチ盛りしたのが、よく分かる。
アカネは、既に湯に浮かんでいる。余程の風呂好きなのか、表情はすっかり溶けている。
ミトラは、石鹸で体を洗っている。
私が出会う人々は、戦闘能力が高いので、その肉体は引き締まっている。
文化系だと思っていたミトラも例外では無く、余計な肉が付いていない、スレンダーボディだ。
普段、男性っぽい服を着ているミトラも、ボディの女子力は私の遥上を行く。
私は、どんなに食べようと、鍛えようと、変化しない肉体になってしまった。
お腹周りの肉を隠すため、腹筋に力を入れている自分が悲しい。
どうして、もっとベストな状態で、固定されなかったのか、未だに後悔が耐え無い。
私が自分の肉体に悶々として湯に浸かっていると、ミトラが隣りにやってきた。
強力な比較対象が近くに現れると、自分の惨めさが倍加する。
なるほど、リュー君と離れ離れにした私への報復が、今始まったのだ。
そんな事を私が考えているとは知らず、ミトラは神妙な面持ちだ。
「おい、何故、俺を殺さないんだ? 俺も間抜けでは無いんだ。お前らが遥かに上位の存在だって事は分かっている。俺のやった事が許されない事も分かる。ならば、後はいつ殺すかだろ。なあ、いつなんだ?」
随分と物騒な事を言い出した。
「ミトラの命をどうこうするつもりは、全く無いって言ったら信じる?」
「何言ってんだ。まだ、弄びたいのか? いつ殺されるか分からない恐怖に震える俺を、まだ見たいのか?」
なるほど、オビトへの怯えようは、こういう事だったのか。
私やリュー君は、オビトと対等の力を持ち、二者は友好関係にある。
そんな相手に、間接的とは言え、精神の改造という、禁忌をやらかしてしまい、報復に怯えているという訳だ。
今まで、リュー君にくっついて術式を堪能していたのは、今生の名残りだったようだ。
「いくら待っても、私がミトラを殺す事は無いよ。と言っても信じないだろうから、私とお互いに不殺の契約術式を結ぶのは、どうかな? 仮に私の術力が強くて、罰則が発動しなくても、契約不履行によって、私が殺そうとする時は分かるでしょ」
「なんだそれは! いいだろう。契約出来るなら、してもらおうじゃないか!」
ミトラが、そう言い放つと、私とミトラの間に、いつもの光球が現れた。
「私はミトラの生命を奪う、あらゆる行為を実行しない。これを破るとき、私は地に手をついて謝罪をする」
私は、手を差し出して、術式の番をミトラに促す。
「俺はユズカの命を奪う事を絶対にしない。これを破れば、俺はユズカの足を舐めて許しを請う」
契約術式の光球が解けて、互いの体に入る。
「さ、もう安心でしょ」
ポカンとした表情で、ミトラは虚空を見ていた。
「なんで……、何故、契約した? お前に何の得がある? わからん、さっぱりわからん…」
「私にとって、誰かの死は損失でしかないからね。理解不能だとは思うけど、これが真実なんだよ」
ミトラの緊張の糸が切れたのか、目から大粒の涙が溢れ、声を上げて泣き始めた。
湯に浮かんだアカネが、耳に指を突っ込んで、癒しタイムを継続していた。
風情のある湯の泉に、大の大人の泣き声が木霊する、謎空間になってしまった。




