剣奴脱出23
私達はヤクトへと帰る獣車の中に居る。
行きのルートとは異なり、緑石街道を使う、一般的な経路だ。
剣奴連国から蒼月国を経て、欲国に入るという、非常に無難な道のりだった。
獣車の中には、リュー君とブラドが乗っており、屋根にタコちゃんが張り付いている。
私達の獣車に追従するように、もう一台の獣車があり、中にはミトラが乗っている。
私の周りは、がっつり固められており、心なしか護送されているような気がする。
大闘技会の最終戦で、全裸バトルをした事により、リュー君にこってりと絞られた。
私の周辺で最も貞操観念に厳しいリュー君からすれば、私の行いは、許しがたい破廉恥行為だ。
タコちゃんに認識阻害をかけてもらったので、リュー君以外は誰も認識していないと説明したが、全く聞いて頂けなかった。
そもそも、エロスの方向で全裸になった訳では無い。
私は、装備品が無くなれば無くなるほど強くなる、特殊なクラスの冒険者なのだ。
今回は、強敵のブラドが相手だったので、謎の異常に重いリストバンドや肩パットの感覚で、タコちゃんの分体服を外した訳だ。
リュー君の私への依存度は、まだまだ高い状態だ。単純な好意だけでは無く、理想像として私が存在しなければ、リュー君の精神は破壊されてしまう。
それ程に、リュー君に掛かった呪いは、深く大きい。
ミトラは、そんな呪いを美しいと愛でるが、リュー君の精神の傾きによっては、ミトラを殺してしまう可能性もある。
私の対面的な性質は、リュー君の理想に近いが、内面がそうでは無い事が偶にある。
私にとって内面を秘める事は容易い。自己の妄想こそが大好物なのは、昔から変わらない。
それに、リュー君以上に、私は私を取り巻く世界に依存している。私より先に世界が無くなる事など、決して許すつもりは無いのだ。
――
夕焼け色に染まった峠の道を獣車で走っていると、進行方向の空より、翼獣に乗ったオビトが現れた。
あと少しで、宿場町に到着するという位置で、私達の獣車は止められた。
獣車の御者とミトラは、激しく動揺している。狩人という存在は、それ程までに恐れられているのだ。
「どうもー、ちょっと時間いいですかー? ユズカさんに伝言があるのでー」
雉トラの毛色のオビトが、間延びした口調で話しかけてきた。
「私だけ? 今は連れがいっぱい居るんだけど」
「ああー」
眉だけを大きく動かして、何かを察したような表情を作ったオビトが、術具を使って連絡を取り始めた。
簡単なやり取りが終わると、オビトは術具を手慣れた手つきで、胸元にしまった。
「お連れの方々も共においでくださいー。何人来てもいいそうですよー」
「ちょっと呼ばれたので行ってくるね。誰が着いて来てもいいみたいだから、自由参加でどうぞ」
「僕は行きます」
リュー君が参加表明をする前に、ブラドは獣車を降りていた。
「俺も行く。リューンクリフに何かあったら堪らんからな」
動揺していたミトラも行くようだ。
獣車の御者には、先に宿場町に入るように伝え、私達はオビトに付き従う事にした。
既に大分暗い山林の中を、獣道に沿ってザクザクと歩く。
やがて、岩壁に突き当たり、しばらく行くと、岩の裂け目が現れた。
オビトは特に足を止める事もなく、岩の裂け目から地面の下へと進んだ。
岩の迷路のような道を進み、深さが増すにつれて、上に見える空は小さくなり、辺りの岩からは、温かい水蒸気が噴き出していた。
木や石で作った人工物が目に入り始め、木製の扉を抜けると、開けた場所に出た。
広く深く岩盤に刻まれた谷の底に、温泉が湧いていた。
湯の湧く泉から木製の水路で、温水を色んな場所に運んでいる。
この場所を管理しているオビトが作った構造物なのだろう。明らかに入浴施設である事が分かる。
この付近に居るオビトは20人程度、欲国内にある狩人の中継拠点なのか、狩猟国以外では見ない程に集まっている。
狩人は、基本的に単身で潜伏しており、情報収集と通信中継を主な仕事としている。
所在を知られていない事が、狩人の基本なので、一箇所に集まる場所があるという事が珍しい。
案内のオビトは、ズンズンと施設の奥に進み、石壁に空けた横穴を木の板で装飾した、居住スペースへと入った。
石壁内部は木板の通路になっており、階層が上に向かって続いていた。
何度か階段を登り、広い部屋へと通された。
部屋の中央には、黒い台座にはめ込まれた紫の卵型の術具があった。
術具からは、煙のような物が発せられており、その中に人の姿が投影された。
「お久しぶりです竜越者。今は外界を離れられないので、術具の虚像で話をさせて下さい」
煙に浮かぶ姿は、狩猟王シュラだ。左右で鉄色と金色に分かれた特徴的な髪色で、モリビト特有の長く尖った耳を持っている。
「一国の王が、ただの冒険者に何か用がお有りですか?」
「おや? そちらでは僕達の国は、国と認識されてはいないでしょう? そうであれば、僕はただの狩人に過ぎません。冒険者と情報を交換したい事だって、あり得ますよ」
武国から狩猟国が分離したという事実は、文明界では殆ど伝播していない。
武国が自国より叛乱を許したという事実が伝わる事を、武国が許す筈が無い。情報はかなりの精度で規制されている。
それでも、人の口に戸を建てる事は出来ないので、文明界の上層階級の一部には知れている。
一部の人々が、その情報を発信しないのは、発信者になる事で発生するリスクを認識しているからだ。
武国は、武力で全ての国を併合してしまおうという国だ。その武国の精神性を否定するような情報を流す者は、間違い無く粛正される。
皆、武国を理解しているからこそ、これまで生き延びてこられた訳なので、僅かな情報の優位を誇る為だけに、命を危険に曝すような事はしないのだ。
「あなたが私を呼んだという事は、かなり大きな面倒事が起きるという事ですか?」
狩猟王ほど、私を利用する事に長けた者はいない。今回は、相手が映像である事もあって、事の真偽を判断する事が難しい。
「いえいえ、そんな大した事では無いですよ。そんな事より、お互いの近況でも話ませんか? 僕としては、竜越者の出る闘技会を是非見て見たかったですよ。それにしても、剣奴になったのに、あっさりと彼の国を出られましたね」
剣奴に外国へ渡る自由は存在しない。どんな功績を上げようと、特例は発生しない。
剣奴連国を支配する三組織が、剣奴を管理する限り、それは許されないのだ。
「とある二つの組織に知り合いが出来たので、彼らにお願いして、出て来る事が出来ました。お陰で、反目していた二つの組織は協力関係となりましたが」
「分かれいるからこそ、意味のある物は存在します。繋がってはならない物が繋がると、組織の腐敗は必至でしょう」
主力の剣奴を失ったが、最高の権を得たシルビウス家と、より力が必要だと理解した赤錆組は、私の仲介で繋がった。
赤錆組より、秘密裏に剣奴が供給されたシルビウス家が、最高権力を奮う。
狡猾な赤錆組が、武力を無くしたシルビウス家を、ゆっくりと乗っ取る事は明白だ。
いつか起きるであろう腐敗を、私の介入が早めてしまった。
別にそれを止める気はない。組織の腐敗も、人の営みの一面であり、それを否定する事は出来ない。
「私の近況は大体こんな感じだけど、そちらは?」
貼り付いた笑顔のまま狩猟王が答える。
「近々、武王軍が攻めて来ますね」
場の空気が一瞬にして凍り付いた。




