剣奴脱出22
ブラドが私と闘う理由は、私がブラドより強いからだろう。
自身の生存確率を高める為、生物は可能な限り強くあろうとする。
ただ、自分より強い存在を認識したとき、多くの生物は逃げる事を選択する。強者に立ち向かう者は、決して多く無い。
ブラドが立ち向かうのは何故なのか。正確なところは分からないが、心当たりが無い訳でもない。
ブラドは吸血鬼であり、吸血鬼はモリビトが創り出した種だ。
後に吸血鬼の改良種である血鬼が創られた事で、吸血鬼の存在意義は無くなり、生殖能力の低さから、絶滅に近い種となった。
ブラドは種として恵まれてはいない。オビトが術を使えないように、吸血鬼の血鬼術には大きなリスクがある。
吸血鬼の血鬼術は、血鬼に比べてかなり強力だが、抑制の為に、大量の吸血を必要とする。吸血が出来なければ、別の何かに変異してしまう。
ちなみに、赤月国出身の吸血鬼達は、吸血共有という独自の手法で、血鬼術を運用していた。
10人程度のグループで、吸血必要量を分散させ、死者を出す事なく血鬼術抑制を完了する。
やっている事は、血鬼と同じなのが少し哀愁を感じる。
ブラドは、血鬼術を使用する事無く、強さを体現している。短期的な勝敗や、強弱の関係性に捉われる事無く、個としての強さのみを欲する。
過去、武王の配下で拳闘元帥をしたり、私との直接対決も、あっさりと負けを認めた。
何に縛られる事無く、ただ強さを求める精神が、ブラドを動かしている。
私と闘技で対決するに至ったという事は、なんらかの強さを獲得し、次に進むつもりなのだろう。
ブラドは、強さに至る為ならば、簡単に殺すし、失う事に躊躇わない。
前回ブラドと闘った時点で、タコちゃんの分体を着た状態では、何も対処出来ない事が分かっている。
今回は始めから、ほぼ全裸モードで闘う。このモードで闘技に勝てない場合は、負けるしか無い。
ほぼ全裸モードの先は、100%の私しか残っていない。そうなってしまった私が闘えば、例え一瞬で勝負がついても、大闘技場は完全に破壊される。
闘技の舞台に続く門を潜ると、いつものアナウンスがいつも以上に熱を込めて語っていた。
私が、毎回持っていた黒い棍を持っていない事に言及していた。
棍は、私が手加減の為に持っていた道具であり、武器では無い。
私はブラドに有効な武器を思いつかなかったので、今回は素手で挑む。
例のボックス席で観ていたリュー君は、私の姿に驚いて、椅子から転げ落ちていた。
タコちゃんの認識阻害は、タコちゃん由来の性質を持ったリュー君には通用しないようだ。
向かいの門より、アドンに扮したブラドが現れる。
術による様々な仕込みをしているのであろうが、私には具体的な効果は検知出来ない。
ただ、ブラドの周囲に流れる空気が、異常な事は分かる。空気がブラドを通り抜けている。
今の状態を見せているという事は、定常的に継続しなければならない事なのだろう。
今のブラドのスタイルが、前回私と闘って彼が得た答えなのだ。何が起きるのか分からないが、私も今の状態でやれる事は、全てやるつもりだ。
銅羅が鳴ってもブラドは動かない。審判に銅羅の音が届くまで待っているのだ。
ブラドは闘技のルールを守るつもりのようだ。
審判が闘技開始を認識した瞬間、ブラドが動き始める。
ブラドの初動で、何故、闘技の場を選んだのか、理解出来た。
ブラドの攻撃によって生じる衝撃波は、進行方向に居る観客を貫き、死に至らしめる。
闘技のルールで、攻撃の余波によって観客を殺して、負けになるという項目は無い。
そもそも、観客席は、物理的、術的に防備がされており、闘技からの余波が届くはずがないとされている。
ブラドの攻撃を避ければ、観客は死ぬ。
それを私が許容しないと知って、ブラドは攻撃するのだ。
斬新な人質の取り方だが、私への効果は高い。私はブラドの攻撃を受けるしかない。
ブラドに対して、鏡写しの攻撃を行い、同量、同方向の空気の波を発生させて、衝撃波を打ち消す。
観客には、互いに拳を寸止めし合っているように見えるだろうが、こうしなければ、既に死人が出ている。
ブラドは私より体が大きいので、一撃で生む衝撃波の体積は私より大きい。
私はその差を、動きや形でカバーしなくてはならないので、体勢が徐々に苦しくなる。
客席や、構造物に影響の無い衝撃波は、消していないので、ブラドの踏み込みで舞い上がった舞台の破片が、空中で高い音と共に塵になる。
打撃の初動は、この場の殆どの人に見えていないが、寸止めの姿は見えるので、激しい打撃戦が繰り広げられていると、観客は感じているようだ。
お陰で、最終戦に相応しい、熱のこもった闘いに見えており、会場は大いに盛り上がっている。
ブラドは前回のように、衝撃波の発生によって、自身の身体にダメージを負っていない。
氣術によって纏った見えない超質量の鎧によって、自身を守っている。
私がタコちゃんに解決してもらっている、重さによる地面めり込み問題も、氣術装甲の内部に上方向の運動エネルギーを発生させる事で、解決しているようだ。
私には、ブラドに対する武器が無い。
ならば、相手の武器を奪えばいい。
ブラドの武器は空気だ。空気を無くせば、ブラドの攻撃は成立しない。
ブラドが次の打撃で飛ばしくる空気を、先んじて吸い尽くす。
部分的な真空状態で、大気圧による突風が会場に吹くが、誰かが死ぬような事は無い。
突風の向かう先に居るブラドも、その程度の衝撃では、大したダメージを負わない。
私が空気を吸い尽くしたとき、ブラドからかつて無い高揚感を感じとった。
私が吸った空気以上の量が、ブラドから放出される。
ブラドの周囲の空気がおかしかったのは、氣術装甲の内部に空気を圧搾してため込んでいた為だ。
ブラドは私が空気を奪う事を読んでいた。読んだ上で、カウンターまで用意していたのだ。
莫大な空気の波が、ブラドから放出される。
「タコちゃん。お願い」
私は闘技のルールに反して協力者への要請を行なった。
タコちゃんの術によって、舞台周辺にドーム状の門が展開され、舞台と外の空間の物理的接続を絶った。
ブラドが発生させた空気の波は、私の振動エネルギーによって、全て燃焼させた。
舞台内部は、高温に熱されて、地面の石版がチリチリと音をたてている。
熱波に焼かれてブラドの動きが止まる。
私はその瞬間にブラドの手首を掴んだ。
私の手が帯びた熱が消えていないので、ブラドの肌に私の手の形の焼印が押される。
私の小さな手の輪では、ブラドの太い手首の七割くらいしか押さえる事が出来ない。しかし、それで十分だ。
ブラドが動こうとする力を、私が掴んでいる部分から、逆方向の力をかける事で、一切の動きを封じた。
私より頭一つ大きいブラドが、徐々に体勢を低くし、膝を付こうとしている。
ブラドの動きを封じた上で、少しずつ体勢を崩すように、力をかけているのだ。
周囲の熱も収まり、タコちゃんの門も解除された。
私は左手でデコピンの形を作り、ブラドの右鎖骨付近に近づけた。
脳による衝撃の場合、私の素手の攻撃ではブラドを殺してしまう。ブラドのダウンを取る為には、別の攻撃が必要だ。
私の引き絞った中指が、ブラドの鎖骨当たりに命中する。
氣術装甲が崩壊し、骨を砕き、肺を押し潰す。
私が掴んでいた手を離すと、ブラドは仰向けに倒れて痙攣していた。
死にはしないが、暫く動く事が出来ないダメージ。それをブラドに与える為には、私の体を使った攻撃が必要だった。
審判がブラドの状態を確認し、私の勝利が宣言される。
私はルールを破り、誰かに決して向けないと決めた力をヒトに向けた。
試合に勝って勝負に負けたのだ。
私はドス黒い気持ちに包まれていた。観客を守る為だとか、仕方がなかったとか、言い訳の洪水にのまれそうだった。
まだ、動けない筈のブラドが、仰向けのまま、私の焼印の付いた腕を空に向けた。
「おい…。俺より強え奴が、しけた顔してんじゃねぇ。強い奴は、勝ったら笑っとけや」
「流石に笑えないよ」
「俺は、中々楽しめたぜ。後で色々聞く。リュー坊のところで待っとけや」
ブラドの晴れやかな顔を見て、そして心配したり怒ったりしているリュー君の姿を見て、私は自然と笑っていた。




