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剣奴脱出21

 準決勝戦となる本日、既にお祭りムードは最高潮に近い。

 私の闘技から次の闘技まで時間が空けられ、祭りの熱気を高める間が作られていた。

 私の観戦席は用意されており、周囲をシルビウス家一団が固めている。


 決勝戦を闘う剣奴となった私の注目度は凄まじい。

 あまりにも不自然に零号闘技を重ねるので、不正があるのではと疑われ続けてきた。

 リュー君が賭金を増やしまくっている事も知れ渡っており、黒い噂は絶えなかったのだ。

 多くの人々は、赤錆組による粛正に遭うと踏んでいたようだが、いつまで経っても姿を消さない私とリュー君を見て、何か異様な流れにある事を察知していた。

 赤錆組に暴力で蓋をされていた人々は多く、抑圧は日常になっていた。

 そんな暴力が効かない何者かが、大闘技会を勝ちまくっているという事態に、人々は歓喜し、賭けでも必ず勝てるとあって、私の人気は急上昇したのだった。


 リュー君は今回も、最高級のボックス席から観戦だ。

 私の近くで観戦したいようだったが、剣奴と賭客がズブズブなところを晒すのは流石にアレなので、従来通りの配置とした。


 私の周りにいるシルビウス家の一団の中にディアナはいない。

 昨日、私がディアナの国外逃亡を阻止しようとしている印象を与えておいたので、賢いディアナは予想通り、私の闘技中に脱出を決行した。


 闘技中は、剣奴連と闘技会運営のリソースが進行に集中するので、ディアナへの監視は少なくなる。

 ディアナはその穴をつき、私の直接介入もない闘技中を狙った訳だが、このタイミングで赤錆組に網を張ってもらっていたので、彼等の黒手なる裏の仕事人にディアナは確保された。

 そのまま、船を使ってディアナを運び、欲国の王都付近で、アクシデントを装って、解放する予定だ。


 赤錆組が裏切って、報復としてディアナをどうにかしてしまう可能性もあるが、私も彼等の現金資産を賭けの払い戻し金として、質に取ってある。

 私が、というかリュー君が、紫石館から抜いた現金は、彼等組織全体の資産の8%に相当する。

 このまま賭けが続けば、赤錆組は修復に長い年月を要するダメージを負う。


 ディアナが無事に解放される事を条件に、私達が賭けから手を引き、現金を返還する契約を結んでいるので、彼等がよほどの間抜けで無い限り、契約は履行されるだろう。


 大闘技場のざわめきが静かになる。闘士入場の合図の旗が出ていた。


「赤の門より現れたのは、正体不明の暴獣、闘士アドンだ! 武技とは異なる獣のような動きと、常人ではあり得ない腕力で、剣も術も粉砕する姿は、暴力そのものだ!」


 アドンは、全身が包帯のような布で巻かれており、そのフォルムからは、大柄の男性なのではないかという情報以外は、何も分からない。

 闘技の内容さえ伴ば、闘士の正体など気にしないという文化が、この国にはある。

 剣奴連と闘技会運営が、自分達に都合の良いレギュレーションで剣奴を選定しているので、明らかに正体を隠していても、意思決定する者が良しとすれば、それはまかり通ってしまう。


 アドンの所属する赤家は、赤月国の吸血鬼で構成された武家だ。血鬼術の副作用で、肉体が変異した闘士は、正体を隠して闘技に臨む。

 血鬼、吸血鬼は、外界からの侵入者であり、旧月光国以外では忌避の対象だ。


 アドンの中身が予選から同じなのか、観客は気にもしない。赤家の闘士は、決勝に勝ち上がる実力を見せた。それだけで充分なのだ。


「青の門より現れたのは、伝説のライドウの蘇り、闘士エドだ! これまで全ての闘技で、相手を再起不能にし、闘技会に新たな流れを吹き込む姿は、まさに伝説の通り!」


 エドがライドウだと言う情報は、予選の1試合目から広がり続けており、今では子供でも知っている。


 エドは闘技ではライドウとして振る舞っているが、外では自身の欲望に力を使う事を躊躇しない。

 見た目は青年のエドだが、精神構造は子供に近い。万能の力を手にした悪ガキが、この町には解き放たれていたのだ。


 エドは、その自由奔放な振る舞いで、多くの人の恨みと、同量の信奉を得ていた。

 人は大きな力に出会うと、反発するか同化しようとする。大規模な心理実験の結果のように、人々の意見は真っ二つに割れたのだ。


 エドとアドン、闘技の人気で言えば、エドが圧倒的に優勢だ。

 ライドウの威光は充分であり、今回の大闘技会で私が出ていなければ、エドの人気は最強だったに違いない。


 2人が舞台に立ち、互いに相手を見据えている。2人とも自分が微塵も負ける事は無いといった心情だ。


 銅羅の音が鳴り響き、闘技が始まる。


 エドに対してアドンが腕を振り下ろす。エドは転移術に似た空間の揺らぎを、アドンの体に対して幾つも発生させている。

 これまでの闘技で、相手の肉体内部を取り出す技は、転移術による空間切断によるものだろう。

 何故ライドウが、闘技でこのような残酷な演出をするのかは不明だが、外界で狩猟王の柱城に潜んでいた覚者は、似たような技を使用していた。

 あの老人の覚者の中にあったモノと、エドの中にあるモノは、何らかの関係があるように感じる。

 私の知覚では、内部のモノは別という認識だ。内部のモノは、宿主の脳神経の構造と極めて近くなる。今まで3人の覚者を見てきたが、類似性を感じる事は無かった。


 アドンの体から骨や腱、筋肉が引き剥がされる力を知覚した。


 しかし、アドンの体には何の異常も無く、振り下ろした手がエドの頭を掴んで、舞台へと叩き付けた。


 あまりの異常事態に、会場は静まりかえる。アドンは何をするでも無く、ただ、動かなくなったエドを見下ろしていた。


 我に返った審判が、エドの状況を確認し、アドンの勝利が宣言される。


「まさか、ライドウを討ち取る闘士が現れるとは! これも闘技会の新たな流れなのか! 今闘技会は、誰が勝つのか全く予想がつかない状況だ!!」


 虚を突かれた解説の人が、切れの悪いコメントを残して、ようやく会場が正気に戻り始める。


 ライドウのエドが敗北した理由。それはごく単純な事だった。

 私には既知の事であったが、エドが闘ったのはアドンでは無い。


 あの包帯の中身はブラドだ。


 ―――


 剣奴連国で私がやりたい事は、大体片付いた。

 残すは大闘技会の最終戦のみ、何かと対戦するという事において、私は勝利に拘るほうだ。


 最終戦の控え室には私以外誰もいない。無理を言って関係者には全員外してもらった。


「タコちゃん」


 私は狩猟国から離れ、一度もその名を呼ばなかった。


 何もない空間から、大きな単眼の付いた半球体が現れると、狭い穴から軟体の動物が抜け出すようにスルリと動き、天井と床に突っ張るように7本の触手が広がった。


「ユズ、どうした? 何かあったか?」


 タコちゃんと私は、距離が離れていようとも、常にオンライン状態だ。

 お互いの情報は常に、高速思考で交換されており、意思の疎通が途切れる事は無い。


 タコちゃんは、狩猟王から得たモリビト由来の外界痕跡を調べる中で、タコちゃんの因果隠匿に反応する思念痕跡を発見した。

 この痕跡に興味を持ったタコちゃんだったが、因果隠匿にしか反応しないモノを、膨大な面積の中から探す作業は、多くの時間がかかる。

 加えて、私も含めて、その作業を誰も手伝う事が出来ないのだ。


 タコちゃんからの提案で、一旦別行動をするように勧められ、リュー君の冒険者としてのキャリア作りをタニアから推されて、私とリュー君は、先にヤクトに戻ったのだった。


 私は余程の事が無い限り、タコちゃんを呼ぶまいと考えていたが、対ブラド戦では私1人では危ない。

 タコちゃんの得た情報を、私が解析するという分業も、成果が出てきており、思念の残す情報から、モリビトの住む領域に、何かが隠されている事が分かった。


 そんな状況からか、寂しさか、懐かしさか分からないが、私はタコちゃんを呼んでいた。


「実は、ブラドと闘う事になってね。私1人では対処するのが難しくなったんだよね。そこで、少しタコちゃんに手伝って貰おうかと思ってね」


「了解した」


 互いの情報は常に繋がっているのに、言葉を交わすという行為には驚く。

 言葉には情報疎通以上の何かがあるのだ。


 一見、情報量の少ない言葉は、間違わぬよう、伝わるようにと、選び放ち、取り戻せないソレは、自分も相手も震わせる、大きな波になる。


 私が閉じ込められていた頃、一番欲して止まない事であった。


 言葉には力があるらしいが、私にはまさしくその通りだ。私に勝負を挑む者は、言葉でもって闘えば、勝利を得られるのにと常々思う。


「前の続きからお願いするね」


「いいのか?」


「仕方ないでしょ。相手がブラドならね」


 私が体に纏っているタコちゃんの分体が剥がれ、足首の輪へと集まる。

 変わり映えのしない、貧相で締まりの無い自分の体を見て、思わずため息が出そうになった。



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