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剣奴脱出18

 招待を受けた橙林館は、大闘技場を見下ろす丘の上にある。

 どこの世界でも、高級な食事をする場所というものは、高い所にある傾向が強い。


 私の姿は、高級な場所には合わない。汚れは無いが、何の装飾もない白いサマードレス風の服に、裸足でノーメイクだ。

 かかる力の関係上、タコちゃんの分体以外を体に取り付ける事が難しい。


 せめてリュー君には良い格好をしてもらおうと、服の新調を勧めたが、きっぱり断られてしまった。

 私が初めに渡した緑のローブをいまだに着ている。気に入ってもらった事に関しては嬉しいのだが、素材が良いのだから、もっと着飾った方が良いのではと思う。


 橙林館には専用の獣車で入る。街にある乗り場で、連れが居ると話したら、何の障害も無く乗る事が出来た。

 大量の金貨は、シルビウス家の天幕にある私の部屋に置いてきた。

 別に拘りも無いので、盗難に遭っても困りはしない。ただ、あの金貨が元々誰の物であったか知っていれば、安易に盗もうとは考え無いだろう。


 橙林館に着くと獣車の扉が開き、黒い光沢のある石の廊下に繋がっていた。

 橙色で薄い生地の羽衣を羽織った半裸の女性が案内として付き、私達の前を歩く。

 廊下の先には白い扉があり、案内の女性の鈴の合図で音も無く開いた。


 扉の中から暖かい空気が流れてくる。広く天井の高い部屋は、黒い床と白い壁の極端なコントラストの中に金の飾りが散りばめられており、高級感の圧力が凄い。


 ダイニングテーブルと椅子は、硝子なのか金属なのか不明な材質で出来ており、細かい飾り彫がびっしりと施されている。


 テーブルの周囲には、案内の女性と同じような格好をした人がおり、椅子を引く為だけに待機している。

 橙林館の給仕とは別に、強面の男性が2人、立って待っていた。今回の招待主で間違い無いだろう。


 コバルトブルーの髪をぴっちり横分けにした細身で長身の男と、同じ髪色だがトサカのようなリーゼント頭で、2m50cmはある巨躯でこちらを見下ろしている男が居た。


「どうも、はじめまして。ユズカさん。自分は赤錆組の長をやっとるミドウです。こっちのデカイのは弟のシドウ、よろしゅうお願いします」


「シドウです。兄貴共々よろしゅうな」


 事前に分かっていた事であるが、私達を招待したのは、赤錆組のツートップだ。

 悪鬼のシドウは赤錆組の面に出る長で、死神のミドウは裏を取り仕切る真の長だ。

 物騒な二つ名が付いているとおり、剣奴連国を様々な暴力で支配している。


「ご招待頂きありがとうございます。私は冒険者のユズカです。連れの者は、リューンクリフと言います」


「リューンクリフです」


 リュー君は、相手2人に対して警戒している。今の間合いで戦闘が始まった場合、リュー君1人では劣勢は確実だと感じている。


「今宵は大闘技会で敵無しのユズカさんと、お近付きになりとうて一席設けさしてもらいました。剣奴連国で最高のもてなしが出来る橙林館を是非、ご堪能ください」


 ミドウ、シドウの2人からは、張り詰めた緊張感が伝わってくる。私の動作や言動に対しての集中力は、かなりのものだ。大闘技会の闘士に勝る鋭さがある。


「明日の闘技がありますので、長くはお付き合い出来ませんが、今日は楽しませてもらいます」


 私が応じると、美酒と美食の宴が始まった。


 橙林館は食に関する拘りは剣奴連国で随一だと言われている。

 食材、職人、環境と最高を追求しているので、些細な事にも手間と費用を惜しまない。

 食前酒を入れた瓶は、豪奢な見た目なだけでは無く、中の酒の温度を管理する為の術具まで組み込まれている。


 食事はコース形式であり、食べる者が常に満足するように、綿密な計算がされている。

 料理は、見た目高級イタリアンの味中華といった感じだ。


 コースが進みメインディッシュが終わった頃、食事の世話をしていた給仕達が部屋から払われた。


 それまで他愛の無い話に応じていたミドウが、真剣な面持ちで座っている。


「さて、ユズカさん。わしらは、貴女の配下になりたいんじゃが、許してもらえますかね?」


「何故私の配下に? 私は只の冒険者ですよ。人を使うような仕事ではないし、配下が欲しいと思ったことすらありません。そんな私の配下になりたい理由はなんですか?」


 ミドウに緊張が走っている。この問答の答えが重要であると考えているようだ。


「わしらは、貴女の命を狙った。しかしそれは大きな誤りじゃ。命を狙った相手に、謝罪や賠償が何の意味も無い事は分かっとります。わしらの命は貴女の自由じゃし、全ての財と利を攫う事も出来る。だから、わしらは生かす価値があるように振る舞う事しかできん。わしらは貴女に命を預けたいんです」


 ミドウは床に手と頭を付けて跪いている。シドウも慌てて同じ姿勢になる。

 こんな所でガチの土下座を見る事になるとは、思ってもみなかった。


「お二人とも頭を上げて下さい。私には誰かの命を預かれる器量はありません。ここに居るリューンクリフの保護者をしておりますが、それで手一杯です。それにお二人は勘違いをされています。私は誰かの命や利が欲しくて、ここに居る訳ではありません。ただ、闘技を楽しみたいだけです」


 顔を上げたミドウの表情は、悲壮感が溢れていたが、心中では安堵と打算の色が強くなっていた。

 私がこれまで、誰の命も奪っていないので、残忍で冷酷な存在では無いと確信したのだろう。

 このまま、下手に出続ければ難を逃れられると考えていそうだ。


「そんな事でわしらが許されるはずがない! どうか……」


 ミドウの言葉を遮るように、私はシドウの巨体を吹き飛ばし、この広い部屋の中央に落とした。

 大きな音がしたにも関わらず、誰も部屋に入ってこないところを見ると、こういった荒事があると、折り込み済みのようだ。


 シドウは2、3日は目覚めないよう、強めの衝撃で昏倒させている。顎を外して、白目を剥いて身動きしないシドウからは、死の雰囲気が良く出ている。


「私は闘技を楽しみに来たのですが、今日は闘技に邪魔が入ったような気がします。ミドウさん、何かご存知無いですか?」


「な、何をしよるんなら! わしの弟に何をしよった!!」


 ミドウは取り乱している。何の前兆もなく、いきなり修羅場が始まったのだ。打算の範疇で済むはずがない。


「シドウさんは、沢山お酒を呑まれいたので、眠くなったんじゃないですか? まあ、落ち着いて、座ったらどうですか?」


「弟に…、なんぞ下手がありましたか!? 喋っとったのはわしじゃ! 弟は関係なかろうが!」


 ミドウには、以外に弟思いの一面があるようだ。彼等の過去は知らないが、世間的評判とここ数日間の行動を見る限り、兄弟間に深い絆があるようには感じなかった。


「沢山のお酒は毒だ。場合によっては死に至る事もある。シドウさんはまだ大丈夫なように見えますが、心配なら治療院に運ばれますか? そうなると、今晩の食事会は、これにてお開きですね。いや、残念です」


 少し落ち着いたミドウが、必死に答えを探している。


「対価を払う! だからわしらを許してくれ、この通りじゃ…」


「ミドウさんの話では、私はあなた達からなんでも得られる立場にあるんですよね? そのあなた達が、私に何を払うというのですか?」


「情報じゃ。貴女が何者かは知らん。しかし、単純な物を欲して無い事は分かる。最初は、この国がそのまま欲しいのかと思ったが、わしの黒手どもを散らしよった。黒手がないと国を裏からは操れん。ならば、何を欲しているのか? 恐らくは、この国に関わる事そのものを欲している。一種の遊びじゃ。有り余る力に自ら枷をして、弱者の律で戯れる。剣星位なんぞ、金にもならん力のみを求める輩には偶におるわ」


 国の裏で支配を続けてきただけの事はある。ミドウの洞察は、的を射ている。

 私に会うまでに、私の動向を調べ、私への切り札を用意していたのだ。

 確かに私は、ミドウが持つ情報に興味がある。例えそれが、私が探知で得た内容だったとしても、この国に生きる者の主観を持って語られる話を聞きたい。


「なるほど、確かに興味はあります。対価としては十分です」


「それなら、話す前に弟の様子を見させてくれ」


「どうぞ。2、3日は起きないと思いますよ」


 私の言葉に舌打ちをしながら、ミドウはシドウの息を確かめていた。


 可能であれば、この兄弟の昔話も聞いてみたいものだ。

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