剣奴脱出17
今朝の日の出と同時に大闘技場周辺より100人程の男女が出て行った。
暗殺者85人とその関係者は、逃げ出すという結論に達したようだ。
暗殺者は、暗殺の恐ろしさを一番認識している人達だ。
自らの命が安全では無いと認識した時点で、逃げに徹っする事が出来る者は、長く暗殺業界に残り一流と呼ばれるまでになる。
赤錆組に所属していた暗殺者は一流ばかりであった為、私の残した脅しの効果は絶大だった。
未明辺りから赤錆組の暗殺仲介屋は大混乱だ。暗殺の成果報告が全く上がらないどころか、暗殺者の誰とも連絡が取れないので、一晩中走り回っていた。
赤錆組は手足となる戦力の殆どを失った。残っている暗殺者は、忠義があり縁の深い人達だ。
組織を守る為の戦力であって、敵を攻める為の戦力では無い。
剣奴連国の三組織で一番戦力があるのが剣奴連だ。全ての武家が抱えている剣奴の合計は1万人を超える。
闘技会運営には、罪を犯した剣奴である懲罰剣奴が戦力としてプールしてある。
この二組織に対して、赤錆組は暗殺者という戦力と、賭博の胴元として得た莫大な資金で対抗していた。
戦力は削がれ、資金の一部は抜かれ始めている。赤錆組には後が無いのだ。今日の闘技で最も過激な手段に出るだろう。
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今日の私の控え室には多くの人がいる。私が闘技に挑む際に必要な準備は何も無いが、武装をメンテナンスする機材が用意されており、食事や飲み物まである。
闘技は対戦相手が決まってから、三時間後に開始されるので、この段階で相手の情報を知る事が出来る。
シルビウス家の情報担当は、相手情報を調べあげており、大闘技会での実戦闘記録まで持っている。
これらの情報は、意図的に私に伝わっていなかっただけであり、皆、やるべき事はやっていたのだ。
私の対戦相手は、黄家に雇われた武客でドウケンという名の大男らしい。
本大会はライドウ出場の為、武客の闘士が非常に多い。各家、虎の子の闘士を潰されては、後の闘技が立ち行かなくなるので、武客を多用している。
一度ライドウと当たってしまえば、予選で再度当たる事はないので、第一闘技でライドウと当たった武家は、きっちり第二闘技を獲っている。
武客は闘士として、強さが安定しないが、捨て闘技では重宝する。当然、武客側もそれは分かっているので、契約金はかなり高額だ。
無料で契約した私は、かなりのコストカットになった事だろう。
ドウケンは、不壊鋼という硬く重い金属で出来た爪付き手甲を武器とするらしい。体格からは想像出来ないほど俊敏で、力も恐ろしく強いそうだ。
名の知れた武客であり、第一闘技、第二闘技と勝利している。
情報をもらったところで、私のやる事が変わる訳では無い。
それよりも今回の闘技の仕掛けの方が楽しみだ。
「青の門より現れたのは、人獅子の異名を持つ闘士ドウケンだ! 常人では持ち上げる事すら難しい剛爪を体の一部のように操り、猛獣のように暴れまわる様は、まさに獅子の如しだ!」
解説の人の紹介、私が探知で知っている情報を総合しても、シルビウス家の情報担当が集めた情報と一致する。
どうやらシルビウス家は、本格的に私をサポートするようだ。
「赤の門より現れたのは、二連続零号の闘技ユズカだ! 今のところ誰一人、受ける事も躱す事も出来ない魔棍の操者だ! 剣星位六十二の現保持者は、元々剣星位十以内であったので、闘士ユズカの実力は十剣星と同等という事だ! 人を超えた神業が我々の前で今日も振るわれる!」
組合長の情報が意外な形で入ってきた。あの老人は中々素性を表さないので、気にはなっていたが、中々面白い肩書きをお持ちだったようだ。
今回は赤錆組が本気で殺りにきている。
大闘技場に隠された十二の銃眼から、狙撃手が狙いを定めている。
発射する弾丸は結水弾という最新式の術具だ。
結水弾は、小さな金属の弾頭が液体を個体のように纏めている弾丸型の術具だ。
発射された結水弾は、何かに接触すると弾頭は液化し、液体は無数の針のようになって周囲に飛び散る。
使用する液体は当然毒物であり、一発の発射で着弾5m以内の敵を即死させる。
暗殺用の術具であり、効果範囲が広い為、射撃の腕もそれ程必要無い。
今回の狙いは、闘士のどちらかが死ねばよいというものだ。
闘技で相手を死に至らしめた者は敗北となる。つまり、私は相手が死なないように相手の意識を奪って勝利する必要がある訳だ。
周辺を360度、暗殺者に取り囲まれた状態での勝利は、中々の無理難題だ。
このタイミングでリュー君が残りの暗殺者全てに狙われていたら詰みだったが、赤錆組の賭屋としてのプライドが、客に賭場で手を出さないというルールを守らせたようだ。
ドウケンと私が接触する瞬間に結水弾は発射される。私の攻撃で相手が死亡したと見せかけるには、その瞬間を狙うしか無い。
先にドウケンを撃ってしまい死亡した場合は、要因が何にせよ闘技は無効になり、全ての賭け金が払い戻されるだけだ。それでは、ここまで大きな仕掛けをして私達へのダメージはゼロになってしまう。
闘技者が不穏な死を迎えれば、当然犯人探しが行われる。赤錆組が負うリスクは、かなり高いのだ。
狙撃手が失敗する事も考慮しなければならないので、私の対処が確実になる事はないが、それでもなんとかなりそうではある。
ドウケンが独特な姿勢の低い構えをとると、闘技開始の銅羅が鳴った。
ドウケンの地を這うような突進を、上段打ち下ろしで止める。脳天に当たった私の棍から衝撃が伝わり、ドウケンの意識が喪失する。
強力に叩いたように演出する為に、舞台の一部を砕いて、ドウケンの顔面がめり込んでいるように装飾した。
ドウケンの処理は万全。後は結水弾の対処だ。
全十二箇所の銃眼より、ほぼ同時に発射される。狙いも正確で、全てドウケンに向かっての軌道になっている。ナイスだ狙撃手。
恐らく、会場内の誰も認識出来ない速度で棍を横に薙ぎ、体を中心に一回転させる。
弾の軌道が円形に揃う一瞬を棍の先で撫でる事が出来た。
棍を伝導体として結水弾に振動エネルギーを流し込む。
結水弾の弱点は攻撃力の要が液体である事だ。水針として射出される前に、液体を蒸発させれば、ただの柔らか弾頭弾に成り下がる。
元々暗殺用の弾丸なので、来ると分かっているような所に撃ち込むようには出来ていないのだ。
結水弾の処理は完了した。次弾を撃ち込む気配がない事から、あちらの作戦は失敗と判断したようだ。
「魔棍に敵無し! 誰も闘士ユズカの一撃を止められない! 三度続けば誰にでも分かる! この零号闘技は闘士ユズカが実力でやってのけているのだ!!」
ドウケンの気絶が確認され、私の零号闘技が確定した。あの熱苦しい解説にも、そろそろ慣れてきたが、魔棍という二つ名はなんか嫌だ。
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控え室に戻ると称賛の嵐だった。シルビウス家の面々は皆、私の零号闘技に賭けているのだ、喜びも一層大きいだろう。
三勝は武家が三十二家に残るボーダーラインだと言われている。確定事項ではないが、今の権より下がる可能性は、ほぼ無くなったのだ。武家に連なる者としては、嬉しくて仕方がないに違いない。
一方でディアナの陰りは濃くなっている。
剣奴は基本的に成果主義だ。勝つ剣奴は評価され、負ける剣奴は武家を追われる。
私を連れてきた功績はディアナにあるが、排除しようと判断した責任を問われている。
加えて、私が出した成果は、ディアナでは成し得なかった事なので、より旗色が悪い。
そもそも近年のシルビウス家は、黒剣という剣奴によって権を維持してきた。その黒剣がいなくなっているという事は、相当に落ち目であった訳だ。
シルビウス家頭目とディアナの関係性は、その当たりの事情があって、良好では無かったようだ。
――
換金を終えたリュー君が、私の元へと急いでやって来た。
今回の倍率は1.8倍だ。0号への賭けとしては、異例の低レートなのは、赤錆組がレート操作をした結果だ。
それでも金貨2284枚と銀貨20枚という大金に膨れ上がってしまった。もはや賭金が多過ぎて、低レートでも紫石館の金庫にダメージが入るようになってしまった。
黒い台車で金貨を運ぶリュー君の姿も、なかなかシュールだ。
「ユズさん。紫石館の支配人からこんな物をもらいました」
リュー君の手には綺麗な紫の封筒があった。宛は私のようだ。
「魔棍の闘士ユズカ殿を橙林館に招待する」
微かに花の香りのする紙には、確かにそう書かれていた。
「ユズさん、まさか行く気ではないですよね?」
「ご招待頂いたからには、ぜひ行ってみたいね。橙林館って高級料亭でしょ。リュー君も一緒に来る?」
「いえ、そういう事ではなく。これは罠ですよね? そこにわざわざ行く必要は無いと思います。ユズさんには当然、罠は通用しませんが、恐らく酷い侮辱行為があると思います。それが僕には許せません」
普通に考えればリュー君が思う通りの罠だろう。しかし、周辺全てを探知し続けている私には、別の意図がある事が分かっている。
「これは、仲直りの申し出かもしれないよ。人は歳を取ると、誰かに謝る事が難しくなるけど、この招待状の差し出し人は、それが出来るかもしれないよ」
私の含みのある発言に、リュー君は少し考え込んでいる。
「ユズさんは何か知っているみたいですね。でもこの人達が酷い事を言うかもしれません」
「じゃあ、2人で行こうよ。何か酷い事を言われたら、私がタニア風にやるから、それならいいでしょ」
「え? あ、はい、それならいいです」
私は知っている。大闘技場の裏で一番の権を持つ者が赤錆組の長である事を。




