剣奴脱出16
私は暗殺者が狙い易いように、シルビウス家の天幕にてリュー君と待機している。
想定内の予想外だが、ミトラも付いてきた。
「ミトラさん、ここに居ては危険ですよ。ご自分の宿に帰って、今晩は外出しない方がよいかと」
リュー君はミトラを追い返したいようだ。
ミトラに見られている自分を私に見られるのが嫌なようだ。
「俺の最高傑作を破壊しようという輩が居る事自体が許せん。何人か見せしめに、全てが苦痛に感じるように頭を改造してやる」
ミトラはリュー君を守るつもりのようだ。
「随分とやる気のようだけど、ここにいれば誰か攻めて来る事はないよ」
ミトラはギロりと私を睨む。
「俺の最高傑作に爆発物を付けるな!何かあったらただでは済まんぞ!」
シルビウス家によって、服従の証として支給された首輪と腕輪が気に入らないようだ。
「ユズさんは、この術具を既に破壊しています。僕に危険はありませんよ」
「破壊だと! その術具は破壊されてない。作り替えられているんだよ。どうやったのか知らないが、機能は殺さず、爆発に関する機構だけが無くなっている。こんな事は、欲国の技術省でも出来ない。あんたらは一体何なんだ?」
今日の闘技の観戦席で、ミトラは自らの欲望を完全開放するつもりだった。
欲望といってもリュー君に施された術式をじっくり、たっぷり、余すところなく見るだけなのだが、そこで枷にかけられている術式に気付いてしまった。
よくよく見れば、爆発の可能性のある術具で、そんな事をした奴は誰だと、怒りを爆発させていた。
ミトラが今この場にいる理由は、怒りの捌け口を求めての事だ。
「私達は欲国の冒険者。それ以外の肩書きは無いよ。あなたが私達に驚くのは、単に個性の違いによるものだよ。あなたが関わらなければ、害のあるものでは無いから安心してね」
ミトラには、怒りとは別に恐れもあった。
欲国深部の巨大さと闇の深さを知っているミトラは、そこに争い脱している者から、得体の知れなさを感じている。
ミトラ自身の力を大きく上まってみせた事もあるので、感じる恐怖により具体的だ。
それでも引き下がらないという事は、リュー君にかけられた術式は、彼女にとって命を賭けても良いものなのだ。
「それだけの力があって、何故冒険者をしているのか理解出来ん。欲して手に入らない物などないだろ。現に紫石館から1000枚以上の金貨を抜いているじゃないか。何が目的なのか全くわからん」
「簡単に手に入る物には興味が無くなり、より得難い物を欲するのがヒトでしょ? 私の欲しい物は、私の力では手に入らない。だから、力を使う必要なんて、そうは無いんだよ」
「随分と強欲な事だな。まあいい、俺は自分の欲求に従うだけだ。それで、剣奴連国中の暗殺者が攻めて来るのはどうするんだ? さっきは息巻いて見せたが、俺1人の戦力では、確実に皆殺しにあうぞ」
ミトラは欲国の深部と仕事をして生き残っている。慎重で機に聡く有能である証拠だ。
「暗殺が無かった事にしてくるよ」
「首謀者を取りに行くのか?」
「いやいや、頭を押さえても、新たな頭に挿し変わるだけだから、手足を大人しくさせるよ」
「手足って、どれだけ居るのか分かるのか? 分かったところで、全て止めるのは不可能だろ」
「さあ、それはやってみないと分からないね。じゃ、留守番はよろしくねリュー君」
「ユズさんの事ですから、どうせすぐ終わると思いますけど、あまりやり過ぎ無いようにして下さいよ」
私は小さく手を振ってから、高速で天幕を出た。
誰にも気付かれる事無く、寺院と思われる建物の尖塔へと登った。
外は真っ赤な夕焼けに染まり、街の建物には灯り点き始めていた。
私達を狙う暗殺者は合計で85人だ。今この街の周辺に居る暗殺者の7割に該当する。
刺殺、射殺、毒殺、撲殺、焼殺、圧殺、獣殺とバラエティに富んだ布陣だ。確実にどんな手段を用いても良いので、速やかに殺せとの命が出ている。
暗殺者と依頼者は、直接に会わない。複雑な仲介の末に、潜伏している暗殺者に命が届く仕組みだ。
私はこの大闘技場に来て2日以上経っている。暗殺者全ての把握は済んでおり、全員の潜伏先も知っている。
理髪店の主人、娼婦、浮浪者、下水清掃員と潜伏方法は様々だ。
皆、暗殺者である事を隠している。正体を知られる事は、暗殺者としての質を下げる事なので、この街にいる者は、みな一流と言える。
私がやる事は単純だ。暗殺活動に入った暗殺者の意識を刈り取り、彼等の寝床に返すだけだ。
意識の喪失時間は調整可能なので、明日の朝には目覚めるようにセッティングする。
一応、私がやりましたという証を残す意味で、皆の胸に炭の手形を付ける。
理髪店の主人が、四角い背負い箱を持って出かける。箱の中身は、様々なタイプの毒薬ばかりだ。
彼が店の裏口から出た一歩目を狙って、私の棍が顎を打ち抜く。
意識を失って倒れる主人が、地面に着く前に理髪店の中に引き込み、毒薬を元あった場所に戻し、ベッドに寝かせてから手形を付ける。
一連の仕込みが完了するまでの時間は42秒だ。中々の好ペースで出来たので、この調子で行けば、全員処るのに一時間強あればいける。
次々と暗殺者が動き出す。同時処理は無理なので、近い順に対処する。
暗殺者と私の短い闘いが粛々と進みながら、大闘技場は夜の闇に包まれていった。
――
私がシルビウス家の天幕に戻ると、ミトラが仰向けに倒れて下半身を反らせながら痙攣していた。
ミトラを見るリュー君の目は、汚物を見るかのように曇っていた。
術を扱う事に長けた人々は、術認識が別の感覚と共有される共感覚に近い状態になる事がある。
これは、幼い頃より術を認識している為、意識せず虚術に近い状態を引き起こした事が、主な原因と考えられている。
ミトラの術感覚は、どういう訳か性的な快楽に繋がってしまったようだ。
術を知覚する事が快楽に繋がるなら、これまで術の深淵を覗き続けた事だろう。
「ただいま」
「お帰りなさいユズさん」
リュー君は、ミトラが居ないものとしているようだ。
「いやー、以外と時間がかかったよ。お腹空いたでしょ? 何か食べに行こうか」
「おい! 本当に全部片付いたのか! 早過ぎじゃないか!」
呼吸の荒いミトラが、突然起き上がった。いままでお楽しみだった人とは思えない、的確な指摘が笑いを誘う。
「ぷっ、ふふふ…。いや、今まで床に転がっていた人とは思えないない言葉…。あ、ははは、ふふ…」
ミトラの顔が赤くなる。破天荒な印象はあったが、羞恥心はまだ残っているようだ。
「俺はアレだ! もう最後かもしれないなぁと思ったら、堪能したくなるだろ! それより大丈夫なのか? 何の音もしなかったぞ! お前、ちゃんとやってきたんだろうな」
「僕の分かる範囲でユズさんの動向を探知していましたが、アレを全員にしてきた訳ですよね? だとしたら、この国の暗殺という暴力は、しばらく機能しなくなりますね」
「まあ、皆さん暗殺業は明日で引退じゃないかな。これで、赤錆組は賭けで小細工するしかなくなったから、外での面倒な事は一気に減るでしょ」
ミトラはぽかーんとしていたが、何か思いだしたように、帰り支度を始めた。
「お前らの考える事は、さっぱりわからんが、俺の見たいものが無くなる事は無いようだな。リューンクリフ。明日の朝、獣車で迎えに来る。紫石館に入るには俺が必要だという事を忘れるなよ」
なんかカッコいい事を言っているが、下着を替えに帰ろうとしているだけなので、私の腹筋へのダメージが限界を超える。
「いひひひひぃひぃひぃ…! だめぇ!うひひひぇひぇ!!」
早足で去るミトラが、最後まで私の笑いを誘っていた。
―――
翌朝、シルビウス家の一団が大挙して戻ってきた。
昨日の暗殺者襲撃の顛末を知って、剣奴連、闘技運営、赤錆組と各組織でそれぞれ話し合いがされていた。
剣奴連国の権と利を三分する組織は、赤錆組の弱体化によってパワーバランスを大きく変えていた。
シルビウス家の頭目が私に頭を下げに来た事が、潮目が変わった事を意味していた。
私は正式に武客として迎えられ、服従の証であった枷は、リュー君共々取り外された。
大闘技会に私が参加する事は懇願され、優勝が見えて来たシルビウス家の人々は、目の色を変えていた。
そんな中で、ディアナの気分は落ち込んでおり、筆頭剣奴としての権も、抑圧されているように見えた。
私が見えていなかった先の一つが明確になった。シルビウス家の行先は、私が想定する悪い方へと進んでいた。




