森林脱出11
私を閉じ込めた世界で、最も象徴的な存在である奇岩と大樹はあさっりと失われた。
砕いたという感覚は無い。始めから何も無かったかのように、通り抜けたという表現が一番しっくりくる。
硬いものに叩きつけられることを想定していたが、相手はゼリーのように柔らかい存在になっていた。
私の質量と込められた物理エネルギーと破壊不能という剛性が、世界の抵抗力をゼロにした。
速度は殆ど失われていない。奇岩で停止する予定だったので、普段のコースから大きく外れてしまった。
非常にまずい状態だ。私の進む先は、未強化の柔らか〜い地面が続いている。恐らく大樹から落ちたときと比較にならない規模で地面に埋まることになる。
高所への移動が困難な私が、地下から脱出不能になる可能性がある。
なんとか進行方向を変えるしかない。次地面に足が着いたとき、踏み込んでいつものルートまで吹っ飛ぶというのはどうだろうか?
いや、体重増加が未知数なので、地面が全く反発力を生まない可能性がある。今地面は沈むだけの水面だと想定しておこう。
何かスラスターのようなものが私に搭載されていれば良いが、今の装備は焼け焦げて、笹掻きのようになった葉っぱの外套のみだ。超が付く有名ヒーローのように空が飛べるマントならどんなに良かったか。
そこでふと思考が動いた。
「空を飛ぶ…いけるかもしれない」
一度も試していないが、空を飛ぶほどの推進力を生む可能性のある器官が私にもある。呼吸器だ。
強化が均等になされているのであれば、肺も強化されている。コンプレッサーのように空気を圧縮して吐き出せば、地面に着いていない体くらいなら進行方向を変えることが出来るかもしれない。
思い立ったら即実行、渾身の力を込めてありったけの空気を吸い込んだ。私の周囲は加速により空気が燃焼しているので、炎ごと吸い込んでしまった。
若干の拒否感はあったが、特に体に影響はない。周囲の空気をまとめて吸い込んだので、炎は全て消えてしまった。燃焼の元となっている空気が周囲からなくなってしまったのだ。
吸い込んだ空気を全力で吐き出す。力の方向の安定と空気の消費量をコントロールするため、口を窄める。穴の小さい水鉄砲は良く飛ぶ理屈だ。
炎ごと吸ったせいか、絞りが狭すぎたせいかは不明だが、まるでジェット噴射のようなものが口から吐き出され、私の軌道を大きく曲げた。
恐らく高温で破壊力抜群の衝撃波が私の口から放たれ、森の木々を次々に吹き飛ばす。
頑張れば、怪獣映画の様な広域ブレスが吐けるかもしれない。
奇岩や森を大きく破壊したが、結構としては元のルートに戻ることが出来た。ユズカブレスを逆噴射の要領で使用し、減速にも成功した。
久し振りに停止した景色の中に戻ることができた。
しかし加速による強化は頭打ちになってしまった。走り続けることにもはや意味は無い。現在の強化を持ってしても、私の存在は世界に許容されているのだ。この世界の基準はドッカン級に頭の緩い戦闘民族が設定しているのだろうか。
ここで一旦脱出の方向性を見直す。プランAが駄目ならプランBに移行するまでだ。行き過ぎた強化は許容されたのであれば、それを使って物理的に脱出する。
仮にここが小さな惑星ならば、私の元いた世界は別の星ということになる。帰るためには、ロケットなどで重力圏を脱出して、宇宙空間を航行するしかない。
私にロケットを作る技術はないが、ロケット並の推進力を得ることができる。重力圏の脱出は可能だ。
ただし、この方法は準備が大掛かりになってくる。まず、横方向の推進力を縦にする方法を確立する必要がある。
次にテスト飛行時の戻りは上空からの自由落下になるので、広範囲の地面強化が必要になる。
最後に宇宙空間の航行を想定した飛行プランの作成だ。
準備が面倒くさいので後回しにしていたが、ユズカブレスの習得により色々な問題が解決したので、ユズカ飛翔計画を実行することにした。
加速による推進力の縦方向変換は、ユズカブレスの垂直噴射と、奇岩及び大樹を発射台とすることで解決する。
加速した私にとって、奇岩は柔らか素材なので継続的な破壊によって強化を行う。
普段の加速コースは奇岩の近くを通っているが、奇岩周辺は未強化地帯だ。重くなった自分を実感する罰ゲームが待っている。どこまで埋まってしまうのか恐怖心すらある。
目的の未強化地帯はただの森だが、私には底が見えない淵に感じる。
プールに入るように、座り込んでから足をゆっくり地面に浸けると、殆ど抵抗無く膝まで沈み込み押し退けられた分の土がモコモコと盛り上がった。
足の裏には、重みで圧縮された土が徐々に硬さをますが、腰まで沈んでもまだ私の体を飲み込み続ける。
結局肩まで浸かった状態で、沈降が止まったので、奇岩まで歩くことにした。
進むと木の根に当たるが、ブルドーザーのように木の根も土も掻き分けて進んだ。
奇岩と大樹は元に戻っていた。この世界で質量の大小と再生時間は比例しない。損傷したものは即座に分解し再生する。
再生後の強度は、強い力で破壊した方がより頑強になる。私の唯一の装備品である葉の貫頭衣も、加速に晒されて破損したせいか、数回で音速に耐えるようになった。
今のところ瞬間的に高い威力を出せるのは、ユズカブレスだろう。より効率的な破壊を行うために、奇岩内部からブレスの衝撃を伝える。
奇岩内部に侵入するため、底部に穴を開けて上半身を潜り込ませた。異物が入り込んでいる場合、即座の再生は無い。もはや私の中で常識になりつつある。
虫が果実に穴を開けて潜り込むかの如く、奇岩の中心に向けて這いずった。奇岩の強度は私の重さを支えることができるが、腕の力で簡単に破壊することができる。軽く握っただけでクッキーを砕くように岩石がホロホロと砂になった。
中心部に近づくと、触感が変わった。奇岩の内部に大樹の根があるのだ。根は球状の瘤になっており、中心に何かを内包している。大樹は奇岩の上に落ちた種子が成長したのではなく、奇岩の内部から外に向かって伸びている。奇岩は大樹の種子なのだろうか。
大樹の始点とも言えるこの場所に興味がでた。外の森と比べ明らかに異質なのだ。興味本位で根の塊を破ると、綿状の白い繊維質の中から巻貝の殻のようなものが一つ出てきた。
植物のものでは無い匂いが広がり、手のひらにある螺旋状に捻れた、すべすべした触り心地の物体から、直感的な嫌悪を感じた。




