剣奴脱出14
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ユズさんからの依頼は、今ある金貨全てをユズさんの勝利に賭ける事だ。しかし、それは困難なものになっていた。
昨日、ユズの指示で賭けた金貨1枚は、数時間のうちに135枚という、見た事も無い数へと増えた。
剣奴連国で一番信頼のある賭場紫石館は、僕のような子供相手でも、正統な対価を払ってくれた。
大闘技会初日の賭けという事もあり、宣伝も兼ねて許されたようだ。
当然、大金を持った僕は、追い剥ぎに幾つも遭ったが、穏便な方法で返り討ちにした。
タニアさんからは、他人の財を奪おうとする輩は、生きている事を後悔する程痛めつけろと習ったが、僕の性には合わないので、ユズさん流に対処した。
追い剥ぎの一部は、紫石館と繋がっている。当然、僕の情報は向こうに伝わり、御し易い相手では無いと、警戒されてしまった。
こうなってしまうと、紫石館での賭けは難しい。かといって、他の賭場では賭金を持ち逃げされかねない。
紫石館の前で思案していると、背後から誰かが近づいて来る。割と最近聞いた靴音だ。
「僕に用があるなら正面から来て下さい」
「相変わらず鋭いな、リューンクリフ君」
そう言って正面に回って来たのは、紫髪の身なりの良い人物だった。
「あなたは確か赤月国で会った、ミトラさんですね。僕に何か用ですか?」
「そう警戒するなよ。俺も馬鹿じゃないんだ。君が簡単に手に入るとは思っていない。あの後、君達の事を調べたが、いや、驚いたよ。俺程度には、知る事さえも出来ないんだよ」
確かに、以前のように術を使う気配は無い。しかし、赤月国を出てここで再会するという事は、この人は目的を諦めていない。
「僕達を調べて何を知ったのか分かりませんが、身の丈に合わない事だと理解したのですよね? 今更、何をしようと言うのですか?」
「少し調べただけで、尻尾付きの狩人が挨拶に来るとはね。君達は相当に特異な存在のようだ。だが、俺が君を求める事に変わりは無い。狩人に脅されようとも、残りの人生を抑圧で満たすつもりは無いんだよ。だから会いに来た訳だ。手に入らないならば、俺から行けばいいんだよ。実に簡単な事だ」
狩人さん達は、ユズさんの動向を監視している。ユズさんに聞いた話だが、どの国にも一定間隔で狩人さんが潜んでおり、術具を使った情報網で、常に狩猟国と繋がっているらしい。
今、狩猟国は武国以外の国と繋がろうとしている。武国が睨みを効かせているので、表立っての国交は出来ないが、裏で繋がる事は各国が望んでいる。
武国が一強である事は明らかなので、皆、牽制の為に元武国の一部だった狩猟国の情報と力が欲しいのだ。
「僕はあなたに見つめられたくはないので、これ以上付き纏わないで下さい。しつこいようでしたら、意識を消させてもらいます」
「それは困るな。そこで提案がある。君を紫石館で賭けが出来るようにしてやるから、その間だけ君を見させてくれ。どうだ?悪くはないだろう」
「狩人さんに注意された割には、僕の事に詳しいみたいですね。確かに悪くは無いですが、どうやるんです? 僕は紫石館と間接的に敵対してしまいましたよ」
ミトラさんは目をギラつかせて、口元を緩ませた笑顔をしている。昔よく見た笑顔だ。
当時はその笑顔の意味をよく理解していなかったが、今はそれが欲に支配された人の顔だと分かる。
「なに、欲しい相手の事は、何があっても調べるものさ。紫石館の事も俺に任せればいい。剣奴連国は権と利の在り方が重要なんだよ。君のように外から啄む相手には反発するが、内から餌を貰う分には、誰も文句を言わない」
そう言ってミトラさんは、紫石館の入り口で番をしている体の大きな髭の人の前に立った。
「おい。俺とそこの彼とで賭けをしたいから案内しろ。それから、今日の第4闘技が見られる個室も用意しろ、俺は待たされのが嫌いなんだ。早くしろよ」
「お客様。いきなりそのような事を言われましても」
「早くしろ。次、同じ事を言わせたら、お前は闘獣の餌にする」
ミトラさんはそう言って、人差し指にある指輪を見せた。
「ひ、こ、コーラル商会の方でしたか。大変失礼致しました。直ぐにご用意致しますので、中にお入り下さい」
「さ、行こうかリューンクリフ君」
僕とミトラさんは、あっさりと紫石館へと入る事が出来た。
―
昨日僕がいた一般賭場とは全く雰囲気の違う場所へと通された。
人の波に揉まれながら動くしか無かった地下賭場とは異なり、上層階の賭場は他の賭客に1人も会う事無く、複雑な模様の敷物が敷いてある廊下が続いている。
廊下の先に黒い木の扉があり、案内の女の人が扉を開けると、天井に大きな丸い窓のある円筒形の部屋に出た。
壁は丸い部屋に合わせた引き出し棚で埋め尽くされており、部屋の中央には丸く大きな机があり、金色の秤が置かれていた。
秤の前には、褐色の肌の男の人が、感情の無い微笑みを浮かべて座っている。白い綺麗な布の服を着ており、頭には服と同じ素材の布が複雑に巻かれていた。
「ようこそお客様。ここ天眼賭場でございます。賭号が既にお決まりでしたら、こちらのお席へどうぞ。賭号をこれから決めるのであれば、あちらのお席へ」
「どうする?リューンクリフ君」
「賭号はもう決まっています」
僕がそう言うと、案内の女の人が秤の前の椅子を引いてくれた。
「第4闘技の赤0号に、金貨135枚を賭けます」
僕は、机の上に金貨の入った袋を置いた。
「そいつは凄い! 金の事を気にしない俺でも、そんな賭けばかりやってたら、すぐに破滅だ」
「お客様。第4闘技の赤0号に金135でよろしいですか?」
白い服の男の人は、眉ひとつ動かさず。落ち着いた声で確認してきた。
「はい、間違いありません」
僕は金貨の入った袋を渡した。
「金貨を確認致しますので、少々お時間を頂きます」
目の前で金貨の確認が始まる。
型板にはめ、大きさと厚さを確かめ、秤で重さも調べる。
価値が高い金貨ほど、偽物が出回り易いので、金貨の鑑定は重要な事だ。
僕には、ユズさん仕込みの探知術があるので、金貨の真贋は簡単に分かる。ヤクトの壁の外で見かける金貨の半分以上は偽物か混ぜ物ありだった。
「なかなか面白ろそうな賭けじゃないか。よし、俺も金貨10枚を賭ける。彼と同じ第4闘技の赤0号だ」
「いいんですか?そんな大金を賭けて。手持ちはそれで全部なら、負ければ後々大変ですよ?」
「いいんだよ。金は当分必要なくなったからな。破滅的な賭けに投じるのも悪くない」
第4闘技の赤0号は、賭けでもなんでもない。確実にお金を増やす方法なのだ。
ユズさんに勝てる者など存在しない。そんな人が闘技に出ているのだから、賭けなど成立する訳がない。
ミトラさんには、この賭けをやめて欲しかった。賭けの運営には、必ず暴力と権力がついて回る。
ミトラさんの背後にある権がどれほどなのか分からないが、不自然な賭けに本人が加担すれば、裏にある権同士がぶつかる事になる。
大きな権同士がぶつかれば、僕ではどうする事も出来なくなる。
まあ、ユズさんはなんとかしてしまうだろう。と言うか、ユズさんはそこも見越して楽しんでいるのではないだろうか。
山のような岩塊が国を滅ぼそうと攻めてきて、それを独力で退けるような衝突が起きない事を祈りたい。
「お客様。金貨の確認が終わりました。賭札をご用意致しましたので、お受け取り下さい」
赤い金属の板が2枚差し出された。
「あちらの扉より観覧室にご案内致します。どうぞ、闘技会をお愉しみ下さい」
来た扉が開くと、明らかに違う廊下が続いていた。建物の構造からすると、この円筒形の部屋自体が高さや回転角度を調節出来るらしい。
僕達が賭の手続きをしている間に、少しずつ動いていたようだ。
白い滑らかな石の廊下の先には、僕の部屋の10倍はある広さの部屋が広がっていた。
正面の壁一面が、透明な板になっており、闘技の舞台がよく見えた。
鏡のような光沢のある黒い机の上には、多種多様な酒瓶が置かれており、金の皿には果実が盛り付けてあった。
左の壁にある白い掛け布の裏から、微かに人の気配がする。恐らく部屋付きの召使いだ。
最も権のある賭場で最高位のもてなしをされる。それがミトラさんの持つ権の位置だ。
「さあ、すぐに始めようか。俺には時間がないからね」
ミトラさんは目をギラつかせて、口を細い三日月のように歪ませて、迫ってきた。
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