剣奴脱出13
ディアナの動きは洗練されている。だからこそ、彼女の体全てを把握している私には、未来予知が簡単に出来る。
私の言った虚言は、ディアナの手によって現実になるのだ。
ディアナがまだ抜いていない刀の柄頭を平手で押さえ、抜刀を阻止する。
彼女がやろうとしていた事は、風弾2000発を使った高速抜刀突きだ。
刀は鞘から抜いて、僅かな面積の刃を当て、そこから引かなければ切れない代物だ。
どんなにお膳立てをしても、世界が停止して見える感覚の中にいる私には、その手順が成立する事はないし、仮に当たったとしても、私の肉体が欠損する事は無い。
「ほら、私が見た未来の通りになった」
「は!? どうして!? さっきといた位置とちがっ」
私は刀を押さえるため、透過移動によって位置を詰めていた。それは、反撃させない為、体が触れる寸前まで寄っていたので、驚いたディアナは後ろに倒れてしまった。
まだ、反撃の予知が残ってしまうので、私はディアナを押し倒す形になるしかない。
ディアナの両手首を手の輪と床で閉じ込め、右膝を股に差し込み、左膝と足で右脚を拘束する。
体重を掛けてしまうと、ディアナを潰してしまうので、実は手の輪と床も接していない。伏した体を足の指だけで支えている無茶な姿勢だが、私の体幹は私の超重量をものともしないのだ。
「この後は、どうしよっかな」
「ふひぃぃ!」
ディアナの妙な声と共に、私の膝に温かい液体の感触があった。
ディアナがこれまでの修練で身につけであろう、組み敷かれた場合の防御姿勢が解かれた。
肉体も精神も、負けを認めていた。
――
ここがディアナの部屋であった為、後片付けはスムーズに完了した。
今は落ち着いているが、拘束を解いたディアナが初めにした行動は、命乞いだった。
自ら失禁して汚れた床に頭を擦り付けて土下座をした。助かった自身の命を守る為、必死になっていた。
私はディアナの無様を人間らしさだと思う。恐れを隠して強く繕い、恥を捨てて命を乞う姿は、自然な事だ。
私がこれまで関わったタコちゃん、狩人達と狩猟王、リュー君やタニアにブラドは、どこか超然的で高潔だった。
私はそんな人達によって救われてきたが、反面として負い目もあった。私が同じ立場なら、私に同じ事は出来ない。
ディアナの持つ生きる狡さが、私には懐かしくて安心出来た。
「さて、私は何故、殺されなければならなかったのか知りたいな」
「シルビウス家を守るためです。闘技会での当家の立場を守る事が、何よりも優先されます。あなたがやっている事は、闘技会に対する侮辱であると判断したので、わたしくしの手で事を収めるつもりでした」
シナリオ通りに動かない演者が邪魔になったようだ。
「シルビウス家を守るという事が何なのか、いまいち私には分からないけれど、あなたは大闘技会に出来るだけ出たくなかったという事は分かるよ。これは、あなたの独断でも無く、家全体がその方針て動いている。そうでなければ、大事な闘技の出場権を、得体の知れない相手に任せたりしないよね」
「今回の大闘技会は、普通ではありません。あなたは何も知らないでしょうが、今大会は運が悪ければ、全てを失うのです。だから、辞退した家も多くあり、出場枠も出来るだけ外部の武客に任せている。もし、ライドウと闘えば、闘士としての未来は完全に絶たれます」
恐らくはエドの事であろう。大闘技会に覚者が関わっているのであれば、対処出来る者は、そういない。
覚者としてでは無く、ライドウという名で周知されているところを見ると、剣奴連国には覚者が湧く仕組みがあるようだ。
「という事は、私はどんな目に遭おうが、ライドウとやらと闘う可能性が無くなるまで、この闘技会に出され続ける訳だ。勝てばいいけど、負ければ傷も負うし、気力もすり減る。でも、辞められない。そんな事を強いるだなんて、中々酷い事するねぇ」
私の言葉にディアナがビクりとする。一度感じた死の恐怖は、簡単に無くならない。
私は命を取らないと言って、ディアナを落ち着けたのだが、それを真っ正直に受け取れるほど、ディアナには純真さが残ってはいない。
恐らくは、この場を逃げ出す方策を練っている事だろう。
「あなたを武客から外す手続きを直ぐにします。本家の者と協議しないといけないので、少し時間を下さい」
距離を取って大勢を立て直すつもりだろう。首輪と腕輪を起爆しないところを見ると、何か手順が必要なようだ。
「その必要は無いよ。これまで通り、私をライドウ除けに利用してもらっていいし、試合は全部勝って出て行くよ」
「しかし、やはり危険です。あなたの身を案ずるという事もありますが、シルビウス家としても正体の分からない技で、試合に出られては困るのです」
ディアナには死の恐怖があるが、それよりもシルビウス家が失われる方が、遥かに恐ろしいようだ。
「さっきの対戦相手が私の技に堕ちたように、誰も私の予知からは逃れられないよ。それに、私の予知は対象者に気付かれる事は無いから使い放題。大闘技会がどういう仕組みなのか、よーく知っているんだよね」
ディアナは顔色を変えまいと、歯を食いしばっている。
大闘技会の運営サイドと闘技者サイドが癒着している事は中々のタブーだから、外部の人間に知られる訳にはいかない。
シルビウス家が外部に漏らしたとあっては、家の断絶どころか、完全に粛清されてしまう。
「あなたが何を知ったのか分かりませんが、この国で不用意な事は言わないように」
大闘技会予選の組み合わせは原則として公開されない。
試合前日に各家は闘技者を決定し、変更する事は出来ないので、相手に合わせた闘技者を出場させる事は不可能なのだ。
ライドウという生きる伝説が出場しており、闘技者を破壊するのであれば、人気の闘技者は不用意に出せない。
にも関わらず、私の相手は超人気の闘技者であった。あれは、一部の力ある家には、組み合わせが知らされているからだ。
大闘技会場周辺の情報は、私の統合知覚によって大体把握が済んでいる。
皆、ライドウの出場に翻弄されており、闘技者を失わない為に、一部の家と運営は速やかに結託した。
ライドウがどの家から出場するのか、明確になっていないが、運営の密偵による徹底した情報収集によってほぼ特定が完了していた。
そして、ライドウの特定は先程完了した。ディアナには気付きようもないが、私の知覚はグレン家のエドが、相手を破壊する様を確認した。
どういう理屈かは不明だが、エドの相手は手足の腱を体の外に取り出されていた。
「ライドウはグレン家のエドみたいだね。知ってた?彼は私達と同じ船に乗っていたんだよ。闘った者は体から腱を取り出されるみたいだから、確かに闘技者は続けられないね」
「わたくしはそんな出鱈目信じません。それにシルビウス家であなたを処分出来なくても、あなたはこの国を生きて出る事は出来ません。剣奴連国を甘く見ない事です。シルビウス家の協力がなければ、あなたに自由は無いのです」
「まあまあ。私の首を吹き飛ばすのは、闘技の結果を確認してからでも遅くないでしょ? 」
これはディアナにとって都合の良い提案だ。この命が危うい状況を打破出来る。
私が優先するのは、このままの状況で闘技会参加を継続する事だ。
私情ではあるが、闘技会で闘わなければならない相手が出来た。
「いいでしょう。本家の者に確認して来るので、この場を動かないで下さい」
そう言って、ディアナは足早に部屋を出た。
「いいんですか? あの人を行かせて」
ディアナに気付かれないように気配を消していたリュー君が、入れ違いで部屋に入ってきた。
「問題なし。全てが最悪に転んでも、私が欲国に帰ればいいだけだから。それより、アレは手に入った」
少し疲れた顔をしたリュー君が、頭を縦に振った。
「ユズさんの闘技で、最高配当になる枠に賭ましたよ。当然賭けたのは僕だけで、金貨一枚が135倍になりました」
換金の際に大変な目に遭ったリュー君が若干うんざりしていた。
闘技者は直接賭けが出来ないが、抜け道として代理人を立てる事が出来る。
当然、闘技での不正を防ぐ為、自身の勝ちにしか賭けられない。
私はリュー君を通して、全財産である金貨一枚をオールインした。
私の故郷換算で、金貨一枚はおよそ百万円だ。
これからの闘技全てにオールインするつもりだ。
「リュー君、次の闘技も全額よろしくね。賭場は一番大きな紫石館がいいと思うけど、そこは任せるね」
「ユズさん。こんな事して本当に良いんですか? 確かに不正はありませんが、あまりに一方的過ぎるのでは?」
確実に勝てる賭けは、確かにルール違反ギリギリだ。しかし、これは、安全に帰る為の布石なのだ。
「私はお金が欲しい訳じゃ無くて、暴力無く事を運ぶ手段が欲しいだけなんだよ。恐らく軋轢を生んで、火の粉がかかると思うけど、露払いは私に任せて。リュー君は賭けを楽しんでね」
リュー君の持つ重そうな袋から、金貨の擦れる音が聞こえた。
一番不確定要素の多かった、最初の換金が、思いの他スムーズにいったので、私の策は、順調に走り出していた。




