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剣奴脱出12

「赤の門より現れたのは、シルビウス家の武客、闘士ユズカだ。剣星位六十二の代理を務めており、シルビウス家の筆頭剣奴と渡り合う妙技の持ち主だ。剣星位持ちの参加は実に十二年ぶり、今回の闘技会でも波乱を起こすのか?闘士とは思えない姿に、誰も彼女の闘いぶりを予想できません!」


 私が闘技場に入ると、闘技者紹介のアナウンスが流れた。

 闘技会はエンターテインメント性が強い。特に四年に一度の大闘技会は、特別なお祭りだ。

 私の紹介も、大分盛った内容だったが、嘘が無くよく練られた口上だった。


「青の門より現れたのは、セヒル家の筆頭剣奴、クエルツだ。前回大会準優勝のセヒル家より、銀月のクエルツがいきなりの登場だ! 闘技者の年間順位でも堂々の三位で、銀月刀の錆になった闘技者の数は百を超えると言います。不可避とまで言われた剣技で、本大会でも優勝候補の1人です!」


 私の対戦相手は有名な闘士のようだ。紹介の口上の説得力が半端ではない。

 クエルツと呼ばれた男も、立派な鎖鎧着ており、巨大な曲刀を背負っている様子は、いかにも歴戦の闘士と言った感じだ。


 闘技会場も豪華で、巨大な円形闘技場で、客席は多層構造になっており、VIPは塔のようなボックス席から観覧している。


 私が出て来た赤い門からは、白く綺麗な石畳が続いており、中央に四角い一枚岩の舞台があった。


 私への注目は無い。名も知らぬ闘士が有名な闘士に敗れるというシナリオが観客の中にあるようだ。


 闘技は相手の殺害禁止で、ダメージによるポイント制で争われる。

 手傷の具合によってポイントが入り、10ポイント先取で勝利となる。その為、武器と防具は認められさえすれば、何を持ち込んでもOKなのだ。

 私のような薄着で挑む者は、パフォーマンス重視の色物とみなされる。

 ちなみに、ポイント制ではあるが、相手の意識を奪ってしまえば、その場で勝利が確定する。


 私はディアナから何の指示も情報ももらっていない。私が出場枠として機能する事がディアナの目的であり、それ以外は期待されていないのだ。


 この手の無名選手が試合を勝ち上がるシチュエーションは個人的に燃える。まさか、自分がその舞台に立つとは夢にも思っていなかったので、ここはしっかりと役を演じたい。

 リュー君にも協力してもらい、お楽しみ要素を追加している。

 恐らく、一度しか経験出来ない状況なので、全力で楽しみたいのだ。


 四角い舞台の中心に相手と私の2人だけが立つ。相手は巨大な曲刀を構えた。

 私の闘技者情報である剣星位六十二に多少警戒しているのか、僅かな緊張を感じる。私の歩き方や得物の取り回しなどを見て、少ない時間で情報を集めようとしており、真面目で手を抜かないタイプの人のようだ。


 私は既に戦法を決めている。

 こういった観客のある闘いでは、分かり易さが重視される。

 目にも留まらぬ早技で倒しては、納得感が得られない。誰にでも分かる明確な攻撃で、相手を仕留める必要があるのだ。


 観客の騒めきが止み、闘技開始の銅羅が鳴った。


 相手は少し距離を取り、様子を見ている。普通に見れば私は何の脅威も備えていない弱者だ。

 だが、この闘技会に出る以上は、何らかの脅威を備えている可能性があると考えるのが普通だ。相手の闘技者は良く考えている。だが、考えて私の強さに到達する事は無い。


 相手が最初の一撃を放つ為、こちらに踏み込んで来る。

 私は、相手のパフォーマンスを限界まで下げる工作をしていた。

 武器の構える方向を鏡写しにし、相手のタイミングがずれるように、こちらも動きだした。

 人の動作にはリズムがあり、そのリズムが狂うと、調子が悪い動作になる。

 私は相手の動作が最悪になるように動き、相手の顎に横薙ぎを一閃する。

 相手に当てるまでは、最短最小の動作で、当てた後は大きく武器を動かして、クリーンヒットが誰にでも分かるように振る舞う。


 相手の闘士は、出会い頭の一撃を受けて舞台に倒れ込み、そのまま動かなくなる。


「闘士ユズカの黒い一撃が闘士クエルツに直撃した! クエルツは立てない! 剣星は今回も波乱を呼ぶ!!」


 派手なアナウンスの後、審判がクエルツの状況を確認し、私の勝利が宣言された。


 会場は番狂わせでブーイングが強かった。一部関係者が唖然としているのは折り込み済みだ。私の第一印象は、なかなか衝撃的だっただろう。

 私がやろうとしている事は、恐らく大闘技会史上初の出来事になる。これくらいのお膳立ては必要なのだ。


 赤い門から控え室に戻る通路で、慌てた様子のディアナに出会った。


「予定通り、まずは一勝したよ。全勝の約束、忘れないでね」


「な、何をしたのですか! クエルツに勝てるはずがないんです!」


「でも、私が勝ったでしょ。彼は大きく失敗したよね。 私の攻撃に対して、最悪の位置で最悪の行動をした。分かり易かったでしょ?」


 一瞬にしてディアナの顔が青ざめる。


「まさか、何か不正をした……? そんな事が知れたら恐ろしい事に……」


「安心してよ。不正はしていません。私のやっている事は闘技に対して不誠実かもしれないけど、規則に違反する事は何一つしてないよ」


 私の強さは技の研鑽も術の妙も関係の無い、ただの反射のようなモノだ。闘技会に臨む者が持っている精神を全否定している。

 分かっていて躊躇無くそれを使っている私は、悪辣と言っていい。

 時折、私が悪に身を委ねる事があるのは、自己の存在を確認する為なのだと思う。

 私を取り巻く世界と、私の間にどれくらいの差があるのか、明確にしているのだ。

 その差を忘れて世界を壊さないように、慎重に生きなければならない。


「あなたが何をしているのか、わたくしには知る必要があります。少し時間を頂きますよ」


 闘技会場から聞こえる音、流れ込む空気が熱を放っている。

 私達はそんな熱とは逆の方に向かって歩き始めた。


 ―


 シルビウス家の天幕には、闘技者の個室が用意されている。

 私とディアナは、一番奥にあるディアナの部屋へと戻って来ていた。


「何をしたのか話してもらいます。あなたはクエルツに何故勝てたのですか?」


「私が相手より強かった、では納得してもらえないみたいだね」


 ディアナは落ち着いた様子に見えるが、内心は焦りと怒りを抑え込んでいる。最悪、この場で私を処分する選択すらあるようだ。


「闘技者が闘技会を侮辱する事は許されません。クエルツはまともに闘って勝てる相手では無い。ならば、あなたが何らかの企てをしていると考える事が自然でしょう。わたくしが知りたいのは、それが闘技規約に反していないかどうかです」


 闘技規約は文書化されているので、天眼県に入った時点で、私の頭に入っている。

 私を便利に使う為に、ディアナは闘技会の情報を伏せてきた。闘技規約の話など、一度も無かった。

 ところが、想定外の事が起きたので、私の情報不足が不利益になった。

 今からは手の平を返して、私の無知を責めるつもりなのだろう。


「理屈は説明できないんだけど、私には相手の未来が分かるんだよね。どう動くか事前に分かっていれば、一対一で負ける事はないでしょ? 初めてディアナと闘ったとき、あなたが負けるつもりだと知ってたから、私が負けを奪う事ができたんだよ」


 実際には未来が見える訳ではない。明確な現在を把握しているだけだ。

 しかし、そんな私の認識力を説明しても、理解が得られるとは思わない。

 そうであるならば、未来予知の術が存在している文明界に合わせた内容の方が、まだ現実味がある。


「そんな話が信じられる訳ないでしょう! 予知術などただの妄想です!」


 私が信じてもらえる事はなかったが、予定していた反応は引き出せた。


 ディアナは私を始末するつもりらしい。


 私の周囲に現れた風弾の数はおよそ2000発はある。初めてディアナと闘ったときに受けた数の20倍だ。


 これがディアナの本気であり、恐らく必殺の剣だ。


 よくバトル漫画などである殺気や強者オーラという物は感じられない。

 私に感じ取る能力がないのか、実在しないのか不明だが、ディアナからはただ澄み切った静寂だけが感じられた。


 これからディアナは私を殺す。ただその瞬間への時間だけが流れていた。




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