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剣奴脱出11

 ディアナから詳しい説明も無く、私達はシルビウス家がある町リュコウに到着した。

 船の中で一晩過ごし、翌朝から獣車に乗り換え、今は丁度正午だ。

 リュコウの町は穏やかな丘の上にあり、周囲には田園が広がっている。

 黒い瓦の木造建築が並び、丘の頂点に複数の建物を壁で繋げたような屋敷がシルビウス家だ。


 剣奴連国では武芸の門派が武家という組織を作り、権力構造の最上段に君臨している。闘技会の場所や関連施設を取り仕切るのは県だが、武家の権には及ばない。

 県はより多く優秀な武家を招く事で権力を維持しているので、武家への優遇や引き抜きを重視している。

 特に三十二家は別格で、これを維持する事が何よりも優先される国なのだ。


 シルビウス家は40年に渡って三十二家を維持しており、長年、刀尾県に居を構えているので、二者の結び付きは非常に強い。

 ただの農村に近いリュコウの町に緑石街道が敷かれているのだ、刀尾県の力の入れようは半端では無い。


 シルビウス家は比較的正当な武力で三十二家の地位を維持しているようだ。黒い噂も無く、真っ当な駆け引きと情報戦をやりつつ、闘技会では実力で勝負しているようだ。

 そんな正統派のシルビウス家が、私のようなよそ者を使うという事に違和感を感じている。


 リュコウの町に残る文字情報と、今の住人の会話から、過去に黒剣という二つ名の優れた闘士がいたが、今はいないという事実を把握している。

 黒剣がいなくなった後をディアナが継いで、国政を決める闘技会は、これが初めてである事も理解した。

 それでも、外部の者を使うという搦手に出るには、まだ私が把握していない事情があるように感じた。


 私達はシルビウス家の中へと通されて、食事を振る舞われていた。


 シルビウス家側からは、ディアナと当主と思われる髭の男が食事の席におり、私達を歓迎する振りをしていた。

 食事と飲み物に、異なる種類の薬が混ぜられており、二つが体内で混ざる事によって深い眠りに落ちる仕掛けがされていた。かなり手の込んだやり方だ。



 リュー君は私に体を預けて眠ってしまっている。私は薬の存在には気がついていたが、あえてリュー君には知らせなかった。


「随分と手厚い歓迎だね。疲れた私達を休ませてくれようとしたのかな?」


 当主の男とディアナは、刀を抜いて私に刃先を向けている。


「状況は分かっているでしょう? 大人しく眠りに落ちていれば、手荒な事はしなかったのですが」


「折角の美味しい料理なのだから、出来れば薬抜きで頂きたかったね。それで、この後私達はどうなっちゃうのかな?」


 ディアナから金属製の輪が6個ほど机に置かれた。


「それを両手と首に着けなさい。連れのその子にもです。私達がやろうとしていた事はそれだけです」


 まさに枷をはめようという事らしい。

 内部構造から、外部起爆の可能な首輪と腕輪のようだ。

 狩人が扱うような複雑な術具では無いので、リュー君に着ける分は、振動エネルギーで内部構造を破壊してから取り付けた。

 私達に枷がはまると、相手は刀をしまい席についた。


「さて、こんな事までして、私にさせたい事とは一体何かな?」


「船の中でも話ましたが、天眼闘技会に出てもらいます。その輪は、あなたが闘技会を拒否出来ないようにする為の物です」


「逃れば命は無いと? それなら船の中で話すのは早かったのでは?」


「あなたは何も知らないでしょうが、赤月国に剣奴証で入った時点であなた達は剣奴の法に縛られていたのです。剣奴法を破れば、剣奴連国全てを敵に回す事になり、捕まれば懲罰剣奴として一生暮らす事になります。あなた達はどの道逃られない。その枷は、それを実感してもらう為の物です」


 確かに私達は国の出入りをディアナに任せていた。国の出入りには記録が残り、それ例の証文が添えられていれば、通った者は剣奴となる仕組みのようだ。

 良く出来た仕組みなので、恐らく外部から剣奴を獲得する為の常套手段なのだろう。

 証文の内容は最初から把握していたが、私はディアナに逆らうつもりは無かったので、進んで乗った。


「なるほど、私が出るという闘技会はいつなのかな?」


「すぐです。出場する闘技はわたくしから指示します」


「闘技の勝敗はどうするのかな? 私なら勝つ事も負ける事も出来るよ」


「あなたの出る闘技は全て勝って下さい。勝てるものならね」


 命を賭けた闘いでは無く、ルールのある試合で勝てば良い。私に最も有利な条件だ。


「私の出る闘技に全て勝利したなら、私達を解放するという条件が欲しいのだけど、いいかな?」


「何を言い出すかと思えば、そんな事ですか。いいでしょう。全てに勝利したあかつきには、あなた達の自由を保証しましょう。あなたが侮る天眼闘技がどんなモノなのか、身をもって感じるといいですよ」


 嘲笑まじりだが、ディアナから約束を取り付ける事に成功した。


 私の策は成った。


 ――


 すっかり外も暗くなった頃、リュー君が目を覚ました。

 私達はシルビウス家の客人として招かれている程なので、離れの一軒を寝床として用意された。

 綺麗に手入れされた木造の建物で、召使い的な人が私達の世話をするようだ。無論、監視の意味でもある。


 私は起きたリュー君に事実を説明したので、目下お説教タイム中である。


「ユズさんはご自身を安く見過ぎなんです! こんな奴隷のような扱いを受けて、この後どうするつもりなんですか!」


「いやー、全部勝てば自由の身だし、大丈夫でしょ?」


「こんな枷まで付けられて、何かあってからでは遅いんですよ!」


「リュー君のは壊してあるから大丈夫だよ」


「今はユズさんの事を話しているんです!僕は関係ないでしょう」


 さっきからこの勢いで小言の嵐だ。なんとなく正座をして小さくなって聞いていた。

 リュー君は、人が人を物のように扱う事を嫌う。過去の経験が、そうさせるのだろう。

 今回のシルビウス家の対応には大層ご立腹で、なんとしてでも取り下げさせるつもりのようだ。


 私は武術の大会に出ていい上に、無双して良い口実まで得られたので、内心小躍りして喜んでいた。


「リュー君は、私が大会で負けると思っているの?」


「それは、負けるはずないと思ってます」


「じゃあ、大丈夫でしょ?」


「シルビウス家が約束を守るとは限らないじゃないですか」


「その時は、私達に関わった事を後悔させてあげればいいじゃない。私達にはその権利も力もあるでしょ?」


「ユズさん、もしかして楽しんでます?」


「まさか、真剣そのものです」


「もういいです。今回はユズさんにお任せします。その代わり、僕は全力で足を引っ張りますよ。このままだと、剣奴連国が無茶苦茶になりそうなので」


「よろしくね」


 私達は薬の入っていない食事をした後、闘技会が明後日からである事を知らされた。


 ――――


 天眼闘技会は文字通り、天眼県にある大闘技場にて開催される。

 三十二家が一堂に会し、1日で16試合が行われる。

 対戦相手は直前まで分からず、先に8勝した家から本選に勝ち進む。

 つまり、予選期間は最短で8日あり、本戦開始までは平均16から20日かかるそうだ。

 本戦はトーナメント戦で、3日かけて行われる。闘技会期間内はお祭り騒ぎで、数多くの露店が開き、賭けも大いに盛り上がる。

 優勝した家には、剣奴連国の半分の権が手に入ると言われており、次の開催の4年後まで、その権力を使用する事が出来る。


 私達とシルビウス家の闘技準備会の一団は、天眼県に入っていた。

 各家が特徴的な色の天幕を大闘技場の周りに設営し、以後闘技会期間の拠点とする。

 私達が到着したときにはシルビウスの紫色の天幕は設営されており、数週間前から準備おしていた人達によって、物資や居住スペースは用意されていた。


 闘技者は、闘技の前日に登録する形式で、変更は効かない。直前で何かあった場合、最悪不戦敗となってしまう。

 第1回戦から私が出る事になっている。


 シルビウス家にはディアナ以外に目立った闘技者がいないようだ。リュコウの町の道場で訓練生のような人々は見たが、闘技者と言えるような人はいない。

 各家からの登録制なのであれば、闘技者の人数が多いに越した事はない。

 このあたりも、シルビウス家が私を利用する理由になっているようだ。


 理由はどうあれ、私は闘技会で全ての相手に勝つつもりだ。


 いよいよ私の闘う番が回ってきたようだ。私は黒い棒と薄い布の服を一枚着ただけという、およそ闘技者とは思えない姿で、闘技場へと立った。


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